五、ラダは優しい?
ライラは毎日、運動をしている。減量の名残だ。朝ごはんの前にランニングを五キロ、朝ごはんは炭水化物は少なめ、だけどちゃんと計算した量をとる。大事なのはタンパク質。卵とソーセージでお腹を満たす。フレッシュな野菜のコンソメスープ、デザートにはプレーンヨーグルトつきだ。
ライラはきっと、ほかの令嬢に比べて体力がある。朝に晩に走って痩せて、体重が適正になった今も運動は続けている。食事も、野菜を多めにして炭水化物・タンパク質・脂質のバランスを保っている。そんな中でも、週に一度は外食をしていて、ライラは大衆の料理店ノアが一番のお気に入りだ。ラダと一緒に入ったのが、そのノアというお店だった。
「なるほど」
「な、なるほど、とは?」
「いや。思ったよりは使えるな」
ドレスの採寸を終わらせて、煌びやかな城のホールに案内された。護衛兵のルイスも一緒だった。ルイスは代々の騎士の家系で、ラダとは同級生らしい。だいぶ大人びた顔立ちだから、てっきり年上かと思ったが、ラダと同級生ということは、ライラとも同い年だ。グレーの髪と瞳が綺麗な紳士だ。
「オマエ、なにか運動を?」
「はい。朝に晩に五キロずつ走っています」
「基礎体力はある、と」
ふむ、とラダがライラを上から下まで見渡した。かれこれ二時間はダンスの練習をしているが、ライラの足に疲労は無い。……靴擦れくらいは許されたいが。
ライラは足の痛みを悟られないように、ワンツースリーでステップを踏む。元来運動は苦手ではなかったから、減量だって続いたし、ダンスの練習も嫌いではなかった。いや、太っていた頃ならば、運動は得意ではなかった。今は、痩せたから動けるだけだ。減量の日々は無駄ではなかったようで、ラダと密着してダンスを踊る。ラダがライラをリードすると、ライラのドレスがひらりと舞った。
ふいに、ラダの足が止まる。ぴたりと止まると、ライラの足元を見下ろす。
「皇子さま?」
「俺がわからないと思ったか?」
ラダはおもむろにしゃがみこむと、ライラの左足のかかとに触れた。剥けた皮から血が滲んでいる。けど、こんなことくらいで、ライラはへこたれない。なのに、触れられて思わず声が出た。
「痛っ」
「こんなになるまで……オマエは昔から、自分に無頓着なんだ」
ラダがライラをホールの壁際にある椅子に座らせる。そのままライラの足から靴を脱がせると、胸のポケットからハンカチを取り出してライラの左足に巻いた。絹のハンカチがライラの血で汚れる。ライラは左足を引くも、ラダはライラの足を大事そうにハンカチで包み込んで、靴に入らなくなった足は宙ぶらりんだった。
「ら、ラダくん。これじゃ歩けない」
「いい。今日はもう終わりにしよう」
「く、靴が履けない」
「ならこうすればいい」
ラダはライラの靴を右手に持って、そのままライラの体を横抱きに抱えあげた。視線が高い位置に持っていかれ、ラダが見ている世界を見た気がした。驚き、足をばたつかせると、ラダがライラに渋い顔を向けた。ライラをしっかりと抱き直す。
「暴れたら落ちるぞ?」
「し、しかし……皇子さまにこんなこと」
「いい。……時に、オマエはちゃんと食事をとっているのか?」
「……? それはもう。私の頭の中には、いつもご飯のことしかなく……今も、お夕飯を西域にするかに羽国にするかで迷っております」
カツカツと歩きながら、ラダがふっと笑った。ライラは途端に恥ずかしくなって、ラダから顔を逸らした。ラダがライラの体を今一度よく抱き抱え直して、ライラは恐る恐るラダを見上げた。
「お、重くないですか?」
「まさか。羽より軽い」
「……契約結婚だからって、優しくしなくて大丈夫なのに」
聞こえないように呟いたのに、ラダにはちゃんと聞こえていたらしく、少しムッとしたようにライラの目を見て呟き返した。
「オマエだから優しくするだけだ」
「え、私だから?」
「んんっ、なんでもない」
ラダの顔が心なしか赤い。ラダとライラの後ろから護衛兵のルイスが歩いている。ルイスはライラたちの会話を聞いているのかいないのか、無表情でライラにはなんにもわからなかった。