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サバイバルゲームからサバイバルへ

 スイッチをセーフティにセットし、安全化処置を実施。

  屋根から出窓へ入り、建物内に移り転落の危険から逃れて一息つく。

  銃のスリングを肩に掛け廃工場の薄暗いキャットウォークを歩き、階段をタッタッタッと小気味の良い音を立てながら駆け下りた。

 建物から出ると、見かけ爽やかな砂漠仕様の迷彩服を着た男と出くわした。賢治だ。HK33A2を肩にかけ、タクティカルヘルメットとボディアーマーに身を包み、一見本物の兵士に見間違うレベルの気合が入っている。暑さと渇きで多少しゃがれた声をかけてきた。

「よう、お疲れ」

「お疲れ、敵よ」

 それに返すように応える。僕も暑さで喉がカラカラだ。

「にらみ合いのときは陽に炙られて暑かっただろう?アーマーの保冷剤も融けちゃったよ。喉が渇いたな」

 賢治がだるそうに声を出す。彼は建物の向こうで炙られ、僕は屋根の上で直射日光で直火焼きだ。屋根自体も熱いから背中と腹の両方で熱せられて、秋刀魚なら食べ頃だろう。それくらい、お互い粘ったということだ。

 キンキンに冷えたコーラが飲みたい!そして爽やかなひととき!と叫びたい。と口にすると首を激しくたてに振りながら同意してきた。


暑さでフラフラしていることもあり、重い足取りでフィールドとセーフティエリアを分けるバリケードに辿り着いた。出入り口の脇には古く赤いポリタンクが置いてある。

 マガジンを外し銃口をタンクの口に入れスイッチを単発にセット、引き金を引く。パシュという銃声に続きバチッという、タンク内で弾が弾ける音がする。

 安全化処置。脱砲。銃の薬室に残っているBB弾を無くすために行う儀式。続いて賢治も安全化処置を実施。


セーフティエリア。


 脱砲(銃器内に弾が残っていない状態)とマガジン除去が義務付けられた安全地帯。

 先ほどゲームに参加していた友人と名も知らぬ顔見知り達が続々と集まってくる。

 下は僕たちと同じ高校生から50歳くらいまでのおじさんまで面子は様々だ。時々小学生まで混ざるから面白い。

 サバイバルゲームは年齢に関係なく、親子ほどの年の差がある人たちとチームを組んで遊べる遊びで、使う道具が実銃を模したエアソフトガンを使う関係上、紳士的な人が多い。英語ではWar Like Gameと呼ばれ戦争を模した遊びになるが、とても平和で友好的だ。そして、子供だからといって容赦もされない、同じ大人扱いされる珍しい遊びだと思う。


 太陽がこれでもかと、鋭い赤外線と可視光線という飛び道具を放ちつづける日曜日の正午。その太陽が締め出された休憩所は、僕達にとって天の恵みといえるようなオアシスになる。午前の部が終わり、皆が昼食の準備を始めていた。

 ある者はコンビニ弁当を広げ、ある者はカップ麺にお湯を注ぐ。またある者はセーフティエリアの簡易テーブルで食材を加工し、登山用の携帯コンロで調理を始める。ある意味昼食もサバイバルゲームの一環なのだ。

 彼らの思い思いの昼食を横目に僕らの休憩場所へ向かった。テーブルが他の人にとられたのでセーフティエリアの端になる。そこにはすでに地面にシートが敷かれ、先に敵弾にヒットされてゲーム終了した同級生2人と他1人がすでにそれぞれの弁当と食材を取り出していた。男子1名、女子2名。先に来ていた1人を除いて僕も入れれば2対2でダブルデート状態である。


