魔法使いと飛び蹴りと桜の季節(2)
始業式は特に何が起きることも無くつつがなく終わった。
そして、ホームルーム。教師の自己紹介からこれからの日程の説明が今は行われている。
先程の女性の教師が担任だったらしい。冬木と名乗った彼女はたどたどしい説明でこれからの事について話している。
「えーそれでー……えっと、なんだったっけー」
「あの人、冬木センセ美人だよな」
前の席の磯野がこちらに椅子を傾け囁いてくる。
「あーまぁ、確かに」
確かによく見ると美形なのだがくたびれた態度と雑な説明が目立ちどうにも印象が良くない。
大丈夫なのだろうかあの先生で、というかさっきから心配してばかりな気がする。
そして、昼に差しかかった頃、ホームルームが終わった。
「それじゃー今日はこれで終わりー。週明けから多分スポーツテストだから準備しておくようにー、以上!」
そこで、ちょうどチャイムが鳴り、今日の日程はこれで終了になる。
取り敢えず、俺たちは教室を出てジュースを買うことにし、一階の渡り廊下傍の自販機まで来た。
「これからどうする?」
「んー」
そう中川と磯野とジュースを飲みながら三人で駄弁っていると。
俺は学校の敷地、林の方、裏庭だっただろうか、そちらへとフラフラ歩いていく吉野を発見する。
やはり様子がおかしい。
どうも雰囲気というか取り巻く空気が異常だ、そう思いながら見ていると。
「!」
一瞬、吉野を取り巻く黒い影の様なものが見える。
「あー悪い、俺用事思い出した、こっちから帰るから、じゃ!」
「え、こっから遊び行こうぜー」
磯野の誘いを断りつつ校舎の陰に消えていった吉野を俺は追いかける。
「また今度な!」
「えぇー」
「わり、俺も用事あるから今日無理だわ」
「マジかよー」
そんな二人の会話を聞きながら、俺は走る。
林の傍、学校の奥の方へ辿り着くと、物置やら使われてないであろう焼却炉などが置いてある人気のない空き地の中をフラフラ歩いている吉野を見つけた。
俺は駆け寄り、吉野へ呼びかける。
「おい、どうしたんだよお前。今日なんか変だぞ」
「う……ぐぅ……」
頭を押さえ、何か苦しみだす吉野。
「おい、大丈夫か」
吉野の肩に触ろうとして───
「グアァァァァ!!!」
暗い影の様なそんな黒い霧のような物が吉野から吹き出す。
「!」
俺は瞬時に魔術で身体を強化し後ろに十メートル程跳躍し、吉野と距離を取る。
「お前……」
黒い霧に包まれた吉野。そして強く感じるこの感覚は……間違いない確かに魔力の反応。
だがどうして今、急に……。
「ウウウ、憎イ……リア充憎イ……オ前タチバカリィ……」
普段ならついにそこまで狂ったかと納得するが今回ばかりは訳が違う。
強い魔力の反応、何かに乗っ取られているのか……その虚ろな目でどこか遠くを吉野は見つめている。
「メチャクチャニシテヤル……」
「おい、落ち着け吉野。フラれまくってるとはいえお前はそんな誰かを傷つけようとする奴じゃないだろ」
「ウルサイ……メチャクチャニシテヤルンダ、ゼンブ……」
まずは一発シバいて気絶でもさせるか……。
「メチャクチャニ……」
「……」
「ソコラヘンノ、Ti〇Tokヲ、カップルデ撮ッテル奴ラノ後ロニ、用モナイノニ突ッ立ッテ邪魔シマックテヤル……」
「……」
「イン〇タライブ撮ッテルカップルノ後ロニモダ……」
「ずっと小さいな……規模が」
どうしよう、一旦帰ろうか。
いや、流石にそれは駄目だろう。
俺は手のひらに魔力を集中する、出来るのは握りこぶしほどの大きさの魔法で作った魔力の塊。
呪術系の魔法で作ったが威力は弱め、学生ならば軽く失神させる程度の威力にしておいた。
吉野は頭を抱え唸っている。
今なら───
「ッ!」
吉野に狙いを定め魔法を打ち出す、魔法は寸分たがいなく吉野の方へ向かっていく。
と、同時に何か音が聞こえた。
ダダダという音、誰かこちらへ走ってきてるのか。
空き地の左手の方から伸びている道だろうか、隣接されている校舎で道の奥は見えないが誰かがこちらの空き地の方へダッシュしてきている。
加速する思考、何故? いや、道の先から様子のおかしなコイツを見て誰かが駆け寄ってきてるのだろう。
まずい、魔法は一般人には見られるわけにはいかない。
とはいえ発射してしまったものはしょうがない。
魔法は勢い良く吉野の方へ吸い込まれていく。
記憶処理も二人となると更に面倒になってくる。
どうする、いや、その前に俺が姿を消せば何とか幻覚ということで───
瞬間、
ドン!
