九、ラダはライラのことを?
料理屋での仕事を決めて、ライラは父と母に改めて報告に向かった。ライラの結婚相手について、ライラは話さなければならない。
「ええ!? 第三皇子さま!?」
父は声を荒らげ、母は気を保つので精一杯なようだった。ライラはあらましを説明する。ライラとラダは小学院で同じクラスだったこと。最近再会して、また縁が繋がったこと。そこから結婚話が進んだこと。
「なら、家具を新調しなければ」
「いえ、気を使わないで」
「そういう訳にはいくまい」
父は奮発して、ライラの嫁入りの家具を見繕って、城まで送り届けてくれた。ライラは嘘はついていないが、契約結婚だということは話せなかった。
そんなこんなで迎えたライラのお披露目のパーティ。ライラはごちそうに目がいくこともなく、ただただ緊張に包まれていた。ラダはライラと腕を組んで会場を優雅に歩いている。ライラはラダにしがみつくコアラみたいにおとなしかった。やや引きずられ気味に歩けば、悪趣味な視線がシャンデリアの光に反射する。
「あれが、噂の婚約者」
「ああ、どんな娘かと思ったが、なかなか」
噂話を隠すそぶりもなく、ライラを品定めする伯爵、貴族王族たち。ライラはにこりと笑み頭を下げて、ラダはライラが逃げぬように、ライラから片時も目を離さない。ライラは視線で殺されないように、なるべく自分を透明にした。いや、ダイヤモンドのように固い意思で、ラダの隣に居座っている。
「ラダくん、私、うまくできてるかな」
「上出来だ。くれぐれも俺から離れるなよ」
ラダが今一度ライラの手を自分の腕に絡みつかせた。密着する形はライラを緊張させる。ラダはなんとも思わないのかもしれないが、ライラの心臓は耳から出るんじゃないかってくらいに早鐘を打っている。ラダに聞こえそうで、少し距離を取った。ラダは、今日は白の正装で輝かんばかりに美しかった。カフスボタンは金色で、ライラの髪とお揃いだった。襟はグレーの切り替えで、ハンカチーフはアクセントにピンク。
「やあ、ラダ皇子」
「これは、羅国の第一皇子。久しいな」
親し気に、羅国の皇子と呼ばれた男性がラダと握手を交わした。傍にいたルイスの顔がややひきつっていて、あまりよろしくない関係であることはすぐさまわかった。ルイスも正装して、護衛と分からぬように一歩引いたところをついて歩いている。優雅で、ルイスに見とれる人も少なくなかった。
ライラは羅国の皇子に笑んで、その場を離れようとする。しかし、羅国の皇子がライラの手を乱暴に握った。ラダの腕からライラが引き離されそうになり、慌ててライラは体勢をたて直した。
「ソナタ、見たことがあると思ったが」
「あ、ライラと申します」
「ライラ。やっぱり、あの白豚か?」
確か、あの頃のあの学院には、交換留学生も来ていた気もする。羅国の皇子……。羅国。
「あっ、カイト皇子……」
「思い出した? いやあ、ライラがこんなにも美しい女性になるとは……当時からラダ皇子とはいい仲だったもんねえ」
にやにやとライラの体――特に胸のあたりを見て羅国の皇子――カイト皇子がライラを品定めしている。気持ち悪い。みんなそうだ。ライラが痩せたと知るや、みんなライラへの態度を変える。太っていようがいまいが、変わらなかったのはラダだけだった。カイト皇子の口元がゆがむ。
「やあやあ、一曲踊らないか? 再会した記念に」
「いえ、私はラダ皇子以外とは踊りませんので」
「そうなのか?」
カイト皇子がラダに目配せした。独り占めするな、ここはライラの披露目のパーティだろう? ラダがライラの手を取り、その手の甲にキスをした。ちゅ、と音がする。ラダの手にはグローブが嵌められていて、それが妙に色っぽい。
「悪いが、これは俺のものゆえ、誰にも渡す気はない」
「またまた、ダンスひとつで奪うわけが」
「ライラは俺の妻だ。今日から俺だけのものになった。だったら、ほかの男にやすやすと触らせるとでも思ったか?」
ひく、とカイト皇子が顔を引きつらせて、小さく舌打ちをして去っていく。ライラはほっとしてその場にしゃがみ込んで、大きく息を吐き出した。
「はあ」
「ライラ、気分が悪いか?」
「いえ、私、こういうのは慣れていると思っていたのですが」
ラダは平気なのに、ほかの男性の視線が怖い。今日のように、ライラが白豚と呼ばれていたことを知っている人間に会うと、どうしたらいいのかわからなくなる。ライラはいまだ、太ったままの白豚なのだ。ラダに釣り合うわけもなく、ライラはとたんに自分がみじめになった。
「ラダくん、恥をかかせてしまってごめんなさい」
「恥?」
「私が太っていたことを……あのカイト皇子がほかに吹聴したら、ラダくんに迷惑がかかるので」
立ち上がり、ラダがライラに手を差し伸べた。その手をラダの腕の絡ませて、ライラは周りに見せつける。ラダは自分の旦那様よ。そんな風に見せつけたって、偽物の旦那様であることには変わりないのに。
「オマエを恥だと思ったことなんてない」
「それは、今は痩せましたし」
「昔から……オマエと出会った時から、俺はオマエのことを」
「私のことを?」
その先は口をつぐんで、ラダは黙り込んでしまった。ライラははてと首を右に傾けて、ラダと腕を組んで諸侯への挨拶に周るのだった。