異世界転移元勇者と影と異世界あるある(1)
「……」「……」
俺たちは屋上に来た。
俺の提案で取り敢えず一目の付かないところに移動したのだ。
季節は春。
屋上に吹く強い風が桜の花びらを運び、隅に花びらが溜まっている。
「屋上は魔法で開けたけど、人よけの結界も張ったからまず人が入ってくることは無いから」
「うん、見てたし、鮮やかな手口だった」
手口。
気を取り直し、御伽さんに俺は尋ねる。
「それで改めて聞くけれど御伽さんは魔法使いなんだよね?」
「ん、ジョブの話? 私は勇者だったかな……ていうかさ、えっと……」
「雨夜護、それが俺の名前。あなたの名前は同じ中学のクラスだった磯野から聞いた、軽い事情も」
「なるほどー磯野って……あぁ、はいはいあの人か」
磯野……。
「それでえっと雨夜、くんも異世界帰りじゃないの?」
「異世界……? 別世界のことならそんなもの本当にあるかどうかも俺は懐疑的だけど」
「いやいや、さっきもなんか螺旋〇みたいな魔法つかってたけど、雨夜くんも異世界から帰ってきて使えるんじゃないワケ?」
「いや、別に。俺は元々この世界で魔法を身に着けてたし……」
「そーなん!?」
驚きの表情の御伽さん……彼女は魔法使いと違うのか?
「俺からすればその異世界帰り? というのもよく分からないんだけど……」
「えー、アニメとか漫画とかで見なかった? まぁ、私もあんまり見なかったんだけど」
「俺もあんまり……というかキミこそ本当に魔法使いじゃないのか?」
違ったのだろうか。単に力が強いアホの子だったのだろうか。
「あ! 信じてないって顔してる! ヤバいなこの子みたいに思ってるでしょ今!」
心の内が見透かされ御伽さんはプリプリと怒っている。
「いやーあぁ、んー……」
「もー! 見ててね今からここで証拠見せるし!」
御伽さんは手のひらを目の前の空間に広げ、体制を取る。
「本当に……そうなのか?」
「行くよ! 水球!」
……。
掲げられた手のひらからは特に何が起きるわけでもなく無言の時間が流れる。
ビュウと風が屋上に吹く。
「あ、あれぇ? ちょ、ちょっと待って。水球、水球、ウォ水球!!! ……あれぇ?」
特にやはり変わることは無く、ただ何も起きない時間が続く。
「やっぱり……」
「いや、なんか調子悪くて! 何か上手くできないな……水球!」
やはり、勘違いだったのだろう。
「あ、あれぇ……確かめるからちょっと待ってね。んーと」
あわあわとする御伽さん。
まず、どうしようか……。
「『情報観覧』! あ、これは出来るんだ。」
ヴオンヴオンという連鎖する音と共に大量のホログラムで作られたかのようなディスプレイが御伽さんの周りに大量に浮かび上がる……!
「!? 今のはどうやって……、魔力も無しに!?」
「え? これ? これは別にスキルだし……別にスキルは魔力は無しでも出来るじゃん?」
「スキル……!?」
なんだそれは……。
御伽さんがディスプレイに指で触れスワイプするとディスプレイに書かれている文字の様なものはスマホの画面のようにスクロールされ次々と文字が変わっていく。
やはり、魔力は感じない。
「うーん、ちゃんと魔法の項目もあるし無くなったわけじゃないっぽいか。そういえばこの世界に戻ってきて確認するの忘れてたしなー。『精霊闘法』はさっき使えてたけど……ってあーもしかしてこの世界、魔法は使えないってことか!」
「……」
「じゃー」
彼女が両腕を伸ばす、すると、空中に大きな渦の様なものが浮かび上がり彼女の腕が呑まれる。
「!?!?」
「やっぱり『収納』もいけるよねー、んしょ!」
御伽さんは渦の中から人の身長程の大きさのよく分からない角の生えた謎の生き物の頭蓋骨を出す。
「あっちの世界で収納で閉まったものもこっちで出せるのかぁ……」
コンコンと謎の頭蓋骨を叩く彼女。
「何だそれ!?」
「え? あーこれはねー何だったかな、えーと確か、名前は混沌融合魔獣……エステ……なんとかの頭蓋骨! いつか使えるかなーって思ったら最後まで使う機会なくてさー」
「カオスキメラビースト……」
「これだけじゃないよー、来て!」
また渦が現れ、頭蓋骨が消える。そして、御伽さんが手を翳すと、そこに銀色の長身の剣が現れそれを彼女は手に取る。
