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少女と始まりと友

 雲に隠れた欠けた月が浮かぶ空、静寂が包んだ夜の中、ある学校の校舎裏に一つの生徒の影があった。

 そしてグラウンド傍、校舎の下で影は歩みを止める。


「こんなところでどーしたんですか、先生」


 雲が流れ、月が大地を照らしていく。月光を浴びながら、少女、御伽勇奈は闇に向かって言葉を投げかける。


「……? おぉ確かえぇと……御伽、だっけか?」


 闇から月光に照らされ現れたのは、くたびれたスーツ姿の女性。


「名前覚えてくれてて嬉しいです、冬木センセ」


「あー、全員ってわけじゃないけどまぁ担任だしな、一応。……っていうか何やってたんだこんな時間まで、もう門限じゃねーのか? 冷えるぞー」


 冬木は御伽に対し気だるげながらも心配した態度を見せる。


「大丈夫です、私頑丈なんで。それに待ってたんです先生を」


「?」


「先生が今は魔王の影の憑依先なんですよね」


「あー? 何の話だ?」


「いいんです、先生は分かんなくて。影は人を無意識に操って自分の望む方向に誘導したりするから、分かんなくて当然なんです。だから、待ってたんです」


「さっきから何を……」


「私は探すのとか得意じゃないから。待つことにしたんです。今の私なら魔力もあるし、きっと魔王の影は狙ってくるだろうから。だから、こーいう時を待ってた」


「?」


 困惑し続ける様子の教師、冬木。構わず御伽は言葉を投げかける。


「冬木センセ、なんで今日こんなに遅くなったんですか?」


「あー? そりゃあ……。……? 仕事が長引い……てはなくて。あぁ、そうだ生徒がいないか残って校舎を確認……あれ……今日は私の番だっけ、というかそもそもそんなのあったか……?」


 頭を抱え、冬木は自分の行った行動に対し疑問を重ねていく。


「元々精神が安定して強い人はあんまり表は目立たないのがメンドいなー、やっぱ……。それに、負の感情がなくても必要な時に周りに振りまいた魔力を回収すればいいし……あの、ジッとしてて先生すぐ───」


「私は一体何を……う、グ、オオオオォォォ!!!」


「!」


 狂乱した態度を見せる冬木、それと同時に何処からか風が吹き黒い影が集まり始める。


「やっぱ、ビンゴだったかー……なら!」


 言葉をこぼしながら御伽は影が集まりきる前に叩こうと、教師冬木へと間合いを詰める。

 しかし、


「!」


 黒い影が集まり巨大な拳の様になり、それは御伽に向かって振り下ろされる。


「あぶなっ!」


 御伽はそれを、すぐに地面を蹴り後ろに飛び拳を回避する。

 拳はそのまま地面へ沈み、衝撃と共にコンクリートの破片が飛び、亀裂が走る。

 拳が消え、影となり冬木への元へ消えるとそこには大きなクレーター跡が出来ていた。

 着地する御伽、そして、


「来て」


 その言葉に応えるかのように彼女の傍に銀色の剣が現れ、彼女はそれを握る。


「ユウ……シャ……」


 冬木は影を纏いながら、目の前の少女を睨む。


「ヨコセ……マリョク……マリョク」


 御伽は、鞘を抜き、剣を構える。


(……やっぱり。あの時魔王は間違いなく死んでる。間違いないし、これは断片。あの時、消しきれなかった残滓が影になってここに来た……)


