二十三、ラダと解呪?
翌朝、ライラとラダは、修行の息抜きにと、街に繰り出す。イルの計らいだった。酒の失態はなかったことにした。つまりライラは、しらばっくれた。
ラダはライラの気持ちを知ってか知らずか、街を案内する表情は穏やかだった。ライラは興味津々で市場を見渡していた。ラダはライラの手を取り歩いている。
「あの店は?」
「あれは野菜の市場だ。あの店が一番新鮮で、あちらが一番安い」
「あら、ラダさま。そちらは?」
「いや、これは俺の――」
ラダがなにかを言い終わる前に、別の店主がラダを捕まえる。
「今日はいい肉が入りましたよ」
「先日の肉はうまかった。どれ、見ていくか。ライラ」
ラダは自然にライラの手を取り、肉屋の店内を見て回る。
「すごい。塊肉」
「ああ。塩漬けにしてパンチェッタにしたい」
「いいですよね、パンチェッタ。でも、私は手作りしたことないです」
「保存肉だからな。城の保存庫で熟成させるといい味が出る」
ラダは料理の話をしている時が一番生き生きしている。
「お、ラダさま。うちの店も、良い宝石が入りましたよ。先日お探しだったネックレスやイヤリングが――」
コホン、とラダが咳払いする。ラダが宝石を見ていた? なんのために?
もしや、好いた女性が見つかったのだろうか。ならば、こうしてライラが手をつないでいては、変な噂がたってしまう。
ライラはそっとラダから手を離した。
「ライラ?」
「ラダくん。宝石をプレゼントしたい女性がいらっしゃるなら――」
「そのようなものは、いない!」
ライラはラダの横顔を見上げる。どこか気まずそうにも見えたし、頬が赤いようにも見えた。
市場を見ながら、ライラたちは歩く。もう、ラダはいつも通りで、動揺しているのはライラだけなのが悔しかった。
「すごい、大きな魚がいますね」
気まずさを晴らすために、ライラが魚を指さした。
「魚は好きか?」
「魚というか……生魚が好きだったので」
「生魚……?」
ラダは、料理のことになるとことさら目を輝かせる。キラキラした瞳で、ライラの説明を待っているのだ。
ライラはたじろぎながら、
「生の魚……の切り身を、酢飯に乗せた食べ物です」
「ほう」
「え。驚かないんですか?」
生さかなを食べる習慣は、この国には存在しないはず。ライラが調べた羽国の料理だ、実際に食べてみたが、すごくおいしい料理だった。いや、でも、確か料理屋ノアには生魚のカルパッチョがあった。
「生の魚を酢飯に乗せるとは、興味深い」
「よかった。変な料理って言われるかと思いました」
「まさか。オマエの話はなんだって信じ――」
どおん! と近くで爆撃音がした。
ばっとラダが剣を構える。買い出しに来てなお、警戒心を怠らないところは素直にすごいと思う。
ライラは一拍遅れて、魔物たちに目を向けた。市民が逃げ惑う。ライラはあっけにとられて動けなかった。しかし、平和なこの街に、なぜ魔物が現れたのだろうか。北の外れのあの地ならまだわかるのだが。
「ライラ、歩けるか?」
腰を抜かしたライラに、ラダが話しかける。ライラは立ち上がり、こくり、頷いた。
ラダがライラの手を取る。そのまま人気のない森の方向に走り抜ける。魔物たちが、我先にとライラたちを追いかける。
おかしい。
ライラは都の外れの師匠のイルの家にいるとき、ほとんど魔物に襲われたことがない。いや、昨日に限っては襲われた。二日連続で襲われるとなると、どこか不自然さをはらんでいる。
ということは、魔物が街でライラたちを待ち伏せていた、と考えるほうが自然だろう。
「ライラ、どうした?」
ライラの足が止まる。ライラが振り返ると、魔物たちが赤い目をぎらつかせていた。
「なにか、おかしいと思いませんか」
昔の魔物は、人間と不可侵条約を結び、それを守れていた。なのに、今目の前にいる魔物たちは、なにか、そう、なにかに焦ったように理性を失っている。理由があるのでは?