「先に食べてたよ~」

お手製のおにぎりをほお張る愛子。普段はショートボブの髪を今日は後ろに縛り、思わず守りたくなる小動物系の華奢な体付きの「The 女子」。料理が趣味で、サバイバルゲームに限らず何かしらのイベントがあると皆の分の弁当を用意してくれる。料理の腕もそこそこ上で、振る舞った料理を皆がガツガツ食べてくれることに快感を覚えるらしい。サバイバルゲームは去年から始めた。一見弱々しいが実は親の影響で柔道女子でもある(本人はあまり好きではないらしいが)。小柄な自分が大柄な男を投げ飛ばすことに快感があるらしい。それと同様に男女分け隔てなく同じ場所でエアソフトガンで楽しめるサバイバルゲームにもはまってしまったようだ。自分がなにかすると相手がなにかしら反応してくれるのが好きなようだ。シートには彼女の作った弁当というか重箱見たいなのが広げられている。なかなかの彩り豊かな弁当である。

「みんなの分も作ってきたから食べなよ」

 愛子がおにぎりや卵焼き、唐揚げなどが入った大きめの重箱を差し出した。学校でも弁当は自作派で、時々凝ったのも作ってくる。本日のは作る量が多かったせいかオーソドックスな品揃えだが、作って来てもらえるというのはありがたいものだ。


「屋根の上で焼かれて暑かったでしょう?塩タブ(タブレット、錠剤)、いる?」

  錠剤が入った小さい袋を差し出す静香。すらっと高身長で背中までの長い髪が自慢の、自他ともに美形と認める女子高生。学校では学年上位の成績を常時保持する才色兼備ではあるが、美形を鼻にかけた自意識過剰性格最悪女、ということになっている。しかし、それは自分に言い寄ってくる男達を避けるため、派閥を造りたがる女子グループを避けるためだ。面倒くさい人間関係が嫌いで、交友範囲はそれほど広くない。実際に付き合ってみると面倒見と気遣いが良く、学校で見せる根性悪女のカケラさえ見せない、実は完全無欠な女なのではないかと思うこともある。

  が、いたずら好きな側面もある。

「サンクス!」と僕が塩タブを受取ると、靴を脱ぎシートに上がり込む。

  静香はバックから白い粉状の物が入った小袋を取りだして賢治に渡した。

「賢治、お前にはこのパケをやる」

  なんだよ、これと賢治が受取る。

「中身を舐めてみぃ?」

「変な薬じゃねぇだろうな?」

「大丈夫大丈夫、変なのじゃないから」

「本当かよ・・・・・?」

  すまし顔の静香に促されて賢治が中身に指をつっこみ、中身の粉を舐める。僕達も何だろうと思いながら賢治の顔を覗くとすぐに変な顔になり「なんだよ、この甘しょっぱいのは?」と口にした。

「え、ママのところからくすねてきた・・・・・・」

  一同が固まる。一番フリーズしたのは賢治だ。

「・・・・・・・・・・グラニュー糖とヒマラヤの貴重な岩塩。脱水症に効く配合で造ったぞ。ありがたく頂け。」

  一同がふぅっと胸を撫で下ろす。

  彼女はアルバイトで母が勤める個人経営のクリニックでお掃除お姉さんをしている。薬品保管室も掃除しているのだろう。薬の名前だけは詳しい。そんな薬を一介の掃除のアルバイトが持ち出したら大問題だ。

「いくら病院でバイトしてるからって、そんな危ない薬は病院内にはないし、あったとしても棚は開けられないよ」

 とケラケラと笑う。

  前言撤回。やはりいろいろと性格が悪い。というか、危険だ。

「このパケを交番の前で落としてやる」といいながら賢治は中身を水といっしょに流し込んだ。その姿をみて静香が、

「塩分のとりすぎは体に毒だよ」と賢治を諭す。

「お前の存在自体が毒だわ」と賢治が返す。


「今回もおじゃましてま~す」

と声をかけて来たのはサバイバルゲーム場で知り合ったツーブロック頭の大学生、俊明さん、通称「トシさん」。シートの隅で料理をしている。高身長のなかなかのナイスガイで、サバイバルゲーム以外の趣味は登山らしい。数日かけて山の中を歩くこともあり、山の中で作るキャンプ飯は最高らしい。