「なら……私がやらなきゃ!」


「ガアアアァァ!」


 冬木から御伽に向かって大きく伸びる影、それを右に御伽は躱す。

 影は空を切り、地面にそのままぶつかるとコンクリートの舗装を粉々に砕いてみせる。


「今!」


 がら空きとなった冬木の身体の周囲、側面に近づくと、冬木に纏わりつく影に剣が切り込まれる。


「グゥッ……」


 そのまま、冬木の横を御伽は走り抜け、距離を取る。

 よろめく冬木しかし、強く地面を踏み、ぐるりと御伽の方を見る。

 影は剣に切られ震えるように漂うがすぐに切られた部分が別の影で覆い隠される。


「ユウシャ……ヨワイ、カ?」


「効いてはいるっぽいけど……『精霊闘術』込みでもこれかぁ……」


 そして、どこか遠くからまたグラウンドに影が飛んできて冬木を取り巻く影に取り込まれる。

 御伽は剣を眺め呟く。


「『神威、抜剣』……駄目だよねー。やっぱり……!」


 質量を持った黒い影の一撃が飛んでくる。そして、それをすんでのとこで御伽はまた躱す。


「ケン、マブシイ、ケド、イマハマブシクナイ。オマエ。タオセル!!!」


 そして、影が周囲に広がると、雨の様にその黒い連撃が御伽を襲い始める。


「やばっ……!」


 放たれる影、それを回避しつつグラウンドへ飛び込み、彼女は回避していく。


「雨夜くんが来る前に終わらせたかったけれど、そうもいってられないかも……!」


 回避先に先回りされた影、振るわれた剣がその影を切り裂き、消えるが、また別の方角から影が襲う。

 それを何とか躱していく御伽。

 亀裂とクレーターの増えていくグラウンドの上、土煙がたち込め始める。


「やばいなー……闘術叩き込むにも影邪魔だし……他のやり方だと先生が傷ついちゃう……もー私がやられちゃいそーこれ……」


「ハハハ! ケンツカエナイ? オマエユウシャジャナイ?」


「……!」


「ヨワイ! ユウシャモドキ!」


 そして、影の乱舞。その中で捌ききれずに残った一撃が御伽を正面から襲う。


「! ぐっ……!」


 吹き飛ばされ、勢いよくグラウンド端のフェンスに激突する。

 凹んだフェンス、地面にそこから落ちようとするも、御伽は体勢を立て直し着地する。


「いたたた、ふぅっ……ぜぇ……あーもー私じゃ無理だこれ、剣応えないし」


 ───本当に私はもう勇者じゃ……。あちこち痛いなぁ……。

 弱音を内心吐きつつも、土を踏みその少女はまた立ち上がる。


「ユウシャモドキ、ナゼアラガウ、ジャマスル、ムダナノニ、ヨワイノニ」


「何でだろうね……元の世界に戻るためにやっぱ頑張ってきたわけだし、勇者とか戦いなんてもうこりごりだー! なんて気持ちもちょっぴり……いや今もだいぶあるんだけど……それでも、やっぱり私のツケだし、私いじっぱりだし」


 そして、剣を構える。


「それに……ね、やっぱ私は誰かが傷ついてる姿なんてもう見たくない。だから、力なんてなくても、一人でも……戦うんだ」


「ナライタダク、ヨワイ、オマエノチカラ」


 冬木の目前、そこで影は集まり一段大きい影となって強大な一撃が御伽を襲う、それに対し、柄を握り剣を振りかぶり───

(それでも───)


