四、ラダとダンス?
契約結婚に際していくつかの条件が交わされた。
ひとつ、寝室は別とすること
ふたつ、お互いのプライベートに干渉しないこと
みっつ、秘密を口外したら命で償うこと
よっつ、いかなる行為に対しても、愛情と錯覚しないこと
ラダが無表情に提示した契約書にサインする。父と母は、ようやくライラが結婚すると喜んでくれた。が、ライラが具体的に誰にとつぐのかまでは伝えていない。最終的にはバレるのだろうが。契約書はライラとラダの二枚。両方にふたりのサインが書き込まれ、いよいよライラたちは夫婦の契りを交わす準備に取り掛かった。まず、ライラはラダの婚約者として、城の一角、日当たりのいい部屋を与えられた。広く、ライラにはもったいないくらいの待遇だった。契約書を畳みながら、ラダがライラを振り返った。今日はライラの部屋で契約内容を確認し、そのまま解散になると思いきや、
「ライラ。宝飾商を呼んだ」
「ラダ……いえ、皇子さま。宝石なんて私には」
「そうは言っても、一週間後に外交がある。第三皇子の妻ともなれば、参加は必須。それなりの格好をしてもらわないと」
ラダが護衛兵に目配せすると、ライラに宛てがわれた寝室に、女性が三人入ってきた。手には輝かんばかりの宝石があらら、思わず目を奪われた。青、黄色、白、ピンク。どれも上等な品であることは明らかで、ライラはつい、それに見入ってしまう。
「きれい」
「オマエも人並みにはお洒落に興味あるのか」
「や。でも、こんな高価なものは」
「だから。オマエの価値は即ち俺の価値になる。頼むから自分を卑下するな、断るな、言うことを聞け」
呆れたようにため息をつかれて、ライラは閉口した。ライラは自分を卑下していただろうか。だが、実際ライラはしがない領主の娘で、学院の下の下、ライラが通っていた学院は、王族貴族が通うような学校で、父はライラのために無理してあの学校にライラを入れた。結果ライラは、太っていたこともあってからかわれて、しかし、なんでラダが第三皇子だと知らなかったのだろう。
選びながら、
「ラダくん」
「なんだ」
「ラダくんが皇子さまだって、小学院のころは知らなかったけど、私だけ?」
ラダがまた、大きく息を吐いた。聞かれたくなかったように、重々しく口を開いた。宝石商が、追加のアクセサリーを取りに行に部屋を出た隙に、ライラの質問に答えた。
「俺の母は、平民だった」
「……?」
「俺にドラゴンの呪いが発動したのは七つのとき。母は俺が王の息子だと隠したかったようだが――俺の呪いが小学院で発動して、王が記憶を消すために動いた」
学院でドラゴン化したとなれば、学舎は壊れる。それはすぐさま王城にも知らされて、王はラダがあの日の平民との間の子供だとてすぐさまわかった。ラダは母親似なのだ。
「俺の母は、父上に見染められたが――俺を身ごもり、俺が平民の子ゆえに王城に行かせれば肩身の狭い思いをすることを危惧して、王さまから逃げた」
だからラダは、王さまに認知されていなかった。王さまは必死にラダのお母さんを探していたのに。
そんな折、ラダがドラゴンになってしまい、王さまはようやくラダと、ラダの母を見つけたのだ。
それからは、ラダは自身の呪いを隠すために、ひととの関わりを避けた。あの日、なぜ学舎が壊されたのか、人々は知らない。記憶を消されたからだ。
「オマエは知ってると思ったがな」
「え?」
「いや、なんでもない」
宝石商の女性が帰ってきて、ライラに沢山の宝石を広げた。中でも髪飾りは豪華で、
「皇子さま。髪飾りはどうします?」
おかみと一緒に来ていた旦那が、いつの間にか部屋に入ってきた。ラダはまるで興味がないようだった。旦那が布につつんだ宝石をばらばらと広げる。見たこともない高価な宝石に、ライラはまたもや目を奪われる。
「これ……」
そのなかに、ドラゴンのモチーフの髪飾りがあった。部屋のシャンデリアの光を反射して美しかった。白金に青い宝石が嵌められている。まるで、そう。
「なんだ、そんな物々しいデザインより、こちらにしろ」
「で、ですがこれ。ラダ皇子さまと同じ色なんです……」
手に取り、髪にかざして見せてみる。ラダがふいと顔を逸らした。
「ドラゴンのものは、正式な行事の際は使わぬように。今度のお披露目のパーティーには、花のものを使え」
ラダは、宝石を三つ、手ずからライラに渡してくれた。ドラゴン、花、鳥。
どれも青い宝石が散りばめられていて、ラダの瞳を彷彿とさせる。サファイヤ、ブルートパーズ、タンザナイト。でも、どの宝石もラダの瞳にはかなわない。
ライラは早速、ドラゴンの髪飾りを耳の上に挿してみた。旦那がライラに鏡を向ける。キラリと金髪のうえに白銀のドラゴンが鎮座していた。ライラの髪は金色だが、瞳はグレーでありきたりだった。ライラの瞳も、ブルーやエメラルドだったらどんなによかっただろう。
「似合いますか?」
「物好きめ」
「そうです? でも、私はこれ、気に入りました」
宝石を決めて、ライラは上機嫌だった。髪の上に乗せた宝石がキラリと光を反射する。
「皇子さま。似合いますか?」
「宝石が似合わぬ女性などいないだろう」
「そう、ですね……」
ぶっきらぼうなラダに気落ちしつつ、ライラは次はネックレスに目をやった。
広げられた宝石に手を伸ばす。ひやりとした石が手に馴染む。これを身につけたら、自分も少しはラダに相応しく見えるだろうか。
「ピンク、と。あと、銀色のこの刺繍がいいです」
「もうひとつは?」
「えーと。うーん」
「そもそも、なにを基準に先のアクセサリーを決めたんだ?」
ライラはラダをぱちくりと見た。
昔、誰かに確かに言われた。ライラはピンクが似合うと。それは紛れもなく、ラダとの思い出にほかならず、ライラは口を結んでラダを視線を向けた。
そんなの重すぎる。ラダの言葉を今も信じているなんなて。ラダを見れば、なにか固まってライラから顔を逸らしていた。
「ピンクは確かに、ソナタに似合う」
「え?」
「オマエのイメージといったらこれだ」
今日のドレスもピンク色のものを着ているけれど。ラダは昔のやりとりを覚えていないに違いない。ラダは昔、ライラに言った。
『オマエは優しげな色が似合う。ピンクは特に』
無意識で、その言葉を思い出しては、無難にピンクのドレスを選んでいたような気もする。
「決まったら、あとはダンスの練習だな」
「ダンス?」
「外交の席で、俺と一曲」
あまり考えないようにしていただけで、ラダの妻になるということは、思いのほか大変なことなのかも知れない。