表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

35/38

三十五、ラダと魔物の長?

 それからしばらくは、ライラたちはイルの家で世話になった。ラダもイルの家から城に通った。修行のついでもあったし、ハルト皇子からライラを遠ざけるためでもあった。

 ラダがイルから正式に卒業を言い渡されたのは、突然のことだった。奇しくも、隣国で魔物たちが暴れだしていた。


「そもそも、俺が教えたかったのは、真心だ」

「真心」

「ああ。見たところ、ラダにはライラ。ソナタがいれば、誤った力の使い方もしないだろう」


 イルは、「俺ももう、引退だ」と嬉しそうだった。つまり、ラダのドラゴンなる呪いを、悪用せぬように。鍛え上げた剣を、市民に振りかざさぬように。権力をかさにきて、間違った政治をとらぬように。イルは数多の王族に剣とドラゴンなる力の使い方を指南してきた。だからこそ、間違った道に進むものたちを、何人も見てきた。


「師匠。俺は」

「ああ。隣国を魔物が襲っている。ラダ。ソナタはその呪いを疎ましく思うのだろうが」


 隣国で戦争が始まるか否か、といった状態が続いているのは、ライラの耳にも届いていた。隣国が魔物の手に落ちれば、次はこの国、リノアが危ぶまれる。

 戦況は人間に不利だった。いくら人間が武装したって、魔物たちにはかなわない。

 イルの言いたいことは、きっと。


「俺たち王族の呪いは、こういう時のためにあるのですね」

「物分かりのいい弟子で、悲しくなるよ」


 イルも隣国に助太刀に行きたいところだが、何分歳にはかなわない。それに、最近はもう、銀色のドラゴンではなく、半分は黒きドラゴンになってしまった。


「私は、わたしは……っ」


 ライラはいまだ、聖女なる力も制御出来ないし、剣だってうまく振るえない。ライラは自分だけが蚊帳の外だと、知っている。けれど、無力を受け入れるつもりはない。


 ラダとライラは、城に戻った。ずっとイルの家と行き来していたから落ち着かない。それに、事態が事態だから、ライラは妃として、城から国民を導かねばならない。


「ラダくん」


 隣国の戦火が厳しくなりつつある今日、ラダはとうとうそこに赴く準備を終えた。ライラもついていくと言い張ったのに、ラダはライラをこの国に置いていくと言った。けれど、それじゃあ、意味がない。ライラはこの半年、必死に修行した。回復魔法しか――それも意図した時には使えないかもしれないけれど。


「ライラ。それでもオマエは、来るのか」


 ラダは、鎧をまとっていなかった。ルイスはまとっているというのに。最初から、ラダだって。


「私が、ラダくんをドラゴンにする」

「……だが、本当に危なくなったら、ルイスに預ける。いいか?」

「大丈夫です。そんなことにはなりません」


 にっと笑う。うまく笑えているだろうか。怖くないわけがない。だけど、ラダを一人にすることの方が、何倍も怖かった。

 その日、リノアから白きドラゴンが飛び立って、街ゆく人々は、伝説のドラゴンに祈りをささげた。普段はドラゴンなんて、恐怖の対象としてしか見ないというのに。


 隣国、メルには、魔物の集団が襲い掛かっている。戦火で街が焼けていた。魔物の数は多くはないが、いかんせん魔物の魔法や力は人間の何倍もある。


「ラダくん、あっち」


 ライラはラダの背中に乗って、ラダの頭にずっと手を触れている。ライラが頭に触れている限り、ラダはドラゴンの姿のままだ。軍より一足先に到着したラダは、魔物の群れに向かって火を噴き、メルの人々が歓声を上げた。


「リノアの援軍だ!」

「ああ、伝説の白きドラゴンさまだ!」


 魔物を一気になぎ倒し、ライラが人々にラダの声を代弁する。ラダの声は、ドラゴンになってもライラにだけはわかる。


「皆さん! 魔物は引き受けるので、街の人の避難誘導を!」


 ラダの咆哮。ライラは目を凝らす。魔物たちが退散するその先を見極める。街には魔物の残骸。吐き気を催す。自分は、人間を救うために、魔物を殺した?