「それなら、君はやっぱり勇者なんだろうさ!」


「え」


「!?」


 伸びる影、しかし、それは射線に割り込んできた青い炎の渦によって阻まれる。

 ここにはいないはずの第三者の声、その声のした方向。

 空中にたたずむ、一人の姿に御伽は目を丸くし、衝動のままその名を呼ぶ。


「雨夜くん!?」



 ◇◇◇



 俺は自室で照明に照らされた本のページをめくる。

 この本は魔導書の一つであり、何か有力な魔法がないかと考えてのことだ。

 あれから数日が経った。

 特に事件が起きることも無く、平和な日常が流れた。

 あの後も、御伽さんに協力を申し出たがはぐらかされてしまっている。

 彼女曰く、何か影の本体の様な物が誰かに憑いていて、それが周りに感染するかのように影が伝播しているらしい。

 そして憑依者は度々乗り移って変えていくらしい。やっかいなものだ。

 ならば、最後が学校の生徒だったならば、その家族や学校の関係者などがその本体に今憑かれているというのが自然な考えだ。

 しかし、こちらから発見する手段は無いため、観測しつつ後手に回らざるを得ないのが現状だ。

 窓に映る夜空には月がすっかり昇っている。

 それでもできることはある、仕込みも多少してあるが、起動には少し時間がかかりそうだ。

 そう考えながら、ちらりと机の上に置いた水晶を見る。

 それは街に放った使い魔たち越しに見る光景の一つ、映る学校のグラウンドの風景、そんなに都合よく異変が映るとは思えないが念のためだ。


「……?」


 使い魔越しに映る影、これは……。

 制服を着た見慣れた姿の少女、御伽さんだ。こんな時間まで残っていたのか……。

 何をしているんだろうか。まさか彼女が犯人か? 


「いやそんなわけ……って、彼女の前に誰か……」


 御伽さんの前に暗くてよく分からないが、人影が現れる。

 異常な様子、そしてその周囲に漂う暗い影……これは。


「まさか……!」



 ◇◇◇



 間に合ってよかった、空中に魔方陣を作り周囲の空気を固め立ち、俺は状況を観察する。

 あの影を纏っているのは、やはり冬木先生か。

 使い魔から見ていたがやはり、影の元なだけあって、一撃もかなりの威力なようだ。グラウンドにはあちこち穴が開いている。


「雨夜君!? もうここに、っていうかそれ魔方陣、足場に出来るんだ。すご!」


「こんな窮地に素直な感想、感謝するけれど! 仕込みで少し遅れてしまった、すまない」


 俺は御伽さんの近くに降り立つ。


「仕込み? まーいいや……助けてくれてサンキュ、後は下がってて……」


「いや、だから何故……ここは協力すべきだ。俺も参加する。」


 まったく彼女は本当にいじっぱりだ、こんな時まで。


「けど……」


「勝機を逃せば、また、誰かが傷つく」


「……」


 御伽さんは下を向き俯く。

 影の方は……こちらを観察しているようだ、出方を伺っているのだろうか。

 話を聞く限り生霊みたいなものだと思っていたが、それぐらいの理性はあるということなのだろう。

 なら、今やるべきことは……。


「……俺を助けたいとは思わないか? 御伽さん」


「え?」


「あの状態の相手はこのままでは俺もまずいし無事では済まない。二人でなら倒せるかもしれないが……俺を助けてくれれば乗り越えれるかもしれないが。それとも所詮、短い期間で知り合っただけのやつにそこまでの情はないかな?」


「ど、どーいう主張……。 いや、そんなことないけど……でもあれは……」


 悩み戸惑う彼女。


「前も言ったが、君のせいじゃない。責任を感じる必要は無いんだ」


 ゆらりと影が揺れる。……来るな。

 俺は影の注意を引き付けるために前方斜めに走り出す。


「雨夜君!」


「そのまま、そこで聞いてくれ!」


 真っ直ぐ、飛び込んでくる一撃。俺は詠唱を唱え青い炎を生み出し、影を消す。あの時の改良版の魔法だ。

 威力は少し下がるが、この影を消すなら十分だろう。

 さらに、上から来る一撃を魔法で空気を集め、砂利ごと混ぜ叩き込み、散らす。

 そのまま走りつつ、避け、魔法で迎撃しながら彼女に俺は呼びかける。


「友達になろう! 御伽さん!」


「え!?」


 予想だにしなかった言葉に御伽さんは驚きながら口を開けている。


「それなら、俺が参加するのに問題は無いだろう、友達なら助け合うことだって普通だ。なんてことはない! 君の重荷を俺に背負わせてくれ、俺が困ったときは君に頼るから!」


「え、えと!?」


「それとも俺は友達になれそうにはないか!?」


「いや、そんなことはないケド……! でも、認めたら戦うじゃん! 雨夜君に私、怪我……」


「そうだ! 君が怪我しているところなんて見たくない! 友達ならなおさらだ!」


「……!」


 影は変わらず俺を狙い続けるが、なんとか対処しつつ呼びかけ続ける。


「君は自分はもう勇者じゃないといったが俺はそうとは思わない、君はこの世界に戻りたいから勇者になったのか? たしかにそれもあったんだろう。だが、短い付き合いだが、俺には分かる。君にとってはそれだけじゃなかったはずだ!」