  数回前のゲームの昼休憩時に食材を捌いて料理している姿を愛子が見つけ、声をかけたのが始まりだ。二人は趣味が似ていることもあって、料理の話題で盛り上がり、お互いの昼飯をお裾分けしたことがきっかけで一緒に食べるようになった。

 トシさんはキャンプ用の携帯コンロに小さな鍋を乗せて小間切れにした肉と野菜をインスタントラーメンと一緒に煮込んでいた。

「今回は名古屋名物味噌煮込みラーメン。鍋のシメなんかに使う、少し煮込む奴。赤味噌が最高よ。紙コップを持って来たから少し分けるよ」

  トシさんが鍋をかき回しながらいうと愛子と静香が卵焼きを頬張りながら、

「ゴチになりま~す」

と目を輝かせた。胃袋を捕まれた二人である。


  自分のバッグから昼飯を取り出した。コンビニで仕入れたおにぎり2個、お好み焼きパン、唐揚げ、そして2リットルボトルのお茶。

 静香から出された塩タブを受け取りお茶と一緒に流し込む。多少温くなったとはいえ、体が欲する水分である。グビグビイケる。


 ふと斜め向かいを見ると、賢治が持参したサンドウィッチを口に押し込んでいる。

 別名「マイホーム高校生」。

 学校が終わったら、よほどのことがない限り必ず一旦家に帰る。晩御飯は家族以外とは中々食べない。弁当持参で学食で食べることもほとんどない(金が無いわけではない)。そして、外泊することを極端に嫌がる。秋の修学旅行はどうするのだろう。

 彼の家族は実の家族ではない。詳細は知らないが、彼は中々の不遇な人生を歩んで来たらしい。が、表に出すことはない。

 必ず5枚の米軍認識票、通称ドッグタグをじゃらじゃらと首からさげている。

 三戸君、君が死んだときはどのタグを外せば良いのかな?


「ほらほら、みんな食べてよ」

 二個目のおにぎりに手をつけようとしたタイミングでトシさんお手製の味噌煮込みラーメンがやって来た。登山用鍋だから一度に作れる量は少ないので、紙コップに少量の麺と汁なのは仕方がない。が、口にしてみると甘じょっぱい味噌スープに麺が合うのだ。さらに適度な塩分なので体が欲する味付けなのがたまらない。さすが、味噌がすべてを解決する土地の食べ物なだけある。味噌汁は最強のエナジードリンクだと言う人もいるくらいだ。静香も愛子もうまいうまいと一気にたいらげた。


 食後は午後のゲームに備えて準備をする時間だ。ある者はトイレに行き、ある者はマガジンに弾を込める。昼寝をする人もいる。僕達も同様にマガジンに弾を込めたり、銃の電池をはずしてモバイルバッテリーから充電したりする。

 僕達は食べきれなかった物をバッグにしまいゴミを集めて午後へと備えた。トシさんも鍋を洗いに水場へと向かっている。一通りの準備を終えるとシートに横になった。

 上を見上げると偽装網の隙間から日光が差し込んで来て所々暑さを感じるが、時々流れる風が心地良い。満腹感もあって眠気がやってくる。目を閉じていると寝てしまいそうだ。このまま午後のゲームをさぼろうかなぁとも思えてくる。しかし、1日のゲーム料金が3000円なので目一杯遊ばないともったいない。どうしようかとウトウトとしながら迷っているとトイレに行っていたと思われる愛子が戻って来た。

「午前は暑かったら疲れたよね。少し寝てなよ。15分前になったら起こすよ。」

とのありがたいお言葉。僕はそれに甘えて寝ることにした。


 夢を見た。いつもの家の中だ。誰かが大声で怒鳴りながら、時々やさしい声で。それでいて、僕は全身を恐怖に包まれている。いつまで見続けるのだろう。


 不意に体を揺すられた。

「起きて。時間だよ。」

 愛子の声に救われて目を覚ました。もう時間なのか。

 時計を見る。きっかり15分前だ。

 周りを見渡すとアーマーを着け始めたり、敵味方識別のテープを巻きなおしたりしている。何人かはフィールド内にある射撃場に行ったらしい。

 僕達のグループで最も重装備なのは賢治だ。昼食時にはだらしなく外していたボタンなどはしっかりとはめ直し、上着の裾もズボンの中に入れなおしていた。そして、靴紐を結び内側へと巻き込む。アーマーにも袖を通し、プロテクターを取り付けるところだ。