「それは……」
「ふっふっーんこれはね、私の剣。選ばれし物にしか使えないって言う剣でね、知り合いでも私しか使えなかったんだ。……見せてあげるから、私が勇者だったってこと」
「……」
異様な雰囲気に包まれた御伽さんと剣、俺は思わず息を呑む。
外される鞘、彼女は剣を自分の前に翳す。
「『神威、抜剣』!!!」
そして彼女が声高らかに叫ぶと───
叫ぶと───
……。
特に何も起きず、また風だけが吹く。
「あ、あれぇー?」
「……」
「お、おかしいな。スキルのはずなんだけど調子悪いのかなー?」
御伽さんは剣のあちこちを調べながら首を傾げる。
「ま、まぁ、これで信じてくれたでしょ? 私が異世界帰りの元勇者だってこと! えへん!」
剣がフッと消え、彼女は先程までのことを取り繕いながら自慢げに胸を叩いて見せる。
まぁ、確かに……。
「疑う余地はない、か。……見たことのない類の現象の魔法ではあったし……」
「スキル!」
「あぁ、うん、スキル。異世界か、にわかには信じがたい話だが……信じるしかないか。」
ため息と共に俺は彼女の言っていた事実を認める。
ふっふーん! と自慢げにポーズをとる御伽さん。
何だか認めたのが少し癪になってきた。
が、疑う余地もない、実際、彼女が起こした現象のすべてに魔力のひとかけらも感じなかった。
間違いなく彼女は異世界からやってきた勇者だ。まぁ、勇者は自称の可能性が無くもないが。
「何か今変なこと考えなかった?」
「気のせいだ。事情は分かった。だが、先にもう少し詳しい話を聞かせてくれないか。いろいろ気になることが……」
「えー? キミのことも聞きたいし、これから皆で駅で遊ぶ約束なんだけどなー。すぐに済ませてよー?」
「分かった。まず……」
俺は、内に隠し持っていた手帳を魔法で目の前に出現させ、ペンを鞄から魔法で浮かび上がらせ引っ張ってくる。
「わ!」
御伽さんはいきなり大声を出す。
「! どうしたんだ、じゃなくてどうしかしたのかな……? 御伽さん」
俺はびっくりして持っていた手帳を落としそうになる。
「やっぱりそれ、魔法だよね……!」
「魔法だが……というかさっき説明したろ……よね、魔法使いだって……?」
「そーだけど、私は使えないよ?」
「けど、俺は使える。少なくとも昔からこうやって魔法使いを続けてきたんだ」
「…魔法使いの人って他にもいるんだよね、やっぱ?」
彼女はこちらの事情に興味があるのか、矢継ぎ早に尋ねてくる。
こちらの質問の時間のはずだが……まぁ、いい。軽く答えよう。
「うん、その存在を大半の人が知ることは無いけれど、魔法はこの世界にもあって、たくさんの魔法使いがこの世界にはいるんだ」
「そうなんだ……やっぱり一般人には知られちゃいけない感じ?」
「まぁ、概ね」
彼女は目を丸くしながら、感嘆の息をもらす。
「ほへー知らなかったなー、この世界でも魔法があったなんて……あっちの世界にしかないのかなって思ってたよ」
「それなんだ、御伽さん」
「?」
首を傾げる彼女。
「君は間違いなくこの世界で生を受け生きていた」
「うん」
「けれどある日君は異世界に招かれた」
「そうだね」
「それは一体どうやって……」
「どうやってって、事故に遭ったのは聞いたでしょ? トラックに撥ねられてだけど」
「トラック!? いや、何故……それでどうやって? 魔法とかではなく……?」
どういう原理なのか。トンネル現象がなんやかんやとなると流石に理解の時間が必要になってくるが。
「何でって言われてもなー。むしろアニメとかだとお約束じゃない? 私はあんまりそう言うの興味無かったけど」
「そうなのか……!? いや、俺もあまり読まなかったから……すまない。説明の続きを」
中川や吉野は読んでいたが……。後で読んでみようか……。
「うん、それで、トラックに撥ねられた後、目が覚めたら大きな女の人がいたの。その人が言うには私はあなたたちのいる世界とは別の世界の神様みたいなもので、それで、その人の治めてる世界が今魔王が暴れてて大変なことになってるからどうか、倒すのを手伝ってくれないかって。それで倒せたその暁にはあそこで死ぬはずだったあなたを蘇らせて元の世界に還すからって」
俺は目の前の手帳に彼女の言った内容を書き留めていく。