「……」


「守りたかったんだろう、人々を! 助けたかったんだろう、仲間を、友を! だから君は勇者になった! 今だって、影に憑りつかれた生徒を見たときだって、君はその人を案じていた! なら、さっきも言ったが、今だって力がなくとも誰かを助けたいと思う君は立派な勇者だ!」


「でも、私は」


「御伽さん! 誰かを助けたいというなら、その中に君自身もいるべきなんだ! 責任なんかで勝手に自分を否定して、一人で居続けるな! 大丈夫だ、今だって俺がいる!」


「……雨夜君……私は……。 ……!」


 土の中から影が湧き、俺は足元を掴まれる。……しまった!

 地中から影で土を掘り進め、狙っていたのか。

 空中に引き上げられ、宙ぶらりんの体制で俺はさかさまになる。

 そして、襲い来る影……これは流石に……まずい!


「くっ……!」


 俺に襲い掛かってきた影。

 その瞬間、俺と影の間に眩い閃光が駆け抜ける。


「! ッガアアアァァァァ!!!」


 影は閃光に焼かれたちまち消え、俺は影から解放される。

 空中で回転し、着陸、俺は後ろへ距離を取る。

 そして、輝いた閃光の先、影を切り裂いた輝く剣を持ち、振り返る彼女を見る。


「御伽さん、それは……!」


「そう、だね、雨夜君。こんな私を見たら皆悲しんじゃうもんね」


 眩しいほど輝く銀色の剣を携え、御伽さんは目前の敵を見据える。


「ありがとう雨夜君、忘れてたよ。勇者になった理由。……ねえ、雨夜君ずっと勝手で申し訳ないんだけどさ、手伝ってほしいんだアイツ倒すの。これ以上先生を苦しめたくない」


「……! あぁ任せてくれ……行くぞ!」


「アアアァァァ!」


 影が二つの方向へ伸び襲う。

 それぞれを俺たちは躱し、距離を詰める。

 魔法で青い炎を生み出し、俺は影にぶつける。

 影は前に影を重ねこれを防ぐ。そして、薄くなった部分を御伽さんは剣で切りつけようとする。

 しかし、その足元から湧き出る影。先程と同じ、地面を掘り進め隙をついたものだが。


「それはもう見たよ!」


 ステップを踏み、躱す御伽さん。


「いや、上だ!」


 しかし、その御伽さんの上から影の一撃が更に迫る。


「やば!」


「させない!」


 俺は地面に触れ、魔法を唱える。

 地面は野菜の皮のようにグラウンドの表層が隆起し、波のように跳ねていく。

 それは冬木先生を取り込んでいる影を襲う。


「ガ!?」


 足元のバランスが崩れ、ふらつく影。御伽さんへの狙いが反れ、彼女の傍を影は攻撃する。


「ナイス!」


 そして、踏み込む御伽さん、振るわれる剣。

 それは、一層輝きを増し、炎のように揺らめく光が影を真っ二つに引き裂いて見せた。


「グ、オォォォォ!!!」


 影は冬木先生を離れ、空中へと散っていく。

 御伽さんは倒れる冬木先生を空かさずキャッチする。


「やったな、御伽さん!」


「うん! ありがと、雨夜君!」


「う、うぅぅぅ……酒、飲みたい……」


「取り敢えず、先生をどこかに……。 ……!」


 そう、言おうとして、何かを感じ、上を見上げる。

 影は消えず、空中に漂っている。


「これは……」


「ヤバッ! 成長し過ぎてるっぽい! 半分実体化してる!」


「オォォォォォ!!!」


 影は激しく蠢くと咆哮を響かせた。すると、どこからともなく、さらに影が周囲から集まり、形をなしていく。これはマズそうだ!

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