同じくトシさんもそれなりに装備をそろえているが、賢治ほどではない。

「相変わらず賢治さんのはすごいなぁ」

と感心している。

「知り合いからの貰い物だけどね。トシさんもキャメルバッグとか膝パッドとか本格的じゃないですか」

 トシさん曰く、登山道具とサバイバルゲームの道具は共通するところがあって、特に身を守る道具はそのまま使い回しができるから便利らしい。膝パッドがあれば気軽に膝を地面につけられるし、キャメルバッグがあれば移動しながら水分を採ることができる。他にもタクティカルベストには怪我したときの救急用品のポーチやコンパス、時計、細々とした道具を取り付けられるので便利だ。

 なるほど、確かに戦争は戦闘がなければ大きな荷物を背負って移動するだけだ。そして、便利さを求められる。例えレプリカのアーマーやプレートキャリアであっても実物の防弾板が使えないだけでその他の機能は同じだ。さらに、サバイバルゲームの主役であるエアソフトガンも実弾が発射できないだけで、その他は実銃とかわらない。国によっては玩具であっても所持規制の対象となる。実際、軍隊や警察では戦闘訓練でエアソフトガンを使うこともあるくらいだ。そういう意味ではとんでもない物を使って遊んでいるわけだ。

 そういうことを考えながら僕も装備を身に付ける。賢治ほど気合が入っているわけではないが、レプリカのアーマーにヘルメット、ハンドガンや予備マガジンなど多岐にわたる。

 一通り装備を身に付けると次は靴だ。賢治は本格的なタクティカルブーツだが、他はスニーカーだったり登山靴だったりだ。僕はかっこいいなぁなんて思いながら足を靴に入れ、靴紐を結ぶためにしゃがみ込んだ。その瞬間、よろめいて思いっきり尻餅をついた。だけで済めば良かった。


 地面が崩れた。崩落した。

 周りがゆっくり見える。土が、荷物が、シートが、銃が、賢治が、愛子が、静香が、トシさんが、スロー再生で落ちてくる。どこか捕まるところ、どこか捕まるところ、しか頭に出て来ない。

 ドサッという感覚と共に落下が止まった。ほんの数秒の出来事だったに違いない。でも、数十秒間に感じられた。

 顔にかかった土を払い、上をみると数mはある。結構な高さから落ちたらしい。

「ごめん、大丈夫か?」

 混乱しながらも僕は皆に声をかけた。

「なんとか・・・・・・・」と賢治。

「何が起きたの?」と静香。あのクールビューティーも混乱している。そりゃそうだ。

「私は大丈夫。勇治は?トシさんは?」と愛子。

「うわっ、久々に落ちたけど大丈夫・・・・・」

 予想外の回答をするトシさん。

 土がクッションになって誰も大事には至らなかったらしい。それだけでも運が良い。

 賢治が僕に手を差し出し、引き起こした。

「お前のケツ圧すげぇな」

「けつあつ?」

「尻の圧力だよ。最近太ったんじゃないか?」

 失敬な。


 上を見ると他の参加者がわらわらと集まっていた。

「大丈夫ですか?怪我はない?」

 名も知らないおじさんが僕達を案じてくれている。こちらも大丈夫だと返す。

 オフィシャル(管理者)も顔を覗かせた。

「大丈夫ですか!?怪我はないですか?」と大慌ての様子だ。

 こちらは特に怪我はなさそうなので「大丈夫です!」と大声で返した。

 しかし、返るのは声ばかりで身は返らない。落差は3m以上はあるだろう。良く無事だったものだ。周りを見渡すと崩落したのは昔の暗渠のようだ。ちょろちょろと流れていたのが落ちて来た土にせき止められて水溜まりを作りつつある。反対側からは風が流れていた。出口があるようだ。確かにこの方向はちょっとした崖になっていて川もある。そこへ通じているのだろう。オフィシャルは「いま、梯子をさがして来ます」と言い残しどこかへすっとんでいった。

