第9章:「もう一人の私」
春の陽が優しく差し込むある日、真希はサークル活動に向かっていた。大学生活も3年目に入り、周囲の雰囲気にも慣れ、自分なりの居場所も見つけつつある。
ただ、オムツが手放せない日々は、変わっていなかった。
昼も夜も、意識とは無関係に濡れてしまうこと。表では明るく過ごしながらも、いつも心のどこかに“隠している自分”がいた。
1. 合宿の夜、静かな事件
サークルの春合宿。宿泊先は山間のコテージ風ペンション。男女混合のグループで、夜遅くまで談笑しながら雑魚寝のようなスタイルで布団を並べていた。
翌朝――。
「……ごめんなさい……ごめんなさい……」
泣きそうな声で、隅の布団から顔を伏せるようにして小さく震えていたのは、後輩の佳奈だった。
布団にはっきりと残る濡れた跡。シーツに描かれた“夜の地図”。
みんなが見て見ぬふりをしながら、気まずそうに片づけを始める中、真希だけは佳奈の表情が頭から離れなかった。
2. 2人きりの告白
その日の夜、真希は佳奈を静かに声をかけた。
「ちょっとだけ、話せるかな?」
宿の裏手、小さなベンチに座って、佳奈はうつむいたままぽつりと呟いた。
「……時々あるんです。家では防水シーツとかしてるけど……旅先とか合宿とか、ほんとに怖くて。…今日、最悪でした」
恥ずかしさ、情けなさ、悔しさ――全部を抑えきれずに、佳奈は涙をこぼした。
真希は、そっと言った。
「……私も、ずっと同じだよ。今日も、夜だけじゃなくて昼も……オムツの中、濡れてた」
佳奈が顔を上げた。
「……えっ? オムツ…?」
「うん。私はもう、昼も夜も。毎日。……学生のときからずっとだから、慣れてるつもりだったけど。やっぱり…怖いし、隠したくなるよ」
しばらくの沈黙のあと、佳奈はぽつりと笑った。
「真希先輩、なんでそんなふうに笑って言えるんですか?」
「たぶん…弥生先輩がいてくれたから。誰かに話せたことが、私を少しずつ強くしてくれたんだと思う。だから今度は、私が誰かの“弥生先輩”になれたらって…思ってる」
3. 孤独の外へ
佳奈は言った。
「私、ずっとひとりだと思ってたんです。友達にも、家族にも言えなくて。…でも、先輩がいるなら、少しだけ……怖くなくなるかも」
その言葉が、真希の胸をじんわりと温めた。
“もうひとりじゃない”
そう思えたとき、人は変わりはじめる。たとえ濡れても、たとえ治らなくても――心は少しずつ自由になっていける。
4. 新しい絆の始まり
翌朝、佳奈は少しだけ顔を上げて、真希と並んで朝食に向かった。
「……今日から、ちょっとずつ、でいいですよね」
「うん、ちょっとずつ。二人でなら、大丈夫だよ」
サークルの中では、いつも通りの笑顔が交わされたけれど、ふたりだけが知っている秘密がそこにはあった。
同じ悩みを抱える者同士だからこそ生まれる、本物の絆。
孤独の中でずっと閉ざされていた扉が、ようやく開き始めた――
その扉の向こうには、きっと“理解し合える未来”が待っている。




