表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/38

二十六、ラダとかき氷


 剣の修行と並行して、ライラたちはこの国・リノアの料理屋ノアで聞き込みをしている。リノアには沢山の旅人が訪れるし、料理屋は聞き込みにはちょうどいい。とはいえ、ライラは料理人として手抜きをするつもりもない。


「かき氷を、牛乳で作るのはどうでしょうか?」

「わ、それは私も思い至りませんでした。それなら、羽国のあんこと相性がよさそうですね」


 裏で料理を終えたライラとルイスは、まかないを食べながら新メニューの案について話し合っている。ルイスの、牛乳でかき氷を作る案は、採用とみて間違いないだろう。今日のまかないは羽国の煮物だ。ラダが前に作ってくれた、ライラのお気に入りだった。はくはくと煮物を食べながら、ライラはルイスをまじまじと見た。


「ルイスさんって、本当になんでもできるんですね」

「いえ、わたしはただ、アイデアを出すならだれでも」


 ルイスは見た目も美しいから、このお店にルイス目当てに訪れる女の子もいるのだとか。ひそかにファンクラブなるものがあって、ルイスの人気はうなぎのぼりだ。カドチーフも、ルイスの仕事ぶりは評価している。正式にノアで働かないかとスカウトされているくらいだった。


「それで、氷を削る手順も、だいたい形になって」


 試作を何回か繰り返して、皆で試食している。氷が舌の上で溶けてなくなる。雪よりも滑らかなくちどけだった。氷を砕くのではなく薄く削ぐようにして、かき氷は薄く美しく器に盛られている。氷菓子は昔から貴族のみに振る舞われてきた。最近ようやく市民にも広まってきたばかりだ。今回のかき氷のポイントは、削る前に氷を常温に置いて柔らかくすること、そして、削る時の刃を、数ミリ単位で調整することだ。また、このかき氷は刃の切れ味が命なので、少しでも切れ味が悪くなったら刃を取り替える。羽国から輸入した氷削機ひょうせつきに溶けかけの氷をセットしたら、数ミリが削れる程度に刃を押しながら削っていく。あとは、器の縁に先に氷を削り落とし、最後に真ん中に盛り付ける。

 今日は、新鮮なフルーツで作ったジャムをかけて、みずみずしいフルーツと氷の相性は抜群だった。


「これ、本当にすごいですね」

「はい。刃物職人、機械職人さんの腕によりをかけて作ってもらったそうです」


 その設計図は、門外不出だ。ラダのお抱えの職人たちが、知恵を絞って作り上げた。ラダは元々、こういったお店を出すのがしょうに合ってるらしく、料理の腕もしかり、その人脈には舌を巻いた。羽国にまで知り合いがいるなんて。ラダは人望が厚く、妬けてしまうほどだった。


「これ、今は冬ですけど、試作品として出して反応見てみたらどうでしょう?」


 ルイスの申し出に、カドが、うん、と頷く。ルイスは恐縮するように、カドを見ていた。ルイスのアイデアは、ライラも大賛成だった。


「確かに。上にかけるフルーツやバリエーションを、実際に聞いてみるのもいいかもしれない。俺から店長に話してみる」


 カドが場を締めて、ライラたちは午後の営業に取り掛かる。ラダは最近、料理屋に来ない。修行と国務で手一杯で、ライラもまた、修行の合間に料理屋に来ることがひそかな楽しみになるほどだった。


 冬季限定、ふわふわかき氷。試作品として出されたかき氷は、噂が噂を読んで大評判になった。口の中で溶けるかき氷。普通のかき氷もこの店では扱っていたが、このかき氷は、ことさら街の話題をさらった。


「ええ、ふわふわかき氷は、もう販売しないの?」


 かき氷目当てに若いお客さんが押し掛けるほどだった。女性から子供、男性まで。ノアの噂は広まりに広まって、国外からの客も増えたほどだった。


「す、すみません。試作段階で」

「試作でいいから!」


 あまりの反響ぶりに、ラダも舌を巻くほどだった。かき氷の販売は、試作として一ヶ月。たったそれだけなのにノアの評判は国中に広がって、ライラたちは問い合わせの対応に手一杯だった。


「店長、これは、うちの目玉になりますよ」

「ああ。これも、ライラのアイデアのおかげ、か。よし、試作から本商品に変更。氷は俺が手配する。明日から正式なメニューだ」


 ラダの許可が出て、わー、と店員の歓喜の声が上がった。今日は夜遅くまでかき氷の件で話し合いがもたれ、ラダがゴーサインを出したことで、明日から本格的にかき氷が正式メニューになることになった。ライラはそれが、とても、とてもうれしかった。ライラが考えた料理が、一つの形になった。


「ライラ、喜びもひとしおだろう?」

「ラダくん。はい、すごく」

「だが、オマエには、まだまだ新作を作ってもらうからな?」


 それは、ライラがこのお店を、続けていいということだろうか。ライラにとって料理は天職だ。だから、ラダの言葉が嬉しかった。ラダは皇子さまで、ライラはその妃だが、こうやって市民と親睦をはかりながら、料理をすることはとても楽しい。