「確かにロープか梯子がないと厳しいなぁ」

 トシさんがどうしてくれようかというように口にした。

「俺とトシさんならロープがあればよじ登れるかも知れないけど、愛子と静香は無理だろう」

 賢治も同じように考えているようだ。愛子と静香も、僕ものぼれる自信がない。というか、やったことがない。

「とりあえず、風が吹く方向から出られるみたいだから、そちらから出たほうが早いよ」

「そうだなぁ。そうしよう。」

 僕が提案すると、賢治とトシさんが同意した。その方が早いということになり、落ちた荷物と銃を集め動くことにした。落下で履けなかった靴を土の中から捜し出し、中に入った土を掻きだしてようやく履いた。足の裏では多少のジャリジャリ感はあるものの仕方ない。しっかりと靴紐を結ぶと共に縁で見守ってくれている人にはその様に伝え、暗渠を進むことにした。暗渠を進むと直ぐに洞窟のようにかわり、進むにつれてだんだん狭くなっていく。通路の中央を小川が流れているために跨ぐように足を進めるが、次第に川幅は広がり最後には道全体がちょっとした川になっていた。それでも水量が少ないせいか水はちょっと大雨が降ったときの路面上の流れ、程度の深さしかない。つまり、スニーカーで歩いても染み込む事はない。

 

 人数分のぴしゃんぴしゃんが内壁を兆弾の如く跳ね回る。

 途中から壁からも水が染み出していた。この上は水が流れているのだろうか。

 いくら歩いても出口が近づく様子はない。風の強さと温度も変らない。

 おかしいなと思いながらもしばし歩きつづけると、天井がだんだん低くなってくる。

 

 ほわわわわぁ~ん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 膜を抜けるような、何かゼリー状の物を突き抜けるような感触が全身を覆う。今まで感じたことのない感覚だ。

 静香がその感覚を感じたとき、異変が起きた。

「戻ろうよぅ」

 ものすごく弱気になっている声だ。

「何かおかしいよ。この先って行ってはいけないような気がする。」

 弱々しい声が洞窟内を木霊する。その木霊が僕らを次第に弱気にさせる。

「静香の言うとおりだと思う。何かおかしいよ」

 愛子まで空気に呑まれている。

 さっきまで遠く感じた出口はあと少しだ。


 光だ。

 やっとの思いで洞窟を出ると、視野一面森林だった。

 外の開放感で一同安堵する。が、それも一瞬だった。

 洞窟を出たら次はちょっとした、崖とまでは言わないが斜面を登ぼらなければならない。そして、その斜面はコンクリートで法面処理されているはずだった。

 まず、ここで違和感がひとつ。

 サバイバルゲーム場は廃工場なので斜面を降りる階段があったはずだが、それもない。これでふたつ。

 斜面の上を見上げても木々がたくさんある。これでは上には何もないように思える。

「ここ、こんなんだったか?」

「いや、そんなはずはない」

 トシさんも賢治も首をかしげている。

 木々が風でざわつくと僕らの心もざわつく。でも、ここに居続けるわけにはいかない。それなりの荷物があるが、ゆっくりゆっくり登ぼることにした。登ぼりきればゲームフィールドの端に出るはずだ。

 本来ならばコンクリートの法面に足でしっかり踏み込み、一歩一歩確実に登ぼる。足元は固まっているとは言え土だ。滑ることもある。少しのぼったところで後ろで「きゃあ!」と声がしてずさーと音がした。全員の足が止まる。振り向くと静香が膝と手を地面についている。足を滑らせて転びかけたようだ。確かに背負うバッグはともかく、銃とガンケースを両手に持って坂を登ぼるのは慣れないと大変だろう。

