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第六話 紳士的なウサギの秘密 中

 一人と一匹は学校にいた。魔女の従者とウサギさんだ。

 異世界の狭間に存在する案内所に時間の概念はない。一時間以上もいた筈なのに、戻ってきたころには一分程しか経過していない。

 なにか有効活用できないかと仲谷は考えたが、碌な結末になると危惧して思い留まった。

 童話や御伽噺でも時間を悪用すると破滅するのはお約束だ。魔女の従者となったが、同時に高校生でもある。青春を捨てたくはない。

 「付き添い感謝します」

 仲谷の背負うリュックサックから声が聞こえる。彼は周りを見渡して小声で話をした。

 「ヤーハムさん、俺がいいって言うまで静かにして下さい。バレたら俺達一貫の終わりですよ」

 「申し訳ない。胸が高まってしまってね」

 「俺も緊張で高まりっぱなしですよ」

 リュックサックの重みを感じながら仲谷は校舎を歩く。

 いつもなら部活動に励むのだが、今日は生憎と客人をもてなす必要がある。職員室に立ち寄り、部活の顧問に嘘をついて彼は校舎から脱出した。

 誰にも会うことなくあっさりと校門を潜り抜けた彼は、近くの公園のベンチに腰掛けリュックサックを隣に置いた。

「いいですよヤーハムさん」

 「感謝します、従者様。この入れ物を開けて頂くことは?」

 「誰か来たら人形のフリをしてくださいね」

 仲谷はリュックサックのチャックを開いた。中から二つの大きな耳が飛び出し、続いて真ん丸とした瞳が目に入った。可愛らしい顔だ。鼻もひくひくと動かしている。

 「一人で出られそうですか?」

 「問題ありません。私達の脚力は中々のものですから」

 そう言うとヤーハムは勢いよくリュックサックから飛び出した。大言を叩くだけの実力はあるようだ。見上げるほどの高さまで跳躍したウサギは、音もなく地面へと着地を成功させた。

 思わず仲谷は拍手で称賛を送る。ヤーハムは紳士的にお辞儀で感謝を示す。

 「隣に腰かけても?」

 「勿論。あと・・・・・・ヤーハムさん、もっと適当に喋ってもいいですよ。俺は九条の従者ですけど、最近なったばかりで偉くもなんともないペーペーですし。今はただの高校生ですから」

 笑う仲谷にヤーハムは礼節を持って受け応える。

 「失敬。これが私達の話し方なのですよ。我らが『耳長族』は遥か昔より紳士的な生き方に重きをおいています」

 それは正しくヤーハム自身が証明していた。一介の高校生に対して対等かそれ以上に接していた。

 紳士的に・時には会話のリードをしながら。

 コミュニケーション能力に長けた仲谷も、ウサギさんの会話術には舌を巻くばかりだ。

 「仲谷君は最近従者に?」

 「そうです。色々とあって・・・・・・」

 導かれたような、自分で向かったような。語るのが難しいので仲谷はふんわりとした発言をした。その意図を汲み取ったのかヤーハムの追及はなかった。代わりに別の質問が飛んできた。

 「それでは私達に合う事は初めての経験で?」

 「そうですね。異世界の人と会うのは初めてで・・・・・・あ、ヤーハムさん座ってください」

 「はっはは。会話に夢中になりすぎましたね」

 ヤーハムは軽く地面を蹴り上げると、クルリと回転しながらベンチに座った。動作の一つ一つに美しさが溢れている。紳士かどうかの判断に困るアクションだが、ヤーハムが紳士と言えば紳士になるのだろう。仲谷は一人納得した。

 「初めての異世界人はヤーハムさんですよ」

 仲谷の答えに、ヤーハムはヌイグルミみたいにふわふわした人差し指を左右に振った。

 「失礼。私達というのは我々『耳長族』という意味でした。しかし従者様は異世界の者と出会うのが初だったのですね。道理で・・・・・・」

 一人で勝手に納得して頷くヤーハム。その理由はすぐに本人の口から語られた。

 「魔女様が助言をしたわけですか」

 「あ・・・・・・聞こえてました?」

 「はい。この両耳でハッキリと」

 ピクピクと耳を動かすヤーハム。話は三十分前に遡る。

 

