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異世界転移元勇者と影と異世界あるある(2)

 それにしても、字面だけを見ると、どうも一方的な取り引きのように見える。


「……胡散臭いな」


「いやー私もそう思ったけどさー。やっぱり元の世界に帰りたいじゃん? だから頑張ったんだよ、……とっても大変だったんだよ」


 一瞬、御伽さんは自慢げなさっきの態度とは打って変わってどこか悲しげなそんな表情を浮かべたように見えた。


「……つまり、トラックによる事故で死に瀕して魂だけの状態になった御伽さんをその神とやらが魂ごと別の世界に持ってきたってことなのか」


「うん、そーいう認識でいいんじゃないかな」


「とんでもない話だな……魂だけを引き入れる理由は……いや、そうでないと無理なのか……? マッチポンプ……判断はつかないか……現状は」


 俺は考えを整理するため思考を加速させる。


「おーい?」


「それなら……いや、世界を渡る力だとしても……スキルという概念はこの世界とは些か異なる法則だし……」


「もしもーし!」


「いや、魂の移動による結果はこちらで観測できなかっただけ……考えるならば死ぬはずだった運命……それに……」


「ねぇってば!」


「わ!」


 いつの間にか彼女の顔が視界いっぱいに映り込むほど近づかれていたことに俺は気づく。

 長いまつ毛だ……。いやいや、集中だ、俺。


「すまない、少し考え事を……一週間前、君が目覚めた……いや、この世界に帰ってきた日とこれは同日かな?」


「うん、そうだよ。丁度十時くらいだったかな。帰ってくるなり真っ暗な病室でちょっとびっくりしたなー。これがどうかしたの?」


「……その日、同時刻。この地の上空で強大な魔力の反応が確認されたんだ。原因は分からずじまいだったけど君が帰ってきたことに対する影響なら説明がつく」


「んーでも私春休みの日に異世界に転移したんだよ? そっちも何かあったんじゃない?」


「こういう事例は先週起きた今回だけだった。恐らく世界の転移による現象ではなくて、君の言っていた死ぬはずだった運命。それに干渉したことによる改ざんの余波だったんじゃないかな……と俺は推測する」


「ふーん。なるほどねー。……ってヤバ、もうそろそろ行かないと!」


 彼女はスマホの画面を確認し驚く。

 彼女はいそいそと鞄を身に着け立ち去ろうとする。

 な、まだ聞きたいことはあるというのに!


「ま、待った、あと一つ!」


「え、もーなに!?」


「アレだ、吉野……君がさっき蹴り飛ばしていた学生についていた、あの影! 君は何か知ってるんじゃないのか!?」


「あ!」


 明らかにすっかり忘れていたという表情の彼女。


「あ、そうだ、そうだ。魔王の”影”! 話そうと思って忘れちゃってた!」


「……魔王の影?」


「うん、なんていうか魔王の思念体? って言うのかな人の負の感情に巣くって感情を食べて魔力を蓄えていくの。そうして誰かを負の衝動に突き動かさせて、また生まれた負の感情を糧に大きく強大になっていくんだって……知り合いの魔法使いの子が言ってた。あっちの世界でも手こずったんだよ。心を隠れ蓑にするから、余程感情が溢れないと魔力も出てこないから見分けつかないし……」


 彼女はその場で足踏みをしながら説明を続ける。


「なるほど、魔力を感じなかった理由はそれか……。というか魔力はどっちの世界でも同じなのか……君が魔法を使えないのは単純に魔法の法則が異なっているからなのかもしれないな」


「あーそうなのかも! びっくりしたよ? 君を見たとき無茶苦茶魔力あるな―って思ったもん」


「そういうのも分かるのか……」


「うん、感覚だけど。『鑑定』で見ようと思ったけどこの世界の人達見ようと思ったら全員文字化けしてさー上手く見れないんだよね」


 御伽さんはその場で足踏みしながら人差し指をこめかみに当て、ため息をつく。


「また、よくわからない概念が……それもスキルなのか?」


「そだよ」


「なるほど、それは今はあまり役に立ちそうにないな……」


「それがそうでもないんだよねー。この世界の人は文字化けしてるけど元々の世界の物はしっかり見えるから。流し見でもどこに元の世界の物があるか分かるんだよ、それであの影も分かったし」


