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第三話 そして舞台の幕は上がった

 閉ざされた世界で魔女は一人頭を抱える。

数多の世界の狭間に位置する場所において、扉は必要不可欠な移動手段であった。消失など容認できるわけもなく、魔女の内心は怒りで煮えたぎっていた。

――面倒ごとは嫌いなんですよ。

 正しく。これは九条の嫌いな面倒ごとである。

 誰かが、意図的に、作為的に、何の前触れもなく起こした悪気しかない事件。

 解決するための手段も未だ不明のまま、刻一刻と時計の針だけが刻まれていく。

 穏やかな一日に突如として現れた同級生を名乗る男の子は、厄介な事件を連れて九条の眼前へと存在する。

 お前が消えればよかったのに。本心の言葉をグッと九条は飲み込んだ。

 きっと意味があると彼女は考える。理屈ではない。これは彼女がよく知る人物が発生させたに違いない。その者は決して意味のないことをしない。無駄を嫌い、洗練された物語を頼んでもいないのに九条に届けてくるのだ。

 なにかある。否――なにか来る。

 大いなる確信を持って九条は待つことを選ぶ。

 「あの・・・・・・九条さん」

 「いま喋り掛けないでください」

 「お、怒ってんの?」

 空気の読めない男だ。九条は小さく溜息を吐いた。

 これから訪れるのは予想を遥かに超える困難な現象だ。自分の頭では想像もしない出来事が、いとも簡単に引き起こされる。

 刹那の判断ミスが死を招く。極限まで高めた集中力を持って対応する必要があるのだ。

 それが重要だ。さらにもう一つ。

「仲谷君。私達は窮地に立たされています。絶体絶命です」

 九条はありのままの現状を伝えた。隠すことのないシンプルな内容に、仲谷も何度か頷いて理解したことを示した。

 なによりです。と九条は前置きして最も重要な話を始めた。

 「ここから先、私の指示に従って下さい」

 「え? なんで」

 「まずは一つ目の指示です。はいと答えてください」

 言論弾圧もいいところだ。反論しようにも仲谷は声を出せずにいた。

 有無を言わせぬ深い奈落のような瞳。翡翠の両目に鈍い輝きが見え隠れする。

 深淵に灯る光は、狭間に住む者の哀しき慟哭か、はたまた侵入者に対する怒りの業火か。どちらにしても芳しくない感情である。

 「・・・・・・はい」

 大人しく。借りてきた猫よりも大人しく。仲谷は可能な限り静かな返事を行った。

 優先されるべきは部屋からの脱出である。魔女の怒りを買う必要は無い。

 「それでは二つ目の指示です。――一言も話さないでください」

 本物の言論弾圧だ。流石の仲谷も指示通り絶句した。

 言葉が見つからない仲谷を見て、指示通りに遂行していると判断した魔女は、一人考察の世界へ足を踏み入れる。

 集中して頭を回転させる魔女に、一般人が介入できる余地はない。

 大人しく仲谷は座って近くの壁に身体を預けた。時間がどれだけあるかは分からない。少なくとも、すぐには帰れそうにないだろう。

 

 ***************************************

 

