三十、ライラとサリー?
サリーの素性を隠して、ライラはノアに赴いた。ノアは今日も大反響で、かき氷を始めとした料理があちこちに飛び交っていた。お客さんも、西域から東洋、さまざまな人間で賑わっている。ここでは国も人種も関係なく、楽しく料理が振る舞われる。
「あれ、ライラ。今日は店番じゃないよね? 店長も」
「すみません。サリーさん――この方が、体験入店したいと」
サリーが、ライラの背中から店員たちに頭をさげた。店員さんも頭を下げて、チーフのカドが足を止めた。ラダがカドにあらましを説明する。サリーに料理を見せたいこと。そうして食べ物に興味を持って欲しいこと。カドはすぐさま承諾して、
「体験か。何歳?」
「じゅ、十五歳です」
「いいね、じゃあ、やってみたら?」
カドは、サリーの異様なやせ方を見ても、なにも言わなかった。カドだけじゃない、このお店の誰もが、サリーにとやかく言うことはなかった。
サリーがほっとしたようにエプロンをつける。
「サリーさん、体調悪くなったら、言ってください」
「あ、はい。でも、お料理屋さんって、いいにおい」
すん、と鼻を鳴らす。料理に興味はあるようだった。ライラとサリーはキッチンに入る。今日はかき氷が飛ぶように売れる。手を洗って、ライラは料理をひとつずつ説明しながら、サリーと共に調理していく。
「すごい、こんなもの、私初めて見ました」
「サリーさんは、削ったかき氷にフルーツのソースをかけてください」
「あ、はい。すごい技術ですね」
「これは、ラダくんの特注なの」
ふふ、と笑って、ライラも仕事モードだ。加熱したハンバーグ、生の魚を切りつけてカルパッチョに、今日は鶏肉の煮込みもよく出る、寒い日には、煮込み料理が体にしみわたるだろう。店内は、いつもよりあたたかく、暖炉は全開だ。そうすることで、冬でもかき氷が売れるように工夫している。サリーも、かき氷の盛り付けを楽しんでいるようで、しゃりしゃりと小気味いい音が料理場に響いた。
「ふう、昼休みにしようか」
カドの合図で、いったん店の看板がクローズになる。ライラもサリーも、キッチンに椅子を持って来て、疲れたね、と笑いあった。料理は戦いだ。お客さまを待たせないように、かつ衛生的に美味しく。
「でも、料理って、楽しいです」
サリーには、自分が作ったかき氷を食べるお客さんを見てくるように、ホールも任せた。サリーの顔が、だんだんと明るいものに変わっていって、ライラも一安心していた。この子は、今ならまだ治る。食べ物を吐く行為は、今ならまだ引き返せる。
「はい、今日のまかないだよ」
サリーがいるからか、今日はカドがまかないを作ってくれた。カリーだ。
「あ、私」
「あれ。豆のカリーにしたんだけど、ダメだった?」
「や……食べます」
カドは本当に細かいところに気づく人だ。サリーは、キッチンの合間に色々な料理を味見させてもらっていたのだが、肉料理だけは食べなかった。サリーのドレスだって、リノアのものと違って、体のラインを隠すものだ。サリーが西域の人間だと話していないのに、カドはすべてを察して、まかないを作ってくれた。
サリーが、震える手でカリーを口に運ぶ。呑み込む様子は、無理矢理といった感じだった。やっぱり。ライラの予測が確信に変わる。サリーは、食べることが怖いのだ。再び太って、醜いと周りに言われることを恐れているのだ。
すべてを平らげたサリーは、すぐさま席を立った。トイレに駆け込んだようだった。
トイレから出てきたサリーに、声をかけるべきか、ライラはずっと、悩んでいた。今日、この料理店に連れてきた時点で、この話をするタイミングは、ここしかないのもわかっていたが。
トイレから出てきたサリーは、ぐったりしていた。唇もカサカサだ。
吐きダコをこすりあわせて、サリーは、トイレの前にいたライラを見つけると、ぎくりと肩を震わせたのだった。
「あ、ライラさま?」
「サリーさん。その手」
指さすと、サリーは、「転んだんです」と取り繕った。なんて言葉をかけていいのかわからない。けれどきっと、ライラだってこうやって、誰かに優しくしてほしかった。
ライラはサリーを抱きしめる。自分はサリーの味方なんだよと、それだけは知ってほしかった。
「ライラさま?」
「つらかったでしょう」
「なに、が」
「そうやって、吐いてしまう自分を責めて。サリーさんは、なにに傷ついたのですか?」
ハッとしたように、ライラの腕の中でサリーがライラを見上げた。やがてその目に涙がにじみ、ぼたり、そのしずくが零れ落ちた。
「わた、わたし」
「はい」
「私、太ってて。肉、食べてないのに、太るわけないって、みんな、私のいないところで、ひそひそ、話してて」
サリーは、国王の娘だ、だから、ネル国王と同じく、宗教柄肉は食べない。なのに、太る。それは思春期なら不思議ではなかった。思春期は体に変化が出やすい。一時的に太ることはなにも珍しいことではない。だけれど、太っているから、肉を食べていると揶揄される。醜いのは、肉なんてものを食べるあさましい心の表れだと、いわれのない中傷を受ける。本当は、そうやって根も葉もないうわさをたてる人間の方が、何倍も醜いのに。サリーは繊細な心の持ち主だから、だからその言葉に悩んで、頑張って痩せる決意をした。食べたものを吐き出せば、簡単にやせることができる。なにより、ネル国王に心配を掛けずに痩せるには、食べているところは見せねばならない。
「サリーさん、滞在中の一か月、私がお料理を教えます」
「ライラさまが?」
「はい。私が太っていたのはご存じですよね」
ライラは、サリーに正しく痩せてほしい。だから、この一か月を、正しい知識の普及に務めたかった。