「だから駆けつけてこれたのか……」


「そ、ちなみに影を殺せたのもスキル、精霊闘法って言ってああいう魂的な奴にもダメージ与えられるんだよね」


「よく分かった。それじゃあ最後にそれで、その影とやらが何故この世界に来ているか君は……」


 知っているのかそう聞こうとして、彼女が覆いかぶさるように答える。


「うん、知ってる。多分、私のせい」


「……」


 彼女は足踏みを止め、答えた。

 全ては自分が招いた原因だと。

 けれど、それは。


「この世界にやってくるときに私に引っ付いてきたんだと思う。あの時、私が消滅させきれなかった部分がこの世界にまで流れて来た」


 何となく違うと俺は思う。


「あれだけだと思うか?」


「ううん、なんでかな感覚で分かるの。これで終わりじゃないって」


 彼女は自分のこぶしを握り締め、見つめる。

 そして、また、とびっきりの笑顔に戻る。


「でも大丈夫! 元勇者だからね、自分のケツは自分で拭くってもんよ! だから、安心して、私が全部解決するから! はい、これで終わり、全部メモっといてね!」


 彼女はそう言うと屋上から下に続く階段のある扉へ向かって駆けだす。


「いや、話は……! これから影に向かってどう対処するかとか!」


「もー私が全部一人でやるってば!」


 余程、遊びに行きたいのか彼女は扉のドアノブに手を掛けながら答える。


「あぁ、もう! 分かったこれで最後だ!」


「なにー?」


 御伽さんは唇を尖らせながら足を動かしている。


「全部メモっといてといったがそれは出来ない。君が言っていた影を招いたのは私のせいという話を俺はそう思えないからだ。君はここに帰ってくるために必死に戦い、帰ってきた。そこに攻める要因は無いし、魔王とやらに変わらず全ての原因があるはずだからだ。君は悪くない」


「……」


 御伽さんは、ぽかんと呆気に取られたかのように口を開けると、勢いよく笑いだす。


「フ、アハハハ!」


「な、何故笑う!」


 せっかく、少し勇気を込めていったのに!

 彼女は笑いながら答える。


「アハハ、ご、ごめん。真面目な顔で何言うかと思ったら……心配してくれたの? 私のこと」


 彼女は目に涙を浮かばせながら尋ねてくる。


「いや……まぁ……いや、あくまで事実を述べたまでで……」


「フフッ」


「笑うな」


 自分の顔が猛烈に赤くなっていることを俺は自覚する。


「ごめん、ごめん……ありがとう雨夜くん。悪くないって言ってくれて嬉しい」


 先程までとは違う笑い、にっこりとはにかみながら彼女は俺にお礼を言う。

 まったく……。


「まぁ、元気になったならそれで……」


「えー? ずっと元気なんだけどなー? ……でも元気出たよ! それじゃあね!」


 バタンと勢いよくドアを閉める彼女。

 取り敢えずはこれで良しとするか……。

 あ。

 伝えておくべきことを今思いつき俺は慌てて大声で御伽さんに呼びかける。


「来週の月曜日! スポーツテストだけど、あまりやりすぎるなよー! あんな跳躍をすれば絶対に目立つ、もしかしたら他の魔術師に目を……」


「ほどほどにね、分かってるよー! 余裕余裕、任せてー!」


 ドアの向こうからやや遠くなった御伽さんの声が聞こえる。

 俺は天井に座り込み空を眺める。

 やることはいろいろとありそうだ。

 まずは……吉野の様子でも見に行こうか。



◇◇◇



 影に取りつかれた学生、吉野にも特に大事は無く、迎えた週明け。糸波北高のスポーツテスト、そこで事件は起きた。



「ひゃ、百メートル、十二秒丁度!」

「は、はえぇぇ……」「風さえも置き去りにしてたぞあの子……」


「握力機がカンストで計れません! 取り敢えず百キロ!」

「な、何もんなんだあの子……」「レジ袋掴むみたいな軽やかさでやってたのに」


「持久走、三分でトップゴールです!」

「女子の平均って五分くらいだよな……」「というか途中露骨にスピード落としてたような……」


「立ち幅跳び!三メートル!」

「すご……あの子」「何だっけあの子の名前……」


「ほ、砲丸投げの記録! 線超えたんで分かんないですとりま二十メートル以上!」

「サッカーのゴールポストにめり込んでるぞ……」「虎杖〇仁かよ……」「あの子の名前……確か」


「御伽さん……だったっけ」「凄いよねーあの子超人じゃん」



 その日のスポーツテストはとある少女の独壇場ともいうべき舞台だった。


「やるじゃん! ユナ」「そんなにすごかったっけ!?」

「覚醒ってやつ?」「さっき先生が女バスにスカウトしたいって言ってたよーどうする?」


 取り巻く少女の友人たち。

 和気あいあいと彼女の記録に驚き称える友人たちの中でその中心人物である少女。

 御伽勇奈は冷や汗をたらしながら誰にも聞こえない声で呟くのだった。


「やっちまったぁ……」





「はぁ……言っておいたのに……」

「どしたんだ?雨夜」「あ、見ろよおめーら、幅跳び張り切ったせいでジャンプミスって磯野が顔から砂に突っ込んでるぞ」



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