栗田ターン
爆音が響く艦橋、艦は傾き、最後の時を迎えようとしている。
だが、彼、この艦隊を率いた司令官栗田健夫は満足だった。
それは艦橋の面々も、その他の乗組員も同じだろう。
彼が率いる艦隊はレイテ湾に突入し、数多くの輸送船を撃沈、橋頭保の物資も多くが灰燼に帰した。
これにより、アメリカ軍の侵攻作戦は大きな痛手を被ったと思われる。
多くの米兵が上陸済みで、連中を取り逃がしてしまった事は残念だが、当初の予定と大きな差異はない。
彼らとて、武器・弾薬そして食料が無ければ戦えないのだ。 これは十分な戦果だと胸を張れる。
「総員退艦!」
日没を迎え、既に敵の攻撃隊は去っているが、随所の誘爆・火災は止まらない。
1944年10月25日 日本海軍が誇った戦艦大和は、レイテ湾にその姿を没した。
「ここは、どこだ?」
艦と運命を共にした栗田は真っ白な空間にいた。
そこへ何か縄文とか弥生時代を思わせる装束を着た男性が現れた。
「はじめまして、私は交易神ツクヨミ・ウルティマ。 今は一時的に姉アマテラスに代わり日ノ本を統べている神です」
「な、なんと、神は実在していたのか」
「ええ、地上に行くのは数十年に1回、大嘗祭の時だけなので、一般の人は知らないでしょう」
「そ、それでは陛下とだけお会いに?」
「はい」
「そうですか、もしかして、ここは天上界なのですか」
「そうですね、当たらずとも遠からじですね。 で、此処に来ていただいたのは、お願いがあるからです」
「お願い、ですか」
「ええ、まずはこれを御覧なさい」
ツクヨミ神は彼に映像を見せる。
それは日本がアメリカとソ連に分割占領された姿。
レイテ攻略にて大きな痛手を受けた米軍の侵攻は遅れ、その代わりソ連の侵攻を許した。
その結果である。
そして、関東と東北の間に国境線が引かれ、南の日本帝国と北の日本人民共和国は激しく対立。
1970年に起きた米空母失踪事件を機に、両者の間で始まった日本戦争は世界大戦へと発展し、最終的に世界総人口の7割20億人が命を失い、世界文明は紀元前のレベルにまで後退する。
その中心にあった日本では1億人以上の命が失われ、生き残った総人口は南北両国合わせても1万人にも満たない。
やがて放射性物質に汚染された日本列島は無人の野となり両国は消滅する。
「こ、こんな事が……」
「これがこの後に起きる現実です。 貴方はこれを阻止する事が可能な『鍵となる人物』です」
「なんと、そんな事が出来るのですか」
「貴方を数刻前、レイテ突入前に送ります。 レイテ湾には突入せず、引き返してください」
「ば、馬鹿な、そんな裏切り行為、出来る訳が無いではないですか」
「そうすれば、アメリカ軍の侵攻は順調に進み、日本はアメリカによる単独占領となるでしょう。 そうなれば、第3次大戦の原因の一つが消えます」
「別に世界を救えとは言いません。 私とて姉から預かっているのは日ノ本だけですし。 貴方の決断が今の日本ではなく、将来の日本を救うのです」
「わ、わかりました。 日本のため、裏切り者の汚名を受けましょう」
神の要請を受諾した栗田は大和の艦橋に転生。
その後どうなったか。
それは史実をお調べください。
とりあえず、現時点まで第3次大戦が起きていないのは、調べなくても判ると思います。
あー、引き金となる米空母失踪事件も起きてませんけどね。
コロンバス提督の世界では起きたようですが……。
■補足資料 栗田艦隊が突入した影響
一部では「突入しても空の輸送船しか無いから何も変わらない」という声がありますが、その辺は本作では採用していません。
・理由1 「無意味主張」はゼロイチ論
勝利出来ないから無意味という事ですが、それはゼロイチ論でしょう。
「レイテ作戦は成功して勝利する」なんて事は起こりえません。
本作ではこの戦いで連合艦隊は壊滅。 大和も長門もここで沈んでいます。(長門の描写は無いけどな)
何隻も参加した大型艦が1隻も帰還しない戦いを「作戦通りに実施したから勝利」なとど言うのはおかしすぎますね。
ここは作戦目的の何割達成かで判定すべき問題でしょう。
史実(本作ではリトライ後の状態と同様)では、突入していないので、ゼロですね。
本作(の最初の状態)では、描写はありませんが、兵員1割、物資5割くらいを想定しています。
影響としては、最終的に日本の敗戦を6週間遅らせる効果として設定しています。