 ***************************************

 

 「マジで?」

 「本気です。折角なので二人で行動してください」

 無表情で提案する九条。相変わらず魔女様の考えは読めない。

 ならば言葉で理解するしかない。仲谷は直球で尋ねる。

 「その意図は?」

 「いい予行練習になると思います。異世界の住人に対しての」

 運がいい、と魔女は口にした。

 「彼らはとても聡明な種族です。まず、仲谷君に手を出すことはありません。加えて非力です。単純な戦闘では仲谷君が負けることはありません」

 さらに、と九条は付け加えた。

 「殺しても問題有りません」

 魔女の表情は変わらない。先程と同じでずっと無表情だ。

 仲谷は密かに冷や汗を掻いた。焦る気持ちを悟られないよう反応を抑えて言葉を返す。

 「それは・・・・・・避けたいな」

 無理矢理出したような小さな声。九条は気にしていない様子で会話を続行する。

 「私も同じ気持ちです。あの方とは付き合いが長いので」

 「じゃあ殺すなんて言うなよ」

 正論を吐く仲谷。考えの読めない魔女は彼に金言を与える。

 「そうしなければならない時もあります。それが我々の仕事です」

 魔女は仲谷に指をさす。

 「あなたが選んだ道です」

 自分より小さな魔女の言葉に仲谷は反論できなかった。

 その場限りでは何とでも言えることはある。だが重みのない発言など意味はない。沈黙こそが正解なのだろう。仲谷は受けとった言葉を咀嚼して頷いた。

 「肝に銘じます」

 「いい判断だと思います」

 上から目線ではない。立場所は上ではあるが、先の発言は客観的な評価からでたものだ。

 「ま、平和に終われるよう頑張ります」

 「頑張ってください。試みが成功しやすくなるように一つ教えておきます」

 会話を交わした二人だが、この後の九条の発言こそが答えであることを仲谷は後に知ることとなる。

 

「あのウサギには秘密があります。それを見つけられなければ、仲谷君は悲惨な光景を目の当たりにするかもしれません」

 

 仲谷は紳士的なウサギに目を向けた。穏やかな表情で紅茶を嗜んでいる。とても悪いものとは思えない。そして九条に目を向ける。相変わらず無表情で、何を考えているのか分からない。

 それがとても悪いものに思えた。

 

 ***************************************

 

 「従者様。私には秘密などありません」

 会話は全てヤーハムの耳へと届いていた。バツの悪そうに仲谷は頭を掻く。

 「俺も話した限りだとそう思いますけど・・・・・・」

 ヤーハムは紳士すぎるウサギだ。あえて怪しい所を列挙するならば、紳士すぎる所が怪しいぐらいだ。

 「でも九条が言うからには訳があると俺は考えています」

 「はっはは。従者様は信頼しているようですね――魔女様のことを」

 信頼。仲谷は声に出して呟いた。

 ひょんなことから魔女の従者となった彼だが、別段九条という人間を知っている訳ではない。クラスでも話さず、案内所では日常会話程度、人よりも信頼している要素があるかと問われると、回答には困ってしまう。