「銃とガンケースを預かるよ」

「ありがとう」

 僕は静香の手にある銃とガンケースを預かり、とりあえず自分のも含め納めた。

「済まない勇治、ラストを頼む」

 賢治が上から頼んで来た。

「はいさ!」

と元気に引き受ける。

 ガンケースの持ち手を肩にかける。数kgとは言え、背中の荷物も含めればそれなりに重い。静香を先に登ぼらせ、僕もそのあとを登ぼる。さすがに両手がふさがれているだけあって登ぼりにくいが、彼女ほどは辛くはないだろう。彼女の尻も堪能できるし。

「私の尻ばかりみてるんじゃないよ。視線がわかるんだから」

 静香がチクリと一言。お前の荷物を持ってるんだからいいじゃねぇか。


 なんだかんだで10mは登ぼっただろうか。やっとのことで登ぼりきると、そこにはフィールドがある、はずだった。あったのは林だった。ただただ、林だった。他にはなにもなかった。多少昇ぼり坂にはなっているが、林だった。一同、困惑した。僕達はどこにいるのだろう。

「あれ?こんなんだったっけ?」

 愛子がぼそっとつぶやく。

「いやぁ・・・・・・そもそもこんなに落差があったっけ?」

 静香も同様だ。洞窟からの不安顔がいまだに続いている。ここまで心細そうな表情は初めて見た。


 トシさんが電話をカバンから取り出した。サバイバルゲーム場の事務所にかけるらしい。僕らもバッグからスマホを取り出し画面を開く。地図アプリを開く。一応、サバイバルゲーム場を指している。が、

「通信状態の良い場所でお試しください。」と画面に表示された。

 電波強度のグラフを見ると「圏外」とある。山陰になっているからだろうか。

「だめだ、圏外でつながらん」

 トシさんは何回かかけなおしたようだが、諦めたみたいだ。僕も他のみんなもかけてみるが、電話のスピーカーからは「プーップーップーッ」しか戻って来ない。もちろん、電源を入れなおしても状況は変わらない。


 さあ、どうしよう?

 A.このままサバイバルゲーム場があると思われる方向に歩き続ける

  B.坂を降りて洞窟を戻る

 もちろん、全員一致でBを選んだ。このまま林を進めば本当にサバイバルゲーム場があるかどうかが不安だったからだ。地面に置いた道具やバッグを背負うと坂へと向かった。下だり坂は、それはそれで怖い。両手がふさがっているうえに足元も滑りやすい。結局、何度か尻餅をつきながら下へ降りきった。ガンケースを静香に渡すと「大変な思いをさせてごめんね。もどったらジュースを奢るから」との一言。まあ、これくらいはいいんだけど。僕らが先ほど出て来た洞窟は斜面の直ぐ下にある。トシさんを先頭に懐中電灯を点けて洞窟へと進んだ。が、予想外のことが起きた。全員が同じことを考えたに違いない。その洞窟は入って10mも行かないうちに行き止まりになっていた。崩落したわけではなく、もとからそうだったように。

「入る穴を間違えたか?いや、ここだよな?」

 賢治がつぶやく。

「ここで間違いないよ。でも道がないよ。なんで?」

 トシさんもかなり困惑している。前後左右を見渡しても進路は後ろしかない。僕達は一旦外に出ることにした。


 電話はつながらない。洞窟は行き止まり。周囲は林。

「ビバーグか、進むべきか・・・・・・」

 トシさんが腕組みしながら考える。

「周囲を見て来ましょうか、トシさん」

 と賢治。

「バラけて動くとみんな迷子になるよ」

 愛子が言うのももっともだ。

 しばらく考えた結果、トシさんと賢治が周囲を偵察することにした。二人は一緒にに坂伝いに5分程度進み、また戻ってくるというもの。同じように反対側も偵察する。トシさんと賢治には負担が大きいが、頼ることにした。二人にはコンビニスイーツで済むだろうか。僕と静香と愛子は洞窟前で待機。何かあったら大声で知らせることにした。

