脆い人間どもと自称省エネ系と潜む影(2)
出遅れたスタート、御伽さんの後を追って魔力の発生源に向かう。
校舎内に戻り、棟の先へと二人で走っていく。
時刻はとっくに夕方、校舎内には人の姿が見えない。
やがて、発生源と思しき教室が見える。その前で立ち止まる俺と御伽さん。
「ここは……」
「美術室……?」
閉まっているドア、お互いを見て頷き、そっとドアを開け、覗き込む。
美術室の中は机と椅子、置いてあるキャンバスやら画材やらで溢れている。
その中央に一人の少女、他に部屋には誰も居なそうだ。
ここの学生であろう少女はキャンバスの前で椅子に座りながら、スマホを眺め、何やらわなわなと震えている。
身体にビシビシと伝わる魔力の反応、間違いなく、影に取りつかれているのはあの子だろうが。
「あの子だよな……」
「うん、あの子……」
学生はスマホを見ながらボソッと呟く。
「何で誰も分かろうとしないの……見ないの」
「……ああやって元々抱えている負の感情を影は増幅させるんだ、その人自身が抱えきれない程にね。そうして魔力が噴き出すんだよ」
「なるほど……」
「はやく、助けてあげないと……」
「……あぁ、そうだな」
パッと見た感じと彼女の発言からは恐らく絵の悩みなのだろう。悲痛な表情で下を向いている。
きっと、自分の絵が評価されず、誰にも見られず……何かをしでかしてしまう前に止めてあげなければ……!
「何で……」
「ここは、協力だ。御伽さん、俺が足止めをするその隙に……」
何だかんだやはりここは協力すべきだろう、御伽さんに提案する。
「むぅ……しょうがないね、分かったよ。いっせーのーで行こう」
「何で……」
魔力の強まっていく、少女。段々と声を荒げていく。
「何で」
そして、学生は息を吸い込み、声を部屋中に響かせる。
「何で! みや×せな推しがこんなにもいないの!」
「「……」」
俺たちは黙って彼女を見つめる。
「みやせな絵もあまり投稿されないし、私や他の同志が投稿したツ〇ッターのみやせな絵も全然いいねされないし! 何で皆、尊さを分かってくれないの! みやせな絵は全然なのにせなみや絵はいつも基本数倍ぐらいのいいねでいっつも……公式もグッズとかそっち気味で売ってるし! ピク〇ブ小説も全然……何が、公式がそうなんだからみやせなでしょwwwだ……おのれ……そんなにメジャーカプが偉いのか……!?」
こちらに御伽さんが尋ねてくる。
「今、行く……?」
「いや、行くべきだろう……」
「先生も何が次もコンクール取れるはず頑張ってねだ……そんなことよりまずはみやせなでしょ……!?」
彼女があちこち魔力を迸らせているのが見える。まずそうではあるな……。
「こうナったら……公式ニセナミヤ推シ匂ワセナガラグッズ催促凸シタリ、昔カラ持ッテオイタ複垢デセナミヤ推シヲ語リナガラ、他ノカプノ悪口イッタリシテ……セナミヤ推シハ民度悪イ感ジニ仕立テ上ゲテ落トシテヤル!!!」
思っていた負の感情の内訳とはだいぶ違ったが、止めるべきではあるはずだ。
「前例に漏れず、やる気が微妙に湧かないが……行こう」
「分かった、それじゃあ行くよ……いっせーの」
御伽さんはドアに手を掛け、
「せ!」
勢いよく扉を開け、入り込む。
「ウ!?」
驚きながら立ち上がり、こちらを戸惑いながら見ている彼女の元へ向かう御伽さん。
俺はすぐさま床に触れる。魔法を構築し、魔方陣を彼女の足元に作る。
そこから魔力で出来た蔦の様な物が学生の身体に纏わりつき、行動を縛る。
「ごめんね!」
学生の後ろに回り込み、こぶしを打ち込むもうとする御伽さん。
「グッ……ウアァァ!」
「! なっ!」
突如高まる魔力、学生はブチブチと蔦を引きちぎる。
猛獣さえも縛る魔法だぞ……!
