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三十三、ラダとマリ王女?

 サリーの病の注意点をネル国王に告げて、ネル国王とサリーは、笑顔でこの国をあとにした。サリーは適正体重とはいかないものの、自分を醜く思うことを改め、また、自分が食べていたものを吐いていたことを、父であるネル国王に全て話した。こういった病の第一歩は、その苦しみを他者に話すことから始まる。それによって、サリーは自分を客観視し、言語化することで自分の病や症状を、改めて考える機会を得る。自分がなにをされて悲しくて、なにをされて嬉しいのか。感情を言葉にするのは簡単なようで難しい。ライラが白豚に囚われていたように。


「ラダくん、うまくいってよかったね」


 ネル国王がいなくなったホールで、ライラはラダに話しかけた。ラダも疲れた顔で頷き、王さまは見送ったネル国王の背中に笑みをたたえた。ライラとラダは自室に歩くべく一歩踏み出す。と、そこにシド皇子とハルト皇子も合流して、全員が同じホールに集まった。


「オマエ、次期国王の座を狙ってるのか?」


 シド皇子の牽制。藪から棒になにかと思えば。シド皇子もハルト皇子も、サリーのことなんて気にもとめなかったのに、こういう行動だけは早い。ライラは少し腹が立って、ふたりの皇子を睨みかけて、やめた。王さまは困ったように、


「いつも申している通り、跡継ぎは、この国の国民から最も支持を受けた皇子に決める。異議は認めん」

「父上! ですが、ラダは平民の子供」

「どの息子も、わたしの大事な子供だ。もし仲たがいするのなら、後継ぎは別の王族から迎え入れる!」


 王さまは、兄弟三人、手を取り合って生きていってほしいらしかった。知らぬは子供たちだけである。こんな風に、兄弟でいがみ合うことは本望じゃない。王さまは誰よりも優しくて、厳しい。ラダをそっと見る。悲しげに染まったそれに、ライラは先の自分を恥じた。ライラはこのふたりの皇子を嫌っていたのに、ラダはそうじゃない。仲良くしたいのだ、兄弟なのだから。そんな心の優しさが、ライラは好きだ。だからラダのためなら、なんでもしたいと思ってしまう。末期だ。


「ふん、どうせラダは、重圧に耐えきれなくて逃げ出すさ」


 シド皇子の辛らつな言葉。ラダは言い返さない。ラダが逃げたことなんて一度もないのに。

「そうだ。ラダは最初から、その器じゃないんだ」

 ハルト皇子も同意する。皇子という座は、兄弟の絆をむしばむ呪いだ。この兄弟の真の呪いは、ドラゴンに変身することなんかじゃなく、兄弟同士でいがみ合っていることなのだと、ライラは思った。ハルト皇子が、ライラの方に視線をよこす。悪趣味な、見定めるような視線だった。


 今日はラダが国務で、外交があるからライラも形だけ同席することになった。ラダに誂えてもらったピンクのドレスをまとい、コルセットはいつもより一段きつめに締めた。窮屈で息をするにも一苦労だが、自分は王太子妃なのだからこれくらいしないととライラは思った。


「アナタがラダ皇子の妃ですか、お美しい」

「あ、ありがとうございます」

「では、わたしと彼は、これから会議故、ライラは部屋で休んでいなさい」

「はい、ラダく――あなた」


 ライラは先に部屋に帰って、ぼうっと天井を眺めていた。一人だとどうにもやることがなく、ライラはベッドに横になる。けれど、どうにも落ち着かない。

 ひとりでの行動は慎むべきだったのに、ライラは城の中を一人で歩き回る。今日は客人が来ると聞いていたのに、ライラはなんてうかつな人間なのだろうか。


 城を歩いていると、見目麗しい少女に呼び止められた。綺麗なブロンズの髪に、エメラルドグリーンの瞳。髪の毛はライラと違ってストレートで、綺麗にハーフアップに整えられている。二重の瞳は形よく、熟れた木苺のような唇が綺麗に弧を描いていた。


「あの」

「私ですか?」


 ライラより二つほど年下だろうか、それは人形のように美しい少女だった。少女がライラに名乗る。やっぱり、人間離れした美しさだ。そこだけ光り輝くようだった。

 冬の城内は寒さがやや残り、ライラは早く部屋に帰りたかった。そんな刺すような寒さと同じ、少女の刺すような視線。


「私はマリと申します」

「あ、私はライラです」

「ライラ……アナタが」


 少女の視線が鋭くなる。ライラはこういう視線に弱い。もともと、太っていたころにこういった敵意の目を向けられてきたから、ライラはどうしても自分に自信が持てない。なにか粗相をしたのだろうかとうろたえれば、少女――マリはライラに向かって恭しく頭を下げた。マリ。聞いたことのある名前だ。どこでだったか。


「わたくし、隣国のオスロの王女でございます」

「わ、えと、ラダ皇子の妃の、ライラでございます」


 ライラも倣ってこうべを垂れたが、本来の王女の風格とでもいうのだろうか、マリの所作は美しく優雅で、ライラは消えてしまいたかった。ライラと身長も体型も変わらぬ少女。またライラは、他者と自分を比較している。自分は自分なのだから、と背筋をしゃんと伸ばした。


