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三十八、そして呪いは解かれた

 この国には、おとぎ話がある。白きドラゴンが国を安泰に導くという、素敵な素敵なおとぎ話。

 呪いが解けたラダは、真っ先に城へと走った。


「父上! 兄上!」


 王さまも、シド皇子もハルト皇子も、自分に起こった出来事に涙を流していた。どんなにいがみ合っていたって、同じ傷を抱えた者同士だ、その解呪に家族中で抱き合い、涙を流した。ラダの解呪に必要だったのは、真実の愛。純潔の乙女、真実の愛をもってドラゴンに口づけし、白きドラゴンの呪いは解けて、幸せとなる。つまり、ライラだけがラダを愛していても、ラダだけがライラを愛していてもダメなのだ。お互いがお互いを思いあい、その口付けが呪いを解く。そしてそこに、聖女なる乙女は必要ない。聖女であろうとなかろうと、そこに清き愛が存在する限り、この呪いは解かれるのだ。


「まさ、まさか、こんな日が来るとは」


 シド皇子が泣いている。ライラは自分だけが部外者であることを知っていたのに、ラダがどうしても同席してほしいと頼むから、この場に居合わせている。

 ハルト皇子も、自分の呪いが解けたことが信じられないらしく、何度も何度も自分の右足をつねっている。つまり、ハルト皇子の呪いの発動所作がそれだったのだ。現実をかみしめると、ハルト皇子が感極まってラダに抱き着いていた。


「ラダ。冷たく当たって悪かった。ライラ妃も、悪かった」

「あに、うえ?」

「オマエが来て、母が無実の罪で死んだ。しかし、犯人はキリ王妃だとオマエの妻が明かしてくれた。オマエはなにも悪くなかったのに」


 絡まった糸がほどけなくなって、いつの間にかどれが本当の自分かわからなくなっていった。皇子というのは、それほど重い呪いであり、だからこそ、王というのは、国を守り導かねばならない。

 ハルト皇子がラダに頭を下げる。


「正直、今でもオマエが平民の子だというのは認められない。だが、それを抜きにしても、オマエの行動は王になるに値するものだった」


 シド皇子もハルト皇子もドラゴンの呪いを持っているが、今回の隣国メルの戦争には赴けなかった。自分がドラゴンだと周りに知られるのも、呪いが進行するのも、戦争で死ぬのも、どの覚悟も持てなかった。自分の小ささを嫌でも思い知らされる。最後の良心が、芽生えた。いや、呪いは心をもむしばんで、だからこそ、呪いが解けた今なら、シド皇子もハルト皇子も素直になれる。


「この国は、オマエが導け」


 王さまを見ると、涙を流しながら微笑んでいた。今すぐ兄弟のしこりがなくなるわけではない。けれど、きっとこの兄弟は、三人でこの国を導いていくのだろうと、ライラにはそんな未来が思い描けたのだった。


 ラダとライラには、もう一つやり残したことがあった。隣国メルに、今度は馬車で赴いた。戦争の傷跡はいまだに街に残るが、復興に勤しむ国民の顔は明るい。


『魔物の長。魔物と人間の間を取り持つものとして、申し入れる』


 ラダの呪いは解けた。今では誰に頭を触られても、ドラゴンに変身することはない。その代わりに、ラダは自分の意図したときにドラゴンに変身できる祝福だけが残った。それはラダの答えだった。魔物として、人間として、ふたつの架け橋として、ラダはドラゴンに変身する祝福をその身に残した。しかし、この祝福、少々厄介なもので――


『白きドラゴンは、人間と魔物の懸け橋になると、魔物側にも言い伝ってはいるが。ドラゴンなど、魔物ではないか』


 魔物の長がそう言うのは、ラダもライラもわかっていた。だからライラが、この場所に共に赴いたのだ。ラダはドラゴンの姿で魔物の長の元に来た。

 ラダに残された祝福は、しかし、元の姿に戻るための条件があった。それが、


「ラダくん」

『ライラ』


 妻の接吻なのである。ライラがラダにキスをすると、ラダが人間の姿に戻る。それは呪いではなく祝福で、ラダがまだ半分は、魔物である証拠だった。魔物の長が目を見開いた。


『はっ、それがオマエの答えか。呪いは解けても、魔物としての自分も残すと』

「そうだ、これが答えだ。そして俺は、ライラを手放すつもりもない。そもそも、俺たちの呪いが解けた今、魔物たちも、その力が弱まった。違うか?」


 呪いには代価が伴う。魔物たちは、約束をおかした人間の王族に、ドラゴンになる呪いをかけた。その代価として、呪いを解呪した暁には、魔物の力が弱まる。キリ王妃の呪いの件がなければ、たどり着けなかった答えだった。


『負けだ、俺の負けだ。負け。わかった。オマエを信じよう。人間が約束をたがわない限り、俺たちもそちらを侵すことはない』


 魔物の長は、人間でもない、魔物でもないこのラダという青年の説得の甲斐あって、不可侵条約を再び結ぶに至るのだった。もとより、最初からふたつの種族がいがみ合っていたわけではなかった。約束をたがえたのは人間のほうであるし、その報復で、リノアの王族はドラゴンになる呪いをかけられた。もしかしたら、その呪いは、魔物からの助けを求める声だったのかもしれない。魔物が人々からどんな扱いを受けるのか、その身をもって経験せよ。そうすることで、魔物たちは、人間にわからせたかったのかも知れない。


 全てが丸く収まって、ライラたちは平和を噛み締める。


「ラダくん。今も私とは契約結婚だって思ってる?」


 夜になると、ライラは少しだけ不安になる。この幸せが、明日も続くとは限らない。寝る前に、ライラはラダの腕の中で、いつも、何度でも同じ質問を繰り返す。ラダは飽きもせずに、毎日同じ言葉をくれる。


「契約結婚とでも言わなければ、オマエは俺と結婚しなかっただろう?」

「それは、そうだけど」

「それに、呪いを子に受け継がせたくなかったから、オマエとは距離を置いていただけで。呪いが解けた今となっては、オマエとともに生きたいと切に思っている。ライラは違うか?」


 ふるふると首を横に振る。ラダがライラの額にキスをする。ライラたちの呪いの物語は、ここで終わる。けれどこの先、また人間が悪しき考えを持とうものならば、今度は呪われたドラゴンではなく、祝福されたドラゴンが、この世界を終わらせるだろう。そうやってライラたちは平和を維持して、今日も何事もなかったことに安堵する。

 ライラは今も、時々城を抜け出して、妃ではなくただのライラとして料理をする。それはラダも同じく。

 ライラとラダの呪いの物語は、これにて終幕。この後、リノアは末永く、末永く白きドラゴンに守られて繁栄したとかしないとか。


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