二十七、ラダはライラが?
「ただいま、かえりました」
「おお、ライラ。心配したんだぞ。ラダときたら、血相を変えて追いかけて」
「師匠、やめてください」
「そういうな。ソナタたちは両想いなのに、なぜそうもすれ違う」
両想い、と、前にもイルは言ってくれた。ライラを追いかけてくれたのも、もしかするとその言葉が本当だからかもしれない。ライラは期待のまなざしをラダに向けた。しかし、ラダはいつもの冷たい顔のまま、
「両想いなど、ありえません」
「ラダ?」
「俺とライラは、契約結婚の関係です。それ以外のなにものでもありません」
ラダの目は、なにも映していなかった。ほら、やっぱり。ラダは自分のことなんて。
「私なんて、ラダに釣り合うはずないんですよ」
ライラは部屋に戻る。ラダもライラについてきていて、ライラは髪の髪留めを外しながらドレッサーの鏡を見た。このドレッサーはイルが買ってくれたものだ。イルはまるで、ライラを孫か子供の様に接してくるところがある。
「ライラ」
髪を梳くライラに、ラダが改まった様子で話しかける。
「なんですか」
ライラは椅子のうえでくるりと体を回転させた。
「俺はオマエのことを」
「わかってます」
本当に好いた人間ではないことくらい。なのにラダはライラをおもむろに抱きしめて、ライラはその場に固まって動けなかった。本当なら、振りほどくべきだった。ライラはまた、勘違いする。このままでは、飾りの妃ではなく、本当の妃の座を望んでしまう。だめだ。
「ラダくん、離れて」
「ライラ。俺は、ほかの女に触れられるくらいなら、呪いなんて解けなくていい」
「それはどういう……」
一度ラダの体が離れて、そのままラダの顔がライラの顔とゼロになった。鼻先が触れるほどの距離で、ラダが笑っている。
「好きなんだ、ライラ」
「ラダくん……」
「だからこそ、オマエを縛り付けたくない。俺と結ばれれば、いずれは子供を産む。その子供もまた、ドラゴンの呪いを持って生まれる。それでは、ライラ。オマエが苦しむだけだ。だから、俺を好かないでくれないか」
身勝手だ。ラダは身勝手な愛をライラに向けた。自分はどうこたえるのが正解なんだろう。いいよ、と笑うのか、それとも怒るのか。
しかし、そのどれもが間違いな気がして、ライラはラダを抱きしめ返すことしかできなかった。
「ラダくん、私も好き」
二人だけの時間が流れる。やがてラダはライラから離れて、なにも言わずに部屋を出ていった。
翌朝、ラダはいつものようにライラに接してきた。昨夜の告白のことはもう忘れたのだろうか。ライラはいまだに動揺しているというのに。
「おはよう、ライラ」
「あ。おはようございます、イルさん。……ラダくんも」
しかし、ラダの返事はない。いつも通りだ。
各々に席につき朝餉を取る。今日のラダのご飯もまた、おいしい。
今日はほかほかのパンにジャガイモのスープ、ポーチドエッグなど、盛りだくさんだ。
「ライラ。俺になにかついているか?」
「いいえ。なんでもありません」
やはり、ラダは昨日のことを義務かなにかだと思っているに違いない。
基本的に、ライラが国務につくことはほとんどない。ラダの計らいだった。しかし今日は、西域の国王をもてなすからと、ライラも同席を求められた。その前に、西域の国王をもてなす料理を、ライラとラダはふたりで考えたのだった。
「カリーなんてどうでしょう。国民食みたいですし」
「そうだな。スパイスも最近は貿易でいいものが入ってくる。だが」
西域では、宗教柄肉が食べられないのだとラダは頭を悩ます。ここリノアの料理は肉や牛乳をふんだんに使う料理が主で、リノア風にアレンジしたカリーを出そうと考えていたライラたちは、壁にぶち当たっていた。肉食しないとなれば、代用品が必要になる。
「ベジタリアン、というのは、私も聞いたことがあります」
「なるほど、野菜を食す民」
「はい。西域では、豆のカリーもあるようですが、さすがにわが国でも手に入りませんし」
ダルと呼ばれる、豆のカリーは、西域ではなじみのある食べ物だった。しかし、この国では貴重品のため早々手には入らない。貿易が盛んなこの国でも、まだまだ手に入らない食材は多い。特に西域の食べ物は、経路上もなかなか運びきれない。また、乾燥した西域の食べ物を保存するには、リノアは雨の多い地域だった。
「はあ。肉の代わりになるものがあればいいんですけれど……」
そう思い、ライラはかき氷のレシピを意味なく書き記した。氷は、氷室で厳重に管理すれば、夏まで持つだろう。今は季節も冬だから、氷がたくさんとれる。豆と言えば、羽国から貿易で取り寄せている大豆は、最近は安定してこの国に提供されるようになった。
「大豆……って、トウフにするとおいしいんですよね」
「なんだ、急に」
「いえ……」
羽国では、精進料理が、そうだ、そういえば羽国では精進料理として、肉の代わりに大豆製品が用いられる。特に、コウヤドウフと呼ばれる食べ物は、あれは鶏肉に近い味に仕上げることが可能だった。あれを作るには、冬の寒い気候が必要だ。今は冬、外には雪が降っていた。
「これだ!」
ライラは立ち上がり、ラダが怪訝な目をライラに向けた。ライラは、紙にペンを走らせる。ラダがライラを見守っている。
出来上がったレシピは、いわば精進料理をアレンジしたものだった。
「コウヤドウフ……を、肉の代わりに?」
「はい。トウフを作って、凍らせて水けを抜いて、それを水でもどして揚げるのです。すると、鶏肉のような食感になります」
レシピを見て、ライラの脳内では味がちゃんと浮かんでいる。ライラの特技を知っているからか、ラダは反対することなく、うむ、とうなる。コウヤドウフは、肉の代わりになる。そして、栄養も豊富だ。
「やってみる価値はあるな」
かくして、ライラたちは、西域の国王が訪れる前に、氷室や雪の助けでトウフを凍らせて、コウヤドウフを作るのだった。