「ラダくん」

「なんだ」

「いえ。いえ……」


 喜ぶべきところなのはわかっている。けれど同時に、ライラは自分の役割もわきまえている。この料理屋で働くのは、なにもライラが料理人だからではない。料理人として、お客さんたちから様々な情報を引き出す役割を担っている。でも、それでもライラは、このお店で働く自分が、誇らしかった。


「ラダくん、私、一層励むね」


 ラダがライラの頭をひと撫でした。無言の肯定。ライラは喜び酒盛りする店員たちを、どこか他人事のように眺めていた。


 かき氷が正式メニューになってしばらくは、修行を休んでライラもヘルプで料理場で働く。ラダは変わらず料理屋にはあまり顔を出さなかったが、ライラたちは確かに通じ合っているのだと思っていた。

 ラダは国務のために城とイルの家を行ったり来たりだ。

 しかし今日は、ラダの虫の居所が悪かった。ライラは久々にお店が休みで、イルの家でとある宝石を眺めていた。


「それは、どこで手に入れた?」


 ライラがリビングでそれを見ていると、ライラに話しかけるラダの声は険しいものだった。


「今日、お客さんから、もらったんです」


 とある客に、ネックレスをもらったのだが、ラダがそれを知るや、雷のような怒りようだった。ばっとライラの手からネックレスを奪い取って、床に叩きつけんばかりの勢いだったため、ライラは慌てて立ち上がり、ラダの手からそれを奪った。ラダがライラを見て顔をしかめた。


「なぜもらってきた」

「だ、だって、くれるっていうのに断るなんて」

「オマエ、宝石を送られる意味を分かっているのか?」

「……?」


 意味なんてあるのか、と首を傾ける。これにはイルもさすがにラダの味方をする。


「ライラ。ソナタ、それは求婚だ」

「え、ええ!? じゃあこれ、返してこなきゃ」

「もういい。オマエの髪の宝石を知っていてこのネックレスを渡したのだから、俺への当てつけだ」

「そ、それじゃ、私……」


 知らなかったとはいえ、ラダのメンツをつぶしてしまって申し訳ない。お飾りとはいえ、ライラはラダの妻だからだ。ライラの髪には、いつもラダに贈られた髪飾りを挿してある。それはラダから頼まれたことで、ライラは本当なら、料理の場にアクセサリーは付けるべきじゃないのを、毎日ラダの言う通りにした。つまり、宝石を身につけるのは、想い人がいるという証になるらしかった。

 ライラがおろおろしていると、ラダが大きくため息をついた。


「世間知らずも、ここまでくるとあきれる」

「だ、だから、返してくると」

「一秒たりとも、ほかの男のところになど行くな!」


 怒鳴られたのは初めてで、言ってしまえばライラの我慢の糸がそこで切れた。


「怒鳴ることないでしょう! ラダくんなんてもう知らない!」


 ここにきて、契約結婚を受け入れた自分が嫌になった。ライラは家を駆けだして、街の中へと消えていく。

 ラダが追ってこないことに落胆する。


「なによ。やっぱり邪魔者だったんじゃない」


 ひとりなんて慣れっこだと思っていた。けれど実際、城で知り合いもおらず、腹のうちを明かせるものもいないとなると、そろそろ精神的にきつくなるのも当たり前だ。


「お嬢さん、ひとりかい?」


 考え事をしていたからか、怪しい老人が近くにいるのに気づかなかった。しかも人通りの少ない道だ。


「や、あの」

「いいね、上玉だ。高く売れそうだな?」


 げひひ、と下卑だ笑いを浮かべて、老人がライラの手をつかんだ。


「離して!」

「離すものか。見たところ家出のようだが。ひひ、年ごろの娘は無防備だなあ?」

「やめて!」


 じたばた抵抗するも。まるで無駄だった。

 ライラの目にしずくがたまる。自分はなにをしてもダメな人間だ。ラダがいなければ、イルがいなければ、こんな老人にまで負けてしまう。


「ライラ!」


 まるでどこかのヒーローのようだった。颯爽と現れたラダが、老人を追い払う。


「ちっ、付き添い人がいたのか!」

「離れろ。これは俺の人だ!」

「あーあー、はいはい。そんなに大事なら、つかんで離すな。喜び損だ」


 老人が舌打ちして去っていく。

 ライラの体から力が抜けて、その場にへたり込んだ。怖かった。


「ライラ、なにかされなかったか?」

「だいじょぶ、です……ごめんなさい」

「なぜ謝る……それは俺のほうだ。つまらない意地のためにオマエを失うところだった」


 腕を取り、ライラを立ち上がらせて、ラダはライラを抱きしめた。

 時々この皇子はこういうことをする。確かにハグなんて挨拶も同然なのだろうが、こうやって優しくされると錯覚してしまう。自分は大事にされている、その価値がある。

 だが実際は、ライラが偽りとはいえ妻だから優しくしてくれるだけで、ライラが妻でなかったのなら、ラダも、イルも、ライラに優しくなんてしてくれないのだろう。


「……帰るか」

「……はい」


 ラダに手を握られたまま、帰路を歩く。ばつが悪くてなにも話せないのは、ライラだけでなくラダも同じだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