「なにが、魔物たちを焦らせるのでしょうか」
「ライラ?」
どう見ても、ラダを狙っているとしか思えなかった。しかし、今までだって、ラダは街に繰り出していた。なのに昨日今日に限って、襲われている。その理由があるのだとすれば、
「私たちは、純潔の乙女に近づいている?」
知らず知らず、その存在に近づけているのではないのだろうか。だから、魔物たちが暴れる。ラダがドラゴンになってしまうのは、魔物たちから受けた呪いだ、その呪いが解けそうな今、魔物たちは再び王族を狙いだした。自分たちのかけた呪いの解呪を阻むために。
「ラダくん、いったん引きましょう」
「だが、街が」
「大丈夫です。あの魔物たちは、私たちを狙っているのです」
ライラはラダの手を取って走った。予想通り、魔物たちはライラたちについて走ってきている。イルには悪いけれど、イルのところまで行って、イルに助太刀してもらうほかに解決策はないだろう。
イルの家まで走って、イルも騒がしさから家の外で待機していた。そうして、イルは右に三回回転する。銀色のドラゴンが現れた。
「ライラ!」
「はい!」
ライラも、ラダの頭を撫でて、ラダが白いドラゴンに変身する。魔物たちがラダとイルめがけて火を噴き、風を起こす。しかし、ラダのひと吹きの炎で、すべての魔物が退散した。イルとの修行の成果か、ラダのドラゴンとしての魔力はだいぶさまになっていいる。
「ああ、本当に嫌になる。年寄りをこき使うな」
イルはすぐに人間の姿に戻る。しかし、ラダはそうはいかない。ライラはラダの傍に走り寄って、その硬い皮膚に口づけた。
ぼん、とラダが人間の姿になる。もちろん、服はまとっていない。ラダはライラに背を向けてイルの家に入っていく。イルはその場に落ちている服を拾って纏めながら、
「さっきのは」
「さっきの?」
「ラダになにをした?」
キスのことだろうか。
「あ、えと。ラダくんは、ドラゴンになったあと、私がキスすると元の姿に戻るんです」
「それは……」
イルの顔が真剣なものに変わる。
「それが、鍵かもしれない」
服を着終えて、イルに連れられるようにして家に入った。
家に入ると、ラダは既に着替えを終えて、キッチンで手を洗っていた。イルがラダを呼び止める。
「ラダ、呪いを解く方法が、わかった」
「わかった!? なんなのです!?」
手を拭くのもそこそこに、ラダがイルに詰め寄った。イルはライラを指さして、
「キスだ」
「は? 師匠、冗談は」
「冗談ではない。おそらく、乙女の接吻。純潔の乙女の接吻だ。そしてその乙女は、完全なる聖女――伝説上でしか聖女など知らぬが」
それならば、ライラのキスでラダの姿が戻るのも納得がいく。つまり、完璧でないにしろ、ライラのキスでラダの呪いが解けているのだ。それは、ライラが曲がりなりにも回復魔法を使えたがゆえの帰結だった。聖女とは、あらゆる悪を払い、また、回復魔法は聖女にしか施せない。というのは、白きドラゴンと同じくらいに有名なおとぎ話だった。
「な、なら。私では、解けないのでしょうか。一応私も純潔――」
「そこだよ。純潔の乙女、が誰を指すのかがわからねば、きっと俺たちの呪いは解けぬよ。ライラ、ソナタのキスでは不十分。ならばやはり、どこかにいるはずだ、純潔の乙女が」
ラダを見ると、眉間にしわを寄せていた。朗報なのだから、もっと喜べばいいじゃない。ライラはラダに笑いかけた。
「そうとわかったら、純潔の乙女を探さねばなりませんね」
「オマエはそれでもいいのか!?」
「ラダくん?」
「オマエは……俺がほかの女と口づけしても、なにも思わない。そういうことか?」
そういうこともなにも、そうしなければラダを救えないのなら、ライラは喜んでその役割を純潔の乙女に差し出したい。
「わかった。もういい。今日は休む」
「ら、ラダくん」
ラダは自室に戻ってふて寝してしまった。ライラとイルはリビングに残って、ああだこうだと呪いについて話し合った。




