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二十、ラダと料理?

 王都に帰ったライラたちは、呪いを解く乙女を探すために、料理屋ノアで働きながら、とある老人とともに城の外で暮らしていた。老人の名前はイル、ラダの師匠だ。ラダには武術の心得があるが、ドラゴンになった際の動きにはまだ不自由さが残っている。そこで、代々ドラゴンの指南をしてきたのが、このイルというご老人だった。なにを隠そう、イルも王家の血筋で、銀色のドラゴンに変身する。しかし、ラダのように頭を触られるというような、日常でありがちなシチュエーションではなく、イルの場合は右に三回回転すると、ドラゴンに変身するのだそうだ。それを思うと、ラダの兄皇子たちも、ラダよりははるかに呪いは軽かったのだろう。


「皇子さまって、お料理上手ですよね」


 ライラは正直、自分の料理の腕に自信があった。けれどそれをもしのぐ才能が、ラダにはあるようだった。イルの家で過ごす時は、料理はライラがラダの担当だった。少し考えれば、ラダが料理好きだということはわかるはずだったのに。料理屋ノアを経営するくらいだから、ラダの料理の腕はお墨付きだ。


「俺は……母が料理の上手な人だったからな」


 イルに稽古をつけてもらっているのは、ラダだけじゃない。ライラもだ。ラダがドラゴンで居続けるには、ライラがその背中に乗って、頭に触れ続ける必要がある。もしも魔物を討伐しに行って、途中でラダが人間の姿になったら、それこそ危ない。だからライラも、戦場に赴く決意をしたのだ。この国は見せかけの平和を享受していた。本当は、ノフのように、外れの地には魔物がまだまだ存在する。

 ライラは修行に明け暮れるようになって、料理をする体力が残らなかった。だから、その間のライラの食事の世話は、ラダがすべて担っていた。


「変か?」

「いえ、変とかではなく。すごいなって話です」


 今日は魚介のパスタだった。ショートパスタだ。トマトとチーズがたっぷりの。

 ライラとラダは、ここに来てからずっと行動を共にしている。ライラが魔物に襲われても、すぐにラダが対処できるようにだ。

 そして、ライラは魔力のコントロールを学んでいるのだが、いかんせん『理論』しかわからない。この世界に魔法はほぼ存在しない。それはイルも例外ではなく、イルも魔法については理論しか教えられないのだった。

 ライラにはもしかすると、魔法の才能はないのかもしれない。だったら、ライラの取り得とはなんなのだろう。


「むむむ、私って剣技も魔法も才能ないですね」

「それは否定しない」

「否定してください」


 いきなり魔法、は最初からは難易度が高いため、基礎の剣技から始めてみたのだが、剣を振るどころか持つだけで精一杯だった。イルを招くのだって、最初ラダは猛反対した。


 ノフから借りてきた魔法の書や剣技の書には、生命の感知の仕方が書いてあった。いわく、人の原動力とは生命力なのだという。東洋風に言えば、瞑想という方法が一番早くそれらを感知できるのだそうだ。ライラにも瞑想の知識はあった。減量するに当たって、マインドフルネス、つまり呼吸を腹式にして、頭を空っぽにすることで邪念を払うことができるのだ。この場合の邪念とは、余剰な食欲だ。食欲は生きる上では必要なものだが、暇に飽かしてなにかをつまむというのは脳の癖にほかならず、普通量の食事に戻すために、瞑想はもってこいだった。


「私、やっぱり才能ないのはわかっていましたが」


 鼻から吸って、口で吐く。呼吸を深く、四秒かけて吸って、二秒止めて、四秒で吐いて。そうするうちに、頭に浮かぶのは邪念だ。今日の出来事を振りかえって自己嫌悪に陥ったり、もっと食べたいと脳が欲したり。糖質はわかりやすく人間の脳を依存させる。つまり、血液の中の糖の割合が増えると、人間は多幸感に包まれる。不安を抱える人が甘いものを暴飲暴食するのは、なにも怠けているわけではない。砂糖には依存性があるとは、ノフの学術書を読むまでライラも知らなかった。思い出せば、ライラの減量はノフの本が大いに役立っており、だったら、ノフの歴史書の価値は、ライラが一番よく知っている。


「ラダくん。瞑想してみる?」

「ああ。俺にはどうも、集中力が足りんようでな」


 ラダは、極力ドラゴンになることを避けてきた。最近は、魔物の討伐に向けてドラゴンの姿で修行することも増えて、だけれど人間がドラゴンの力なんてうまく扱えるはずもない。それはラダの兄皇子や、王さまも同じなのだろう。ラダは行き詰まりを感じているようだった。


「そう、足を組んで座って、鼻から吸って、口で吐きます」


 すう、はあ。ラダの口がかすかに開く。その唇は形がよく、ライラはつい見惚れてしまう。いけない。こういうのを邪念と呼ぶのだろう。


「ラダくん?」


 一度教えただけで、ラダの意識がだいぶ集中しているのがわかった。ライラが呼んでも返事をしない。深く、深く自己にもぐっていく。ラダには、もともと邪念がないのかもしれない。

 ライラもラダの隣に座って、禅を組む。

 今日は城の一角、ラダたち王族がドラゴンになった際の避難所の庭を解放してもらって、ライラとラダは修行していた。しかし、ここは人目に付く。もっと別の場所を探す必要があるだろう。なにしろラダがドラゴンになれば、必ず一人には見つかってしまう。ある人はドラゴンを恐れ、ある人は卒倒する。それでは、ラダの心が心配だ。ドラゴンになるというのは、どんな気持ちなのだろう。


「ライラ?」

「ん、あ。ラダくん?」


 瞑想すると、やっぱりライラには邪念しか浮かんでこず、ライラはラダの声に現実に引き戻された。ラダはすっきりしたような表情で、ライラを心配そうに覗き込んでいた。禅を組んだ足が痛い。足を崩すと、ラダもまた、ライラに倣って足をほどいた。ラフな格好のラダもまた、新鮮だった。ラダは、ドラゴンから人間に戻っては、ルイスと剣を交わしていた。剣を振ると無心になれるのだそうだ。ふたりは無言の会話で、腹のうちから信頼しあっているのだろう。男の友情というものかもしれない。


「ライラ、なにか考え事か?」

「あ、ええ。私、禅を組むと邪念ばかりに襲われて。ラダくんは?」

「俺は特に……オマエが隣にいるからか、あんしん――いや、なんでもない。オマエは邪念と言ったって、ひとの心配でもしていたのだろう?」


 半分は図星だったので、ライラは答えられなかった。ラダがふっと笑った。修行の合間のこの時間が、ライラは好きだった。邪念まみれの自分。


「ライラはわかりやすいな」


 そうはいったって、ライラもラダも、毎日瞑想して過ごすわけにはいかないだろう。


「はあ。皇子さま。ここは誰か、魔力の扱いに長けた人を師匠に迎えませんか」

「……俺では不服だと」

「いえ、そういうわけじゃ。でも、このままでは私はただの料理