そして、憑かれている学生は後ろへ振り向き、
「マジ!?」
バシッと御伽さんのパンチを両手で掴んでみせる。
「結構強くなっちゃってるかも!」
「ウァァァ!!!」
「わ!」
拳を振り払い、襲おうとする学生。その伸ばしてきた両手を御伽さんは両手で掴み、プロレスのような体制になる。
「うーん……ちょっちこの人に怪我無く無事にってのはムズいかも……」
硬直状態の二人、だがこんな状況も俺には問題ない。
この時のための策を今こそ。
「そのまま抑え込んでいてくれ! 御伽さん!」
「! 分かった、おーけー!」
「ギッ……」
抑え込まれた学生の少女へ向け俺は魔法を展開する。
御伽さん曰く、影は魂の様な物なのだと。ならば、霊のような魂だけの存在に干渉する魔法ならば。
俺は隠し持っていた小さな鉄でできた黒い楔を学生の彼女からして四方の方角の床に魔力を込め投げて打ち付ける。……後で直さないと。
「起動!」
声と共に楔に記された文字が浮かび上がる。そして、学生を取り囲むように辺りから青白い炎が出現し、彼女を取り囲む。
そして、それはやがて嵐のように渦巻き、彼女はその青炎の嵐に焼かれる。
「ゴアアアァァァァッ!!!」
「わわ、ちょ、ちょっと待、私までー! ってあれ? 熱くない」
「これは悪しき存在に干渉し滅する魔法で、普通の人には効かないから安心してくれ!」
「何それ、すご! っていうかそんなのあるなら言っといてよー!」
「まだあまり慣れてない魔法だから使うのは控えたかったんだ1」
魔法を操作しながら彼女の疑問に答える。彼女の話を受け急遽、直近で仕上げたのがこの魔法。
本来はエクソシストの専門の魔法で不慣れなこの魔法は土壇場になってしまったが……。
どこかへ逃げようとしているのか、学生から影が飛び出してくる。
「逃がすか!」
炎が影の全てを焼いていく、そして灰になっていくかのようにその影は少しずつ消えていき。
「ガァァァ! アァァァッ……グっ、あ……」
完全に消滅する。止んだ炎。
ふらりと身体のバランスを崩し倒れようとする学生を御伽さんが支える。
「おっと! ……もう大丈夫だからね、お疲れ様」
その場に御伽さんは優しく彼女をそっと寝かせる。
「ふぅ……終わったな」
「うん、もう反応はないね」
おれは楔を拾いながら床を修復させていきながら、御伽さんに尋ねる。
「御伽さん、後遺症はありそうだろうか? 意識と記憶も君から見て」
吉野の場合、錯乱していた時の記憶は無く、今はピンピンしているが。
「うん、大丈夫、そのうち起きると思う。記憶は……まぁここ数日はちょっと抜けちゃうかもだけど」
「そうか、なら後片付けをしてバレないように撤収でいいだろうか?」
「うん、それでいいと思うー、はー疲れた」
彼女は学生の容態を確認した後、床にへたり込む。
「影も消してってるんだけどなーデカイ何かが潜んでるかも」
「もっと強い影ということか?」
「うん、この人も結構強かったけど。早めに見つけないとなー、危ない考えの人に憑りつかれたらヤバいことになっちゃう」
「あぁ、早めに見つけないと」
今までは何ともいない負の感情の出し方だったが、これが誰かを傷つけたいなどと考えているような危険思想の人物に憑かれれば目も当てられないような結果になってしまう。
「剣が使えればなー」
「御伽さんが屋上で出していたあの剣か?」
俺は床を修復し、戦闘の余波で散らかった部屋を片付けていく。
「うん、そーあれ」
御伽さんはすくっと立ち上がると、俺と同様散らかった部屋を片付け始める。
「すごく便利でーーあれなら影も一発で消せるんだけど、何でか使えなくてさー」
「何か不具合が?」
「んーそういう感じじゃなくてね。あれは使い手の精神に応じて応えるっていう勇者しか使えない伝説の武器でスキルと一体になってるんだけど……多分、私の精神が問題なんじゃないかなーって」
「精神?」
「うん、アレはね、その人がこの剣を振るうに足るかっていうのを剣自身が判断するっていう面倒くさい子で振るうに値しない人物だとうんともすんとも言わないんだよねー」
「なるほど……だが御伽さんは扱えていたんだろう?」
「うん、この世界に来る前はね。……もしかしたら私も知らないうちに私、もう戦いたくないって思っちゃってるのかも」
「……それは」
「なんていうかもう戦いとか疲れたしメンドい! っていうか……もう青春したいから勇者なんて懲り懲り! って無意識で思っちゃってるんかも」
彼女は机から落ち上げ直した椅子を見つめていた。
どこか困り笑いの様なそんな顔。
「……それなら」
「でも駄目。私がやらなくちゃいけないことだから。……さて! これで終わり。さ、帰ろ帰ろ……あ! バック屋上じゃん!」
美術室を抜け屋上へと向かう御伽さん。
彼女の決意はどうやっても揺るがない……なら。
考えを俺は決める。
「おーい!」
廊下からの御伽さんの声。
「早く行こー!」
「……あぁ、今行く」
廊下の先で手をこまねいて待つ彼女の元へ行く。
夕焼けの部屋の中を抜け出し彼女に追いつく。
彼女も強情だが俺もそれ以上に強情なのだ、簡単にあきらめたりはしない。
一応、準備もしておこう。そうして今日というよくあるような一日がまた終わっていく。
この何でもない日々を続けるために。俺がいる限り、この街で事件なんて起こさせたりはしない。
「うーーーん、みやせな……ってあれ……いつの間に床で寝ちゃってたのかな……まぁ地道に布教頑張るしかないか。人の数だけカプがある……」
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