 だが――。

「九条は・・・・・・嘘を付かない気がするんです」

 「興味深い考察ですね。訳をお伺いしても?」

 必死に言葉を探す仲谷。頭の中で言葉を組み合わせて答える。

 「あいつは公平な魔女だと思うからです。従者となった時、九条は俺に伝えるべきことを伝えました。隠すことなく、間違いなく全てを」

 悪魔によって誓約したあの日、九条は仲谷に魔女に忠誠を誓う恐ろしさを語った。

 彼女なりの誠意だと仲谷は解釈している。同時に九条は嘘をつかないと確信をした瞬間でもある。全てを公平に伝えたからこそ、魔女としての言葉が色濃く残っている。

 ――私は自分の命が消えそうになったら、あなたの命を使います。

 魔女として、さも当然と言わんばかりの発言をしたクラスメイト。それが九条の――否、魔女の恐ろしさなのかもしれない。

「だから俺はヤーハムさんには秘密があると睨んでいます」

 「それはそれは。では、隠し事の多いウサギは見つからないように上手く隠すとしましょう」

 そう言ってヤーハムはベンチから降りて歩き出した。時間は刻一刻と過ぎていく。紳士なウサギは優雅に振り向くと、目を煌めかせながら大きな建物を指さした。

 「そろそろ参りましょう。灼熱の宝を私は見てみたいのです」

 真ん丸の瞳には炎が宿っていた。どうしても見たい宝がそこにあるのだろう。

 「分かりました」

 仲谷も立ち上がる。

 「行きましょうか」

 彼は事前に九条から灼熱の宝については聞いていた。

 大型スーパーを目指して仲谷は再びヤーハムをリュックの中に収納した。

 「今度は喋らないでくださいね」

 「承知しております。従者様」

 そして歩くこと数分後。

 「うさぎさんだぁ~」

 小学生くらいの女の子が仲谷の後ろを指さした。

 ニコニコしている可愛い子だ。だが仲谷に笑顔を返す余裕はなかった。

 「おい」

 ヤーハムがリュックから顔を出していた。その隠れる気がまるでない様子に仲谷の口調も荒くなる。

 「なにしてんすか」

 声を弱めて話しかける仲谷。だがヤーハムは別のことに気を取られていた。

 小学校だ。子供たちが楽し気に遊んでいる。

 「ここは・・・・・・」

 子供にギリギリ聞こえそうな声を出すヤーハム。焦った仲谷は距離を置いて再び話しかけた。

 「ヤーハムさん顔隠してください」

 「・・・・・・あっ、申し訳ない。私としたことがっ・・・・・・」

 「いいから早く隠れてくださいっ!」

 慌てふためく二人。そこへトテトテと可愛らしい足音共に近づく影が一つ。

 「うさぎさん可愛いーっ!」

 先程の小学生。純粋無垢な瞳でヤーハムを見つめている。

 「撫でさせて~」

 駄目に決まっている。仲谷の喉奥にある言葉は、純粋無垢な少女への罪悪感で阻まれた。一体誰が断るなんて残酷な所業ができるのだろうか。ここで拒絶の意を示すのならば悪魔の力が必要だ。再びアルゴローンでも召喚すべきか。

 仲谷は懸命に首を横に振ろうとしたが。

 「お願い」

 首が止まる。無垢とはなんと恐ろしい魔法なのだろうか。

 普通の高校生である仲谷に子供のお願いは余りにも酷すぎた。何もすることができず、彼の思考は止まってしまった。

 「・・・・・・従者様っ!」

 リュック内から掛けられる声。

 「え? あぁ・・・・・・そ、そうだな」

 声により正気に戻った仲谷は、屈んで女の子にごめんねのポーズを作った。

 「撫でさせるのは難しいんだ。とっても恥ずかしがりやなウサギさんだから」

 「えぇ・・・・・・みーたんと同じなんだぁ・・・・・・」

 みーたんが誰か分からないが、女の子は不満気に地面を見つつも納得したようだった。

 トボトボと帰る哀しき後ろ姿に胸を痛みながら、仲谷も目的地まで歩くことを再開した。

 「良い子でしたね」

 「ですね。それはそうと」

 「えぇ。気を付けます。どうしても気になったもので」

 この時、仲谷は気付かなかった。何故ヤーハムが顔を出したのかを。そして何を見ていたのかを。

 もし気付いてさえいれば、最悪の結末を迎えることはなかっただろう。

 

 「囚われし純白の乙女か・・・・・・」

 

 ヤーハムの呟きは仲谷に届くことはなかった。この呟きが凶行を止める最後のチャンスだった。

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