第5章:「崩れそうな昼と、支え合う夜」
あの秋のうたた寝での“事故”以来、真希の心に新たな不安の種が芽生えていた。
「また昼間にも漏らしてしまうかもしれない」
その恐怖が、日常のあらゆる場面に影を落としていった。
1. 神経質になりすぎた日々
真希はいつしか、午前の講義でも、午後のゼミ中でも、ことあるごとにトイレに立つようになっていた。人よりも頻繁な行動に、周囲の目も気になったが、それ以上に“自分への不信感”が心を縛った。
「大丈夫だって思えないから、確認せずにはいられない」
なのに――皮肉にも、神経質な緊張状態のせいで膀胱の感覚が鈍り、逆にわずかに漏らしてしまう日が時折あった。
「また……」
濡れた下着を前に、真希は呆然とした。
2. 弥生先輩の現実
一方、大学4年生になった弥生も、就活とインターンの両立に追われていた。面接前の長時間待機、移動中の緊張、プレッシャー――それらが積み重なり、弥生もまた、昼間の“事故”を経験しはじめていた。
ある日、弥生からぽつりとLINEが届く。
「今日、インターン先で少しやっちゃった。…情けないね」
それを読んだ真希は、すぐに「私も最近似たようなことがあって…」と返信し、ふたりはその夜、電話で話し込んだ。
3. 落ち込みの先で
「もう大人なのに、どうしてこうなるんだろう」
「ちゃんとケアしてるのに、報われないことばかりだよね」
言葉の端々に自嘲がにじむ。だけど、電話の向こうの弥生の声がふと明るくなる。
「でも、こうやって真希と話せると、私ちょっと救われる」
「私も。1人だったら、たぶん心折れてた」
電話越しの静けさの中、ふたりの間に「安心」という灯がぽつんとともる。
4. 再び歩き出すために
弥生はその後、小さなポーチに予備の下着と薄手の吸収ライナーを持ち歩くようになった。真希もそれに倣って、保険を準備するようになった。
「もしもの時に備える」のではなく、「自分を責めすぎないための安心」だった。
ある日、真希が言った。
「完璧じゃなくていいって、ちょっとずつ思えるようになってきた」
「うん。“またやっちゃった”じゃなくて、“ちゃんと対処できた”って思えるようになったら、ちょっと違うかも」
ふたりは少しだけ笑った。
5. 支え合う時間
夜、各自の部屋でそれぞれオムツをつけながら、真希と弥生はLINEで今日の出来事をやり取りする。
「今日の夜は、少しだけ乾いてた」
「私も! 完全じゃないけど、ほんの少しずつ変わってるよね」
時には泣き、時には笑いながら、二人は“誰にも話せなかった弱さ”を共有し続けていた。
そして秋が深まり、冷たい風が吹きはじめたころ。
真希は日記にこう記す。
“進んだり戻ったりしても、私たちは止まっていない。少しずつでも、ちゃんと歩いている。”
たとえオムツが濡れていても、下着に不安があっても――。支え合う誰かがいる限り、前へ進める。