『ライラ? 大丈夫か?』

「はい……魔物とは……分かり合えないのでしょうか」

『ライラ?』


 ラダの青い瞳が、揺れる。ライラはフルフルと首を振って、


「あっち。あっちに魔物たちが、逃げていきます」


 森の奥深くに、大きな気配を感じる。ラダは羽を広げて空に飛び立つ。ライラは落ちないように姿勢を低くして、ラダに身を任せて、戦火の街を見下ろした。


 降り立った森には、大きな魔物が潜んでいた。火を吹き氷を吐き出す、魔物だ。大きさは城一つ分ほどもあり、頭が九つある、犬のようないでたちをしていた。


『なんだ、ドラゴンか』


 魔物の声が、ライラにはわかった。ラダと触れ合っているから、ライラもドラゴンの一部になっているのだろうか。


『わたしは魔物の長。オマエは、ドラゴンの呪い持ちの人間、といったところか』

『わかるなら話が早い。我々を脅かすな。さすれば人間も、手を引く』


 ラダは地上に降りたって、魔物の長をまっすぐに見据えた。とたん、けたたましい声を上げて、魔物の長が笑い声をあげた。空気が振動する。ライラの鎧が震えて、肌が痛い。


『最初に侵したのは人間の方ではないか』

『ならば』

『オマエは。ドラゴンの呪い持ちのオマエなら、魔物がどんな扱いを受けるのか、わかるんじゃあないか?』


 ラダが黙り込む。ハッとする。ライラは今まで、ドラゴンの姿になったラダが、どんな仕打ちを受けてきたのか、考えたこともなかった。ドラゴンがいくら祝福の象徴とはいえ、人間から見れば魔物に他ならない。だからラダは、ひとに頭を触られることをいつも警戒していた。ラダは、周りからどんな風に扱われてきたのだろうか。それは、ラダがすぐに言い返せないことが答えのようなものだった。


「ラダくん!」

『ライラ……俺は。俺は、それでも。それでも。魔物も人間も救いたいと願うライラのために。魔物と不可侵条約を結びたい』

『はっ、オマエ、もうほとんど魔物じゃないか』

「それは、どういう……」


 魔物の長がラダの尾を指さした。体が黒く変色し始めていた。


「な、なんで。だって、まだラダくんは」

『ははっ、知らないなんて、めでたいな。ドラゴンに変身する回数が増えれば増えるほど、その呪いは進行する。オマエ、もう、人間でいる時間より、ドラゴンでいる時間の方が多いんだろう?』


 そんな、自分のせいだ。ライラに自責の念が押し寄せた。自分がノフを助けたいと思ったせいで。イルに修行を頼んだせいで。ライラはなにも知らない。呪いのことをなにも。涙が、こぼれた。それはラダの硬い皮膚を濡らし、ラダは目だけをライラに向けている。


『ライラ。大丈夫だ。魔物の長』

『なんだ、若造』

『それでも俺は、オマエたち魔物にも、良心があるのだと、信じたい』


 ぐおおおお、と魔物の長が吼えた。それは笑い声には程遠いのに、どこか嬉しそうにライラには聞こえた。空気が振動する。他の魔物たちが、魔物の長に跪いた。


『今回は、オマエに免じて引いてやろう。若造。呪いが解けても、その女がいなくなっても同じ気持ちでいられるのなら、俺も考えを改めよう』


 つまり、ラダが半分魔物だから、だから魔物たちに肩入れしている、魔物の長はそう言いたいのだろう。ライラは悔しさから唇をかみしめた。この場にいる、ライラだけが部外者で、なんの力にもなれなかった。ただの足手まとい。ライラは、守りたい人の役にすら立てない。


『ライラ』

「なんです」

『俺はそれでも、オマエがいなかったら、ここまで来られなかった』


 休戦の知らせをいち早く伝えるために、ラダはライラを背中に乗せたまま、ドラゴンの姿のままリノアに帰った。広々した空の旅は、ライラには窮屈で涙が出た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