 たかが十分程度。だが待つだけの人間にとって、気まずい間柄の知り合いと同じ空間にいるのは途方もなく長く感じる。無限に思える時の中、言葉を発する者は一人。

 その人物は、意外にも仲谷ではなかった。

 「理解ができません」

 いいニュースではなさそうな切り出しだった。

 「何故、扉が消えたのか分かりません」

 どうやら悪いニュースのようだ。

 独り言にもとれる内容だが、九条は視線を仲谷に向けた。無視するタイプでもない体育座りで待っていた少年は、自身の考えを述べてみる。

 「俺が来たことに問題があったり、なかったりって感じなの?」

 「結果だけを見れば」

 含みがある言い方だ。九条が続けた言葉に真意があった。

 「ですが直接的な原因はあなたをこの場所へと導いた魔女です」

 魔女に導かれた。なんともおとぎ話のような出来事だ。メルヘンチックで、今すぐにでも冒険に巻き込まれるかもしれない。

 だが浮ついた気持ちになれるほど、事態は想定以上に悪い状況だ。

 「あなたを殺したらどうなりますかね?」

 九条は仲谷を見下ろす。身長は彼女の方が圧倒的に小さいが、仲谷が地面に座っているせいで、一時的に身長差が覆されている。

 自分より背の低い人間に見下ろされる気分を味わいながら、彼は今後の展開の動かし方に頭を張り巡らせた。

 「あまり・・・・・・それは宜しくないかと」

 結果でてきたのは説得とは思えない情けない台詞。

 「ですね。私も解決しないと思います・・・・・・非常に残念ですが」

 非常に残念そうな表情を作る九条。心にくる光景だ。仲谷も苦笑いをするのみ。

 「めんどくさいな。もういっそぶち殺そうかな」

 魔女の不穏な発言に仲谷の背筋が凍った。これ以上、放っておくのは危険だ。

 だが意見を申し立てて採用される程、信頼関係を築いている間柄ではない。しかし、なにも手を打たないのはマズい方向へと転がる気がする。

迷いの末に彼はまず魔女の反応を確かめることにした。

 「九条さん、少しだけ宜しいでしょうか?」

 「言葉遣いがよくなった仲谷君。なんでしょうか?」

 敬語と敬称を使い始めたことに皮肉を言いつつも、九条は仲谷の言葉を止めるようなことはなしない。

 彼女と手探しているのだ。この場から脱出する方法を。

 聞く姿勢があると分かれば意見を伝えてみるのみだ。仲谷は自身の考察を述べた。

 「その・・・・・・纏めたいんですけど、俺と九条さんは閉じ込められているの? それとも、閉ざされた空間にいるの?」

 どちらも結果は同じ。だが、そこに至るまでの道中はまるで異なる内容だ。

 解釈の違いを無くすため、仲谷はこの質問をした。閉じ込められているのか、閉じられているのか、その差は後々大きくなる。

 「答えたところで何か変わると思えませんが。冥途の土産になるかもしれないので教えておきます・・・・・・この世界は閉じられています」

 閉じられている。仲谷は手に入れた回答を飲み込む前に、気になった発言を追及した。

 「冥途の土産って・・・・・・俺死ぬの?」

 「本気で言ってません。冗談です。それより質問に答えましたよ」

 貰った情報では些か不十分。仲谷は質問を追加した。

 「閉じられているってことは、元々あった出口を防がれたということでしょうか?」

 「出口というのは少し違います。イメージとしては通路です。世界を繋ぐ道が断たれているんです」

 更に仲谷は質問をする。

 「九条さんは道を作れないんですか?」

 「作れません」

 「道を消すことは?」

 「できません。道はあくまで道です。消えることはありません。」

 じゃあ、と仲谷は続ける。

 「道とここを繋ぐ扉が消されたってことか・・・・・・それって外からできるの?」

 「・・・・・・難しい質問ですね」

 言葉を止めて腕を組み、九条は考える姿勢を見せた。

 道は消えておらず残っている。消えてしまった扉、九条しか知らぬ謎の魔女の力量。

 これら全ての情報を纏め上げた仲谷と、九条が声を発したのは同時だった。

 「「犯人は中にいる」」

 顔を合わせる二人。しばし見つめ合うが九条の咳払いにより仲谷は顔を逸らした。

 「大手柄です仲谷君。マッチポンプは否めませんが、助かりましたよ」

 「それは良かったです。ちなみに解決策は?」

 仲谷は立ち上がり、扉があったはずの場所に触れる。

 何も感じることができない。異質な場所に閉じ込まれても、彼が凡人である事実に変わりはない。

 だが奥で控える魔女は違う。彼女はどこからか『杖』を取り出した。

 「無理矢理探し出します――探索(サーチ)

 ピリッと仲谷の肌が違和感を覚えた。ほんの一瞬の出来事。九条が何かをしたのだろう。

 理解するのに時間はかからなかった。

 「いますね、仲谷君の隣に」

 「えっ!? 嘘っ!」

 飛び上がり九条の方へと駆け寄る仲谷。

「嘘です」

 「なんで?」

 何故か嘘をつかれる仲谷。彼は嘘を口にした少女を糾弾しようと振り向いた瞬間。

 

 「メェメェメェ。初めましてですな。私はアルゴローンでございます」

 