もう1点本作では描写していない大きな変更点(栗田氏は知る由もない事柄)があり、ソ連軍の輸送能力が史実より大きくなっています。
それは、6週間の遅延によりソ連軍が北海道の主要部分(道北・道東のみならず、道央まで)を占領する事が出来る。という結果をもたらします。
これにより、ソ連の発言力も強くなり、トルーマンも北海道と東北の統治を認めざる負えない可能性が出てきます。
まぁ、実のところ、これだけでは北海道だけになる見込みですが。
(幾つかのこの手の作品だと、津軽海峡が国境だったり、北海道が分割だったりしますね)
本作では、スターリンがトルーマンの弱みを握っているみたいな、表に出て来ない影響も加味されている想定です。
(実はルーズベルトがまだ生きていた……かも知れませんが)
・理由2 空の輸送船論
そもそも「空の輸送船」が湾内に滞留していて、それをいくら沈めても戦局に影響しないというのは、「ご都合悪い主義」でしょう。
上陸当日(海戦前)に一斉に兵員がLSTなどで上陸、その後物資の揚陸に移る訳ですが、空になったLSTはその場にとどまらす、後続の為に海岸を離れます。
つまり、海岸にいる船だけ撃てばいい訳です。
ちなみに、栗田たちがその事に気付かなかったとしても、沖合の空船を撃つ意味は実はあったりします。
LSTなどはその後も物資の輸送のため基地と現地を往復しています。
数が減れば、後続の物資輸送に影響が出るのです。
そして、日本側も「今日が上陸当日では無い」事は知っていた話。
海域のど真ん中にいる船よりも、海岸近くにいる船と、海岸の物資を優先して狙うでしょう。
(人によっては陸上の物資のような「戦績にならない目標」は撃たないかも知れませんが、それは生還できる時の話。 死を覚悟しているなら、戦績よりも指示された作戦目的を重視するでしょう)
あてずっぽうに撃つ訳では無いので、「ハズレ目標しか沈まない」という想定は不採用です。
・理由3 オルデンドルフ艦隊
巷ではスリガオ海峡海戦で西村艦隊を撃破した「とても強い艦隊」なので、栗田艦隊も同じ様に撃破するはず。
「戦艦大和は最強だ」なんて日本大好き素人ミリオタの幻想なので、あんな昭和三大馬鹿の一角を成す古い思想の戦艦なんて、新型レーダー積んでるオルデンドルフ艦隊の敵じゃない。
という論が広まっています。
これも本作では採用していません。
(そもそもオルデンドルフ艦隊は戦艦を主力とする艦隊なのですが、批判している人は気づいているのでしょうかね。まさかレーダー誘導ミサイルを運用する艦隊だとか思って無いでしょうね)
夜戦で、レーダーの能力によって一方的な戦いだったスリガオ海峡海戦と異なり、まだ陽の高いうちに海戦が始まります。
西村艦隊と同じ様な一方的な戦いは不可能。
スリガオ海峡海戦で大活躍の魚雷艇も連れてきていませんしね。
それに「逆張りオタク」みたいな「大和役立たず説」にも与しませんので。
(大和最強なんてニワカの浅い主張! それを否定する俺様カッケー みたいな論ですね。 初心者を脱した中級者が陥りやすい罠です)
そんな訳なので、本作ではそれなりに効果はあった。 という想定です。
まぁ、艦隊は帰らずですが。
■もうひとつ補足
リトライしてない世界線が本編のコロンバス提督の世界と同一かどうかですが、同一または限りなく近いと思っておけば良いでしょう。
一応本作は「模型戦記シリーズ」に入れています。 ツクヨミ・ウルティマ神も登場するので。
コロンバス提督の世界でも、結局栗田艦隊を撃破したのは航空攻撃です。
ただし、本作では、本文にて航空隊の出どころは明示しておりませんが、コロンバス提督の世界では、エセックス級空母が栗田艦隊空襲に参加しています。
(史実同様ハルゼー艦隊に3隻エセックス級がいます。 ただし、史実では栗田艦隊を無視して北へ行ってしまいましたが……)
そしてリトライした世界線は、作中世界と同一または限りなく近いとなります。
なお、現実世界にコロンバス提督はおりません。
(そもそも、仮に実在したとしても、なろうの規約上戦後の人物はそのままの氏名で出すことは出来ません)
作中世界でも現実と同様に20世紀に第3次大戦は起きておりません。
(原稿を書いた時点に限定すれば、現時点でも起きていませんし、公開時点でも起きていないと思われます。その後の事は知りませんが)




