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プロローグ

 灼熱のトタン板でBBQにされながら、夢を見ていた。

 時々見る、いやな、二度と見たくないような夢。


 友達と一緒に「Trick or treat!」と近所の家を訪問してお菓子を巻き上げていた数時間前。

 今度は僕が物陰に隠れ、大人の「Trick or treat!」に怯えている。足と手は小刻みに震え、自分でもどうしようもない。

 異様に蒸し暑く、太陽は数時間ほど前に本日の業務を終了したはずなのに肌を射るように痛く、そして熱い。

 手には、キッチンから奪ってきた一丁の拳銃と銃弾のケース。

 勿論、真性拳銃であり、

 今僕は震える手でマガジンを引き出し、

 震える手で箱から銃弾を一個つまみ出し、

 震える手でマガジンに装弾しようとしている。

 悲しいかな、震える手はなかなか言うことを聞いてくれない。

 この手は、生き残りたくないのかと問いただしたいほど言うことを聞いてくれない。

 マガジンの先端に銃弾を当て、一気に押し込む。

 ギギッ、と金属同士がこすれる音がし、マガジンに銃弾がやっとのことで押し込まれた。

 再度、箱から銃弾を取り出し、同じようにマガジンに押し込む。これを何回も繰り返した。


 その恐怖の根源は2人の白く、そして金髪の背の高いモンスターによって運ばれてくる。

 ここで、そのモンスターを迎え撃つ準備を済まさなければ自分はおろか、守るべき妹まで失ってしまう。普段はクソ可愛くない、そして人前では良き日本娘を演じる8歳の女の子を演じる妹であっても、守ってやりたい。


 これからやろうとしていることが、果たして良いことなのか、悪いことなのか、判断がつかない。

 ひとつわかっていることは、この目の前にあるドアから地獄からの使者がやってくるということだけだ。そして、今手元にある小さな拳銃だけが最後の砦だ。

 このときほど、スーパーマンやバットマン、スパイダーマンに登場してほしかったときは無いと思う。やはり、漫画やテレビだけの存在、ということなのだろう。

 テレビドラマの警察官はマガジンを銃に装填した後、どうしていたんだっけ・・・・・・そうだ、スライドを一回引いていたっけ。

 グリップとスライドをしっかり握り、後方へずらそうとするもバネが硬く、なかなか動かない。でも動かさなければならない。

 文字通り歯を食いしばり、歯が砕けそうになるほど食いしばり、右腕が筋肉のテンションで折れるのではないかという力の入れ具合で引き切った。

 ガチャリ。

 腹の底から冷える感覚のメカ音。ハンマーは起き上がっている。いつでも行ける。


 足音が徐々にドアに近づいてくる。

「あのクソガキども、BBQにしてくれるわぁっ!」

 モンスターの一人が叫んだらしい。

 その怒号とともにドアが蹴り開けられ、2人のモンスターが地獄へと続く通路から荒々しく登場した。

 銃を持った右手と、それを支える左手が自分でも驚くほどの速さでモンスターめがけて向け、力いっぱい叫んだ。



 が、大脳内の夢見る回路は何を考えたか、夢の中の僕の運動神経を小脳に接続したらしい。

 力いっぱい叫ぼうと胸に灼熱の空気を吸い込む感覚を覚え、さらに声帯が雄叫び発生準備完了を示す、ちょっと喉に引っかかる感覚を戻した。

 恐る恐る目を開く。

 さっきまではいつも見る夢。これから目を開けば抜けるような青空と茨のような熱気を放つ太陽があるはずだ。

 眼下には赤く灼熱のトタン屋根。

 手にはスイス軍制式自動小銃SIG550。

 目の前には狙撃用のスコープで、向かいの建物の奥に潜む「敵兵」を常に睨み付けている。

 

 額から大量の冷却用の汗が止め処なく流れ、あと少しすれば干物になれるのではないだろうか、という勢いである。

 