 仲谷の背後から聞こえる話し声。

 男の声だ。何処となく荘厳な声だ。まるで老練な紳士の様な、熟練された執事の様な、耳に入る安らぎをあたえる余裕のある声色。

 だが同時に、凄まじい恐怖も含んでいた。

 振り向けない。仲谷の危険信号が高鳴っている。すぐ後ろにいるのにも関わらず、一歩も動くことができない。姿形すら不明なままだが、化物だという確証がある。

 逃げないと。何処にも出口がない中、冷静な判断を失わせるほどの恐怖。

 「おや。汗をかいておりますな」

 男が仲谷を認識する。余裕のある優し気な声色だ。それが一層不気味さを際立たせる。

 「動きが止まりましたな。メェメェメェ、私に恐怖しているということですか」

 丁寧に状況分析した何者かは、その存在感を一切弱めることなく仲谷に声をかけた。

 「申し訳ない少年。私は悪魔である故、死を意識させてしまっているようです」

 ――話しかけないでくれ。仲谷の願いは届くことなく、悪魔に胸の奥を蹂躙させる。

 「恐怖というのは克服できるものではありません。我々悪魔にも恐怖がある故。メェメェメェ。脆弱な人間にとってはさぞ恐ろしい事でしょう。私、アルゴローンの声を耳にするというのは」

 根本から異なる生物がいた。知力、体力、精神力、それらのステータスでは測れない世界の理を覆す存在。

 もし一体でもこの悪魔が地上に降り立てば、人類は絶滅を免れないだろう。

 否、絶滅することが条理となる。

 「アルゴローン。何故、あなたのような高貴な大悪魔がここに?」

 固まった仲谷を救ったのは、他でもない同級生だった。

 彼女自身、助けるつもりで話しかけたのではない。だが結果的に悪魔の意識が九条に向いたことで、仲谷はようやく息をすることができた。

 「ッ・・・・・・ァ!!!」

 乱れる呼吸を整える仲谷を確認して、九条は悪魔の答えを待つ。

 「メェメェメェ。私はとある魔女からの依頼で参上いたしました。貴方がよく知る魔女でございます。名前を申しても?」

 「結構です。それより依頼の内容を教えて下さい」

 「勿論です。メェメェメェ」

 パチン、と悪魔は指を鳴らした。そして一枚の用紙を出現させた。

古びた紙だ。茶色に黄ばんでおり、日焼け跡が目立っている。九条も同様の所感を抱いたのか、懐疑的な視線を悪魔に対して向けていた。

 だが次の悪魔の一言により、状況は一変した。

 「こちら誓約書でございます。九条様、仲谷様、ここに血印を」

 悪魔の指示を瞬時に理解した九条。ここで彼女は小さく汗を流した。

「馬鹿なっ・・・・・・あなたは私達になにをさせたいんですか?」

 「私がとある魔女から授かっている伝言は三つでございます。まず一つ目」

 悪魔は人差し指を立てた。

 「私を探すこと」

 悪魔は人差し指と中指を立てた。

 「この場所を二人で守り抜くこと」

 悪魔は人差し指と中指と薬指を立てた。

 「九条 真琴と仲谷 蓬が主従関係を結ぶこと」

 その言葉を皮切りに契約書が輝きを帯びた。

 「それでは誓約書に血印を」

 「私と仲谷君を何故主従関係にさせたいのですか? 意図が理解できません」

 「結ばなければ貴方達はここから出ることは叶いません。選択肢はないと私は理解しております」

 風切り音と共に九条と仲谷の人差し指に切り傷が生まれた。

 流れる命の液体は血印としては十分すぎるほどの量であり、お膳立ては十二分だ。

 「メェメェメェ。さて、選択の時です」

 引力に吸い寄せられるように、仲谷の顔は悪魔へと向けられた。

 ヤギの頭だ。仲谷が知る白いヤギではない。赤黒い皮膚と仰々しい二本の角。禍々しい頭の下はよく知る人の身体だ。全身が黒いスーツで覆われた紳士的な服装だ。

 本でよく見かける悪魔のイメージを具現化したような姿形。

 悪魔は二人に向かって最後のチャンスを与える。

 

 「血印を押してください。九条 真琴。仲谷 蓬」

 

 白い眼が二人の姿を捉える。

 これより先、生涯を共に過ごすこととなる魔女と従者を悪魔は見る。

 ゆっくりと手を伸ばす二人。視線の先には誓約書が一つ。

 

 「契約完了です」

 

 悪魔の悍ましい宣言。これよりようやく幕が上がった。

 異世界の案内人を行う魔女と、その従者。――そして物語は動き出す。


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