第2章:「繰り返される夜と、新学期の朝」
春休みの終わりが近づき、真希と弥生先輩は最後の入院治療に臨んでいた。目標は「夜間覚醒反応の定着」。処方されたオムツを着用し、アラームが鳴ったら自力でベッドを降り、トイレへ行く――それを毎晩繰り返すことで、身体に新しい習慣を根付かせるのだ。
夜ごとのもがき
初日の夜、真希はベッドの中で静かに震えた。数時間後、バイブレーションアラームが震え出す。力を振り絞って起き上がり、トイレへ向かう――しかし、習慣になったとはいえ、まだ完全ではない。ズボンの中のオムツは重く、外れかけたジーンズからわずかな隙間に漏れた温かさが伝わる。
翌朝、看護師から「少し漏れがあったね」と優しく伝えられると、胸が痛んだ。弥生先輩の部屋へ戻ると、先輩も同じように苦笑いしていた。
「私も、ダメだった……」
弥生先輩が小さくつぶやく。真希は隣に腰を下ろし、そっと手を握った。
「大丈夫。一緒に頑張ろう」
二人はその言葉を頼りに、また次の夜に備えた。
心が折れそうなとき
三日目、四日目。オムツは毎晩濡れ続け、真希は胸の奥に重いものを感じていた。ふと、涙が頬を伝い落ちる。こんなに頑張っているのに、どうして変われないのか。
廊下ですれ違った看護師さんが、優しく声をかけてくれる。
「焦らなくていいんですよ。夜尿症は、長年の習慣を変えるのに時間がかかります。小さな進歩を見つけていきましょう」
その言葉に、真希の肩から少しだけ力が抜けた。たとえ「濡れる」という結果が続いても、そこに「起き上がってトイレに行こうとした」努力がある。それを見逃さず、続けることが大事なのだと。
最後の夜と退院
入院最終日。真希はこれまでで最も恐れていた。もし今日も濡れてしまったら、自宅に戻ったあと、もう一度立ち直れるだろうか。夜、アラームが鳴り、真希は目を覚ました。眠気を振り払いながら立ち上がり、廊下の明かりを頼りにトイレへ――そこで確認したオムツの感触は、驚くほど乾いていた。
「やった……!」
思わず声が震える。そのまま隣の部屋へ駆け寄り、弥生先輩と抱き合った。二人にとっての、大きな一歩だった。
新学期の始まり
退院から数日後、大学では新学期がスタートしていた。学年が上がり、真希は2年生として教室に戻る。朝のキャンパスは初々しく、どこか心地よい緊張感がある。
最初の夜。久しぶりの下宿のベッドに入ると、胸の奥がまだ少しざわついた。だけど、真希は深呼吸をして、ベッドの脇に置いた小さなノートを開いた。
「今日からまた、新しい夜が始まる。だけど、あの夜を越えた私なら、大丈夫。」
そう書き込んで、明かりを消した。窓の外には、満開の桜。学び舎も、人とのつながりも変わっていく――けれど、真希には「朝を迎える力」がある。新学期の風に背を押され、彼女は静かに目を閉じた。