という途轍もない踏み込みの音がする。跳躍してきたのかあっという間に誰かの影が空中からこちらの空き地に飛び出てきた。
音の距離的にまだ十数メートルはあったはずだが、ジャンプでここまで? 流石に人間離れにもほどがあるが……。
空中三メートルは上から飛び出てきている影、その姿が露わになる。それはこの学校の制服、そして、ジャンプキックで吉野の身体を吹き飛ばさんとする少女の蹴り姿。
その少女の姿は先程、教室で見たある少女にそっくりで───
「御伽勇奈……?」
「ふぇ?」
間違いない太陽の下で透けキラキラと輝く長髪、目鼻立ちの整った美少女、御伽勇奈。
そんな彼女がジャンプキックの体制で跳んでいる。
「え」
彼女の驚き、その視線は俺が放った魔法を凝視している。
魔法はそのまま吉野の腹部へ確かに直撃する。
「ぐへっ」
呻き声を出す吉野、そして、よろける暇もなく間髪入れずにジャンプキックが吉野の肩周辺、上半身に命中する。
「ぐべ……ばうッ!ぼっ!だっ!へべっ!」
吹っ飛んだ吉野、キックの勢いでごろごろと地面を跳ねるように転がりながらガシャン!と空き地のよくある網目のあるフェンスに激突し、突き刺さる。
スタッとキレイに着地する御伽さん。吉野の方を見ると先程まで取り巻いていた影が空中に浮かびあがりどこかへ向かおうとするもその形を保てず消えていくのが見えた。
「う、うーん……あれ、俺いったい何を……」
きれいさっぱり影が消えた吉野がフェンスから身体をすっぽ抜くとフラフラと立ち上がる。
「あ、あー吉野、お前大丈夫か……」
「ん? お前雨夜……って俺何でこんなにボロボロなんだ……? なんかあちこちいてぇし」
影の影響か俺たちの影響かボロボロで気だるげな意識のはっきりしていない吉野。
「あーお前今日ずっと調子悪そうにしてて……さっき思いっきりフェンスに倒れ込んだんだよ。フラれすぎで精神キタんじゃねぇか? 今日は取り敢えず怪我無いか病院行って、大人しく休んどけよ」
「あー? ……そうかまぁあちこち痛ぇし、そうさせてもらうわ……またな……」
「あぁ……」
俺しか見えてなかったのかまたフラフラと歩き出し空き地を去る吉野、後で無事に帰れたかどうか使い魔で確認しておこう。
今は……。
立ち上がった後、さっきから動かず喋らずただこちらをパチクリとその大きな目でこちらを驚いた顔で見ている彼女、御伽に向き直る。
俺には一つ脳裏に過ぎった考えがあった。
一般人とは思えない彼女の常人離れした跳躍力。
そして、錯乱している男に大して誰かを呼ぶわけでもなくジャンプして飛び蹴りを選択するその異質さ。
何よりあの離れていった影、俺の一撃でというよりも彼女の一撃の影響で離れていったように見えた。
息を呑む彼女、恐らく目の前の人物に大して何者なのかという疑問を同じく彼女も考えているのだろう。
「アナタはもしかして俺と同じ……」「キミってもしかして私と同じ……」
被る言葉。
彼女もやはり同じ考えのようだ、ならば導き出される結論はただ一つ……!
彼女も俺と同じ、
魔法使───
「魔法使いか!?」「異世界転移者だったりする!?」
ん?