ひとつ問題がある。

僕達は全員迷彩服を来ている。レプリカとは言え、その姿は木々に容易に溶け込む。近くにいても容易に見落とす。なので、存在がわかりやすいように腕はもちろん、全員の帽子・ヘルメットと胸と背中に大げさに敵味方識別のガムテープを貼り、遠くからも目立つようにした。

そして、トシさんと賢治は一緒にと歩みだした。


「土だらけだね」

 愛子が手でパンパン服をはたいてくれた。幾分湿り気があったのか、服からは完全には土が落ちない。でも、迷彩柄だから幾分汚れている方が様になる。

「麦茶で悪いけど、これで顔をふいて」

 静香が麦茶で湿らせたハンカチを渡してくれた。これで顔と手の汚れを落とす。

 真っ黒だった。


 穴に落ちたときに首や足首から入った土が汗で融け、シャツや靴下を丁寧なまでに迷彩色に染めている。さらに気持ちが悪いのが肌に直接くっついている土だ。上着を脱ぎ、シャツを脱ぐと静から借りたハンカチで汗と汚れを拭う。ふと前をむくと、愛子と静が僕の腹部に視線を集中させている。

「なにか変なものでもついてる?」

 僕も彼女らにつられて自分の腹を見る。が、見慣れた腹であり、異常な個所は見当たらない。

「いや、2列3行の6分割かな、と」

 なにを期待しとりますか愛子さま。

「1列2行とは、ちょっと期待はずれ」

 数Cの行列の話ですか静香御前殿?

 改めて自分の腹を見る。確かに1列2行・・・・・・・・・・・腹筋の割れ具合のお話ですか両姫君?

「まあ、1列3行よりはマシでしょう」

 うなづく愛子。

 愛子さま、人の腹の鑑定をしないでください。

「せめて2列2行くらいでないと・・・・・・・漢とは・・・・・・言いたくない」

 てめえらの腹を見せやがれ。

「乙女の柔肌をダダで見る気?私達のおなかを見るのは高いよ。学食でランチ一年じゃきかないよ」

 てめえら、機会があったらひん剥いてやる。

僕らは位置決めのマーカーとしての役割もあるので何時までも脱いで入られない。急いで上着に袖を通した。


またバッグからスマホを取り出し、SNSやメールをチェックする。我らの習性だ。

 -接続できません。電波状況の良いところでおかけ直しください-


「圏外」とスマホは主張する。

「ちっ、まだ圏外か」

 愛子もメールチェックしているらしく、圏外であることに舌打ちをした。

「愛子のスマホって、どこのキャリアだっけ?」

「一位と二位の接戦を期待する会社。学割半額の会社」

 ああ、元国営の国際電話会社が母体となっているあそこね。

「ねぇねぇ静香のは?」

 愛子が携帯端末を持っている静香の後ろから覗き込んだ。

「ん?ぷよぷよ中・・・・・・・・・」

 どうりで、画面のスワイプが早いと思った。

「電波、ある?」

「圏外だったよ。山の陰だからねぇ、うをっきたっ6連!」

 僕も静の後ろに回りこみ、ぷよぷよが抹殺されていく様を覗き込む。

 最初にの5個が消え、その上に乗っかっていた青の2個が下の青2個と結合し消滅し、赤の上に乗っていた緑1個が赤のしたにあった緑3個と結合し・・・・・・と説明するのが面倒な過程を経て6通りの組み合わせのカラフルなゼリー状の物体が消滅していった。

