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二十二、ラダと酔っ払い?

 日が暮れて、ライラは平静を装って夕食を作るラダに話しかけた。


「……わ、わー、いいにおいですね。今夜はお魚ですか?」


 大きな鍋に、丸ごと一匹の魚にムール貝、ミニトマト。アクアパッツァだ。ラダはライラを振り返りもせずに、鍋を一心に見つめていた。


「……ああ、新鮮な赤魚が買えたのでな」

「……奮発しましたね」

「まあ、今日はいろいろあったからな」


 本当に、いろいろ。ライラとラダは初めて喧嘩をした。しかもライラは、ラダを殴ってしまった。ライラたちは契約結婚だから、これを夫婦喧嘩と呼ぶにはおこがましいけれど。それでも、夫婦喧嘩であったのならば、仲直りだってできたはずなのに。ライラたちは、しょせん他人で、違う世界を生きている。


「わ、わあ、皇子さまのお料理はいつもながら大変おいしゅうございます」


 ほわん、と頬に手を当てて、ライラは幸せそうにアクアパッツァを屠っている。ふりをする。今日はアクアパッツァにほかほかのフォカッチャ、それにブドウのジュースまでついている。


「ラダ。ライラ。ソナタたちは、なんでそうも意地っ張りなんだ」

「イルさん。私は意地など」

「師匠、俺は少し、夜風に当たってきます」


 ラダは、食事もそこそこに席を立った。やれやれ、とイルがため息をついて、アクアパッツァを屠りながらライラに詰め寄った。白いひげにトマトがついていて、ライラはナプキンでイルのひげをぬぐった。


「ライラ。ソナタはラダをどう思っている?」

「どう、とは」

「好きか嫌いか、だ」


 ここにはイルとの二人きりだから、ライラは正直なところを話した。


「好き。です。ずっと」

「そうだろうなあ。ソナタは強いな。ラダはな、ああ見えてふたりの女性と婚約を破棄している」

「え?」

「一人目は、ラダの呪いを知って気味悪がったそうだ。ひたりめには、呪いの話はしなかったから、長く続いたが。それでも、ラダときたら、破談になるたびに安堵したような顔を見せて。あれは、心に決めた女性がいたのだろうな」


 それがもしもライラだったら、ラダはさっきみたいな態度はとらないだろう。ライラがうつむくと、イルがまた、ため息をついた。


「ラダは、ソナタが好きなんだよ」

「私、ですか? ないです、だって、ラダは私とキスしてもなにも思わないし」

「なんだ、ソナタたち、もうそんな仲に?」


 イルがひゅう、と唇を鳴らした。ライラは慌てて否定するも、イルは言葉を撤回しない。


「良く思い出せ。ラダとソナタの出会いを」

「私とラダくんの?」

「そうだ」


 別れの日の記憶ばかりで、そういえば、出会った時の記憶がなかった。確か、ラダと一緒にお昼ご飯を食べていた。そう、ライラたちは一緒に学校の昼休みに――



「ラダくん、一緒にお昼食べよう?」


 ライラはその日、なんとなくラダに話しかけた。ラダはクラスメイトを避けて、いつもおどおどしていた。なにかにおびえているようにライラには見えた。今にして思えば、ラダは、自分の頭に触れられて、ドラゴンに変身しないようにいつも気を張っていたのだ。

 そう、そうだ。ライラは最初から、知っていた。


「ラダくん、ドラゴン?」


 昼食を一緒に食べてるようになって、一緒に家まで帰るようになった。そんな日だ、あの事件が起きたのは。


「ラダくんって」

「あっ! ライラ!」


 馬車の馬が暴走して、こちらに走ってきていた。御者がこちらに「逃げろ!」と叫ぶ。ライラは恐怖で動けない。ラダがライラの手を取る。

 けれどその先は、思い出せない。いや、今、思い出した。ラダはライラをかばったせいでドラゴンになって、街は大騒ぎだった。だけどライラだけは記憶を消されなくて、ライラとラダは秘密を共有していた。


「ライラ、大丈夫か?」

「ラダくん」


 ライラはラダに手を伸ばす。しかし、ラダはライラの手を途中で握りしめ、頬には触れさせてくれなかった。


「ライラ。オマエになにかあったら、俺は」

「ラダくん。私は大丈夫。丈夫なだけが取り柄だもの」


 あの時、確かにライラは知っていた。ラダがドラゴンだということ。それを二人だけの秘密ねと言われたこと。ライラは確かに、あの日から、ラダの特別だったに違いない。


 すべてを思い出しても、ライラはラダにそれを告げることはできなかった。ライラの思い過ごしかもしれない。そもそも、幼いころの約束なんて、無効だ。ライラが一方的に思い続けていただけで、ラダはとっくにライラのことなんて好きではなくなったのではないか。ライラは疑心暗鬼に陥って、ラダに真実を聞くことを避けていた。


