八、ラダとの思い出?
小学院一年生、ライラはぽっちゃりした女の子だった。それに鈍くて、例えば男の子にライラの筆入れからペンを取り隠されても、翌日まで気づかないという具合に。
ライラは白豚とあだ名を付けられ、なにかにつけてバカにされてきた。
「白豚、また体力検査でビリとか!」
「あはは。ほんと、たかが領主の娘が私たちと同じ学院に来たのが生意気なのよ!」
ライラがこの学院に入れたのは、なにも父が頼み込んだからではない。特別枠、つまり学力が優秀な子供を、年に何人か入学させる枠があるのだ。ライラの年は、ライラとラダだけがその特別入学で、ライラはずいぶん肩身の狭い思いをした。
「ラダくん、なんでラダくんは私と一緒に居てくれるの?」
ライラのクラスは、貴族王族の身分に合わせたグループが出来上がっていて、ライラとラダだけがどこのグループにも属していなかった。ライラはラダとお弁当を食べながら、ラダはなにも言わない。無口でいつも眉間に皺を寄せて、ラダはなにかに怯えているようだった。
「オマエは……俺が何者でも変わらず接してくれたから」
「え?」
「……でもきっと、本当の俺を知ったら、オマエも離れる」
「は、離れないよ! てか、本当のラダくんって、なに?」
お弁当をはくはくと食べながら、ライラは軽い気持ちでラダに聞いた。ラダはふるふると首を横に振るだけだった。ラダはお弁当を途中でやめて、蓋をする。ライラに心を開いていた気もするし、どこか一線引いているようにも見えた。
時々ではあったけれど、ラダはライラと一緒にお弁当を食べてくれたし、一緒に帰ってくれた。ラダはライラを馬鹿にしたりしない。太っていようがただの領主の娘だろうが。
「ラダくんのおうちって、私と同じ方向なの?」
「……じゃなきゃ一緒に帰らないだろ」
「うん、そうだよね」
だけどそれが嘘だということは、ライラも知っていた。ライラの家の周り何キロかは父の領地だ。そこにラダの家がないことくらい、子供のライラにもわかった。
ラダはなぜ、ライラに嘘までついてライラと一緒に帰路を歩いてくれるのだろうか。歩幅だって、ライラに合わせてくれる、優しい子。
「ラダくんって」
「あっ! ライラ!」
向こう側から、馬車の馬が暴走して、こちらに走ってきていた。御者がこちらに「逃げろ!」と叫ぶ。ライラは恐怖で動けない。ラダがライラの手を取る。
けれどその先は、思い出せない。ライラはあの時、どうやってあの窮地を脱したのだろうか。ただ、ラダが助けてくれたことだけは確かだった。
「ライラ、大丈夫か?」
「ラダくん」
気がつくと、ラダがライラを膝に乗せて介抱してくれていた。着衣が乱れている。
ライラはラダに手を伸ばす。しかし、ラダはライラの手を途中で握りしめ、頬には触れさせてくれなかった。
「ライラ。オマエになにかあったら、俺は」
「ラダくん。私は大丈夫。丈夫なだけが取り柄だもの」
起き上がって、ラダに笑いかけた。心なしか体が傷んだ。ラダが、ライラに背中を向けてしゃがみこむ。おぶされ、ということらしい。
「え、私重いし」
「いい。ただ、おぶっても、頭だけは触るなよ」
「……? うん、わかった」
ぽっちゃりしたライラなんて、重かったに違いない。なのにラダはなにも言わずにライラを家まで運んでくれた。ラダがどうやってあの馬から逃げおおせたのか、なぜ頭には触れてはならないのか。あの頃のライラは自分のことで精一杯で、さして気にもとめなかった。