 狙撃手、という籤を引いた者に求められる能力、それは「ひらすら我慢」である。なにがあっても、必要がない限りは動いてはならない。じっと機が来るのを待つのみ。


「1分前」

 オフィシャルの男の声が戦場を走り抜ける。

 敵に動きなし。

 早く敵に動いてもらわないとこちらが干物になってしまう。

 機会がこないのであれば、こちらが作ってやれば良い。


 ・・・・と相手も考えたのであろうか。

 敵は先ほどまでこちらの様子をうかがっていた窓からいきなり玄関の方向へと移動を開始した。

 要は、こちらが狙撃の機会を逃したのだが。


 銃口の先である玄関までの距離は目測で30m程度。

 僕の持つ550は無風状態での有効射程距離は約40~50m。


 玄関に、人影が音も無く、サラダオイルをゆっくりと床に流したように現れる。

 ヤツだ。

 ヤツのエモノはHK33A2。銃身は長く重いが、弾の直進性はピカ一の優れものだ。

Up Ready、そして前かがみ。

 影の形から、突撃体制に入っているらしい。


 望むところだ。

 どちらが先に倒れるか、試してみようじゃないの。


 右目をスコープに。

 左目を漫然と玄関に据える。

 550から体を少し離し、いつでも射軸を変えられるようにする。

 射撃モードを単射モードから連射モードに変更。

 右の人差し指を引き金に添えた。


「30秒前」


 大きく深呼吸をした。

 1、2、3・・・・・・大きく息を吐き出し体を固定する。

 相手の影も少し外に出て、靴のつま先らしきものも見える。


 脳から大量のアドレナリンが血液に供給されるのがわかる。

 それによる高揚感が異常に心地よく、わずかな息苦しさが異常に心地悪い。

 

 弾丸の残数はマガジン2個、120発。

 連射すれば、一個あたり数秒でなくなる数。

 その数秒にかける。


 ヤツのつま先が引っ込み、代わりに影がしゃがんだ形状になる。

 ヤツの得意技だ。

 飛び出した瞬間、横方向へジグザグに不規則に走り回り、相手に無駄弾を撃たせようとする魂胆だ。

 だから、飛び出した瞬間がチャンスだ。


 眉毛のダム機能が用を成さなくなっているようだ。

 一筋の汗が左眼に流れ込み、思わず目を閉じる。

 その瞬間であった。


「15秒前」


 ヤツは一目散に玄関から飛び出し、こちらに向けて発砲しながら右側へとかけていく。

 こちらもヤツの移動速度に合わせ1.5秒後の位置を予測し、引き金を引きつつ、少し先に着弾するように銃身を大ふりする。

 ヤツの弾がトタン屋根にあたり、バチバチと音を立てて兆弾と化す。

 一個目のマガジンが空になるころ、ヤツは別の建物の影にもぐりこんでいた。

 その位置からはこちらを攻撃するには絶好の位置でもあった。


 空になったマガジンをはずし、別のマガジンを装填する。

 これが無くなれば、こちらは文字通り打つ手が無くなる。


 ヤツが動いた。水面を進むアメンボのように。

 そして、波紋のように大量の弾丸が僕めがけて打ち込まれてくる。

 それと同時に、僕も引き金を引き絞り、弾をヤツめがけて全て撃ちこんだ。


 お互いの弾はお互いの体に食い込み、肉を裂き、骨を砕き、血管という血管を噴水にかえる。幽霊になった僕達は挽肉状態になった自分の体を上から見下ろし、納得して行った行為とは言え、お互いの身に起こった出来事を嘆くだろう。

 これが実弾を用いた、実戦であれば。


 Game is Over.


 サバイバルゲームという擬似戦闘ゲーム、午前の部は両軍全滅により試合は引き分け。

 使い切ったマガジンと胸ポケットから落ちたペンを拾い、暑さと長時間待たされて出来上がったしかめっ面をする仲間のもとへと向かった。

 

 この手のゲームは趣味で隔週でやるため、仲間はそれなりの技能がついていた。

 時々、本職が趣味で仕込んでくれたりするため、それなりの動きが体に染み付いている。

 このゲームで培った技術と知識が、この後でいやというほど役に立つとは夢にも思うまい。

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