「イルさん。今の話はラダくんには内緒で」

「なぜ。ソナタたちはどう見ても」

「それは買いかぶりすぎなのです。ラダくんは……私なんて好きじゃないです」


 言い切って、そのタイミングでラダが外から帰ってくる。ライラは居づらくなって、


「さて、私先にお風呂いただきますね」

「ああ、俺は外を見回ってくる」


 ラダはいつも通りに戻っていた。外を見回るのはもうラダの心配性のようなもので、つまり魔物やイルからライラを守ってくれるのだ。


 ライラは風呂の準備を終えて、体を洗う。


「今日も疲れた……」


 バスタブにお湯を張って、体にかぶる。熱いお湯をかぶると意識がはっきりしてくる。涙もこぼれた。石鹸で体を洗い、長い髪の毛もきれいに洗う。

 じゃぶじゃぶと温かいお湯を体にかぶり、ほっと一息ついた時だった。


「逃げろ!」

「ひゃっ!?」


 ばたん、と風呂場のドアが開け放たれ、入ってきたのはラダである。しかも「逃げろ」。つまり、今、魔物が襲ってきたに違いない。なんとタイミングの悪い。

 しかし、そんなことは言っていられない。

 ライラは風呂場を出て、体の露も拭かずに服をまとい、屋敷の外にいる魔物たちにばれないように、部屋の中を移動した。

 ライラは現状、魔力も剣も一人前に満たない。ならば、この家の隠し地下で、魔物が去るのを待つしかできない。

 びゅお、ががが、と外から音がする。この時間がなにより嫌いだ。怖いからではない。自分が役に立たないからだ。誰かが傷つくのが嫌だからだ。

 だからライラは、早く剣が使えるようになりたかった。一刻も早く、この現状から抜け出したかった。


 魔物を倒したラダとイルが、家の中へと戻ってくる。


「大丈夫だったか?」


 季節は冬、濡れたまま服をまとったせいで体が冷えた。くしゅ、とくしゃみをすれば、ラダが大げさに心配した。


「大丈夫か? ホットワインを飲むか?」

「いえ、大丈夫です」

「しかし、冷えただろう?」

「おうおう、ラダはライラに甘いなあ?」


 イルの冷やかしを一瞥して、ラダは結局、ライラにホットワインを作った。

 温めた赤ワインにシナモンスティックやレモンを入れた飲み物だ。ライラが未成年なため、ワインは煮きってアルコールを飛ばしてある。


「飲め」

「ありがとうございます」


 服を着替えて、温かいワインを口にする。じわっと胃がやける感覚。そのあと、少しだけ熱い、アルコールの匂い。


「ほへ……?」


 ぽっと頬が熱くなる。目がぐるぐるする。暑くて楽しくて、これはおそらく。


「ライラ?」

「ラダくん、これ、アルコールがつよすぎまふ」

「なん……オマエ、下戸か?」


 アルコールは煮きったはずだ。だが、わずかには残る。そのわずかなアルコールでさえ、ライラは酔ってしまったようだ。

 ふふふ、と笑い、愉快にラダを見る。


「ラダくん、ラダくんっておやさしいですよね」

「おい、からむな」

「またまた。そうやって悪ぶったって、すいてくれるの知ってるんですから」


 ふふふ、と笑いながら、ライラが金色の髪を耳にかけた。ラダの目の端が赤くなる。それが妙に色っぽく見えてしまうのは、酒に酔ったライラの目が潤んでいるからだろうか。ライラがラダを上目遣いに見る。

 イルは「ほう」とうなって、ライラたちを見守るだけだ。


「ラダくん、ほんとうは冷たくなんかなくて。それは、呪いのせいなんでしょう? それで、そう。優しいのに、優しすぎるからクラスメイトともうまく関われないし、お兄さんたちともうまくいかなくて。あれ? なんで。なんでラダくんは周りから疎まれなきゃならないの? おかしくないです? ……おかしいですよ」


 ぽた、ぽた、と泣きだして、ラダはあたふたするばかりだ。どうも笑い上戸なのか泣き上戸なのか判断がつかない。

 そもそも、ラダと契約結婚して二か月余り、ライラからしてみれば見知らぬ世界で一人ぼっち、泣きたくもなるだろう。

 ラダはらしくもないことをした。ライラをきゅっと抱きしめて、頭をポンポンと撫でている。


「オマエは頑張っている」

「ラダくんのほうががんばってます」

「オマエはよくやっている」

「でも、いまだに呪いは解けません」


 そういうところだ、とラダが言った。ライラは自分を卑下しすぎだ。オマエは確実に成長している。ライラにはラダを治せるほどに、確かに回復魔法があるのだとラダは言う。


「オマエには、確かに魔力がある。人柄だって。オマエが料理屋でみなに好かれるのは、なにも料理の腕だけじゃない。オマエという人間に会うために、みなはオマエのもとへ通うのだ」

「あは。ラダくんがやさしいなんて、こわい……です……」


 こて、と寝てしまう。ラダの困ったような顔が、なんだかおかしかった。

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