 やはり山の中では携帯電話は弱いのか。

 アマチュア無線4級の免許を今年こそは取得するぞ、と今年も決意するのであった。


 ネットワークにつながらないスマホをいじり続けること5分、賢治達が戻って来て「ひたすら林だった」と言い残し、反対側へと足を向けた。彼らが戻ってくるまで更に10分待機だ。スマホのカウントダウンタイマーを10分にセット、そしてスタート。木々の間からは青い空と白い雲がゆったりと流れて行く様子が良く見える。いっそうのこと、坂を登ぼって行けば開けた場所に出られるのでは、とも思ったが、僕らだけかってに行くわけにもいかない。ネットワークにつながらないスマホを見ても面白みはない。僕は斜面に腰を下ろして、空をぼーっと見上げた。いろいろな考えが頭の中を駆け巡る。フィールドに戻って午後戦もしたいし、ゲーム参加料3千円の元は取りたいし、疲れたら家に帰りたいし、午前のゲームで汗だくだから家で汗を流したいし、ふっくら柔らかい布団で寝たいし。考え出せばキリがない。なんでこうなった?オフィシャルが梯子をを持ってくるまで待てば良かったのか? 同じことが頭の中をぐるぐると駆け巡る。


 アラーム音。

 スマホのカウントダウンタイマーが10分経過を告げる。しかし、二人の姿は見えない。少し遅れているのだろうか、または何か気になるものでも見つけたのだろうか。 彼らが向かった方向に進みたいが、ここはぐっと我慢だ。

 更に5分経過。彼らは戻って来ない。

「賢治たち、遅いねぇ」

 愛子がつぶやく。

「二人して何やってんだか」

 静香も気だるそうに二人が進んで行った方向を見る。


 バチバチ、ザッザッという音と共に木々の奥で何かが動いているのが見えた。何だろう、動物か?

 あ、赤いマーカーが見えた。ようやく賢治とトシさんが戻って来たらしい。おーい、と声をかけながら手を振ると賢治たちも応えた。

「おそーい、何やってたの?

「何か見つかった?」

 愛子と静香が交互に問い掛ける。

「遅くなって申し訳ない。この先に見晴らしがいい場所があって、そこで電波が捕まえられないか試してみてたんだわ」

 トシさんはスマホを取り出し、写真を見せてくれた。確かに見晴らしの良い高台みたいな場所からの写真で、遠くに平野と山々があった。

「だけど、ゲーム場の周りは田んぼだったし、それなりの民家もあっただろう。それに写真には民家も道路みたいなのも写ってないし。どうなってるんだ、ここは?」

 おっと、どういうことだ?頭に「はてなマーク」がどんどん生えてくる。

「俺も見晴らしが良いからGPSの電波が捕まえられないかなと思って測位アプリで調べてみたんだけど、5分以上たっても捕まえられなかったんだ。見晴らしのいい場所なんだぜ?こんなことってあるか?」

 賢治の頭上にもたくさんのはてなマークがあることはわかった。たしか、コンパスアプリがインストールされていたはずだ。自分のスマホを開き、コンパスアプリを起動する。サバイバルゲーム場は南北方向に延びていたはずで、洞窟が途中で曲がっていなければ、出口を背にすると南を向いているはずだ。が、北を指している。180度曲がった記憶はない。

「方位だっておかしいじゃん?南北逆じゃん?」

 賢治も同じことを考えていたらしい。

「じゃあ、そこに連れてってよ。私も見てみないとなんとも言えないよ」

 静香がとにかく現状を見せろとばかりにふたりに頼んだ。確かにこの場所に居続けるわけにも行かないし、トシさんが見せてくれた写真以外にどんな景色が広がっているのか、この目で見ないと状況がどれだけ深刻なのかわからない。

「んじゃあ、行きますか」

 トシさんの一言で地面に下ろしていたバッグを背負い、荷物を手にその場所へと向かった。地面は平坦だが所々に背の高い草と倒木が行く手を阻む。「サバイバルゲーム」から「ゲーム」の三文字が消えたことを実感し始めた。サバイバル、即ち生き残らなければならない。5分ほど進むと、写真の場所に着いた。しかも、その先は急な斜面で降りるには難しい。確かに見晴らしが良く、遠くまで見通せる。しかし、民家や道路らしきものは見えず、ひたすら緑緑緑。空は抜けるように青く、現在地がそれなりに標高が高いことを示している。

「えっ・・・・・・・・?」

 静香と愛子も固まっている。見覚えのあるサバイバルゲーム場の付近の景色ではないからだ。

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