「ラダさまから、聞いていらっしゃらないのですね」

「ラダく……旦那さまから?」


 ライラが顔を右に傾けると、マリがにこりと、まるで氷のような貼りつけた笑みを浮かべるのだった。やはり、マリは最初からライラになにか悪意――ライラの気のせいかもしれないが、ライラを白豚と蔑む人々と、同じ類の感情が見て取れた。


「ラダさまと私の婚姻の話が進んでいたのですが……ライラさまという方が出張ってきて破談になりましたの」

「……!」


 これは、牽制だ。このマリという少女は、ライラを探して城をうろついていたに違いない。証拠に、その視線は冷ややかで、ライラはこの場から走り出したくなる衝動をこらえた。仮にも妃になった以上、ライラも相応にふるまわなければ。マリは美しく笑っているけれど、それは氷のような貼り付けたもので、冬の寒さとは違った震えがくる。少し考えればわかることだった。ラダの婚約者のことは、ラダの母の件を調べる際に、不可抗力とはいえ知っていたのだから。


「それは……私と旦那さまは、もともと同級生なのです」

「へえ、聞いた話、ライラさまって」


 お太りだったのだそうね。ふふふ。

 マリの冷たい笑みに、腹の奥が冷たくなった。どんなに頑張って痩せたって、ライラはいまだに太った白豚のままなのだ。醜い容姿も性格も、なにも変わっていない、白豚のライラ。醜くおこがましい、豚。マリはそう言いたいのだろう。ラダに相応しいのは自分なのだと。ひとはすぐには変われない。ライラが自分の心の弱さを自覚したからといって、それがすぐさま改善されるわけではない。心ほどもろく、難しいものは存在しない。


「ほほ、どんな方なのかお会いしたかったのですけれど」


 マリがライラの耳元に顔を寄せる。冬の空気が揺れて、ライラの頬を撫でた。


「たいしたことないですわね、ブス」


 言い返すことなんてできるはずがない。マリの言っていることは真実だ。ライラは白豚で、おこがましくもラダを好きだなんて。そのうえ、両思いだなんて浮かれて。自分は馬鹿だ、大馬鹿者だ。自分みたいな人間が、ラダに釣り合うはずがない。心が崩れ去っていく。ライラはただ、努力した自分を認めたかった。他ならぬ自分自身で。自分は頑張ったのだと、自分で自分を褒められたら、どんなに生きやすかっただろう。


「ライラ……?」

「わ、ラダ皇子さま?」


 マリの声音が弾んだ。ライラはうしろの声を振り返ることができなかった。マリが整った天使のような顔でラダに微笑みかける。本来この場所は、ライラがいるべきではなかった。マリの場所を、ライラが奪った。マリの怒りや嫉妬を、ライラは受け止めなければならない。涙が込み上げる。けれど堪えて、ライラはラダを振り返ることができなかった。

 ラダがライラの隣にぴたりと止まった。あたたかな風がライラを慰めるように、ラダのにおいがライラの隣に、止まった。


「ライラ? 顔色が悪いが?」

「いえ、なんでもないのです」

「ラダ皇子さま。わたくしを覚えていますか?」


 マリのつややかな声。対して、ライラの声には張りがない。ラダはライラを心配し、顔を覗き込む。マリがまた、ラダの名前を呼んだ。しかし、


「オマエなど知らん」

「ひどいですわ。わたくし、マリです。オスロの王女、マリです」

「ああ、オスロの。ソナタの父上と話は済んだ。もうお帰りいただいて結構」


 ラダはライラの腰に手を添える。それはまるで、大事なものを両手に包み込む時みたいな優しさをはらんでいて、ライラはその手にすべてをゆだねたくなった。落ち着く居場所。ライラだけの。


「大丈夫か?」

「だ、大丈夫です」

「ラダ皇子さま、今からでも遅くないですわ。わたくしとの縁談を。その妃を廃して、王族同士が結婚するのが世の常。ライラさまも、城の生活は窮屈だと、先ほど話しておりましたの、ね?」


 マリの圧に押されて、ライラはコクリと頷いた。そんな話は一切していないのに。しかし、ラダはライラを見透かすかのように、ライラを背中にかばったのだった。


「マリ王女。ソナタとの婚約破棄の件は、わたしも悪いと思っていた。だから、改めて許しを請う」


 ラダが床に膝をつく。ライラは驚き、しかし、マリの方が驚きは大きかったようだった。ライラの前にラダが跪いたせいで、ライラからマリの表情がよく見えた。目をまん丸にして、体が震えている。寒さからではなく、怒りから。


「え、え? なんで。わたくしのほうが、王女ですし、見た目だって」

「マリ王女。これは俺が望んだ婚姻なのです。ライラとは、小学院の時から思いあっていたのです。ゆえに、わたしはマリ王女との婚約を破棄しました。それは許されることではありません。マリ王女からの罰なら、甘んじて受けます。ですので、ライラにはなにもしないでいただきたい」


 最後の言葉を強めに、ラダが膝をついたままマリを見上げた。マリの顔がみるみる真っ赤に染まっていく。ラダは立ち上がると、ライラを振り返ってその手を取った。マリがいようがいまいが、ラダはライラの手を優しく握る。いつだって、ライラを優しく包んでくれる。胸がじんとした。


「ライラが気に病むことはない。行こう」


 そうしてライラは、ラダに連れられて城のライラの部屋へと向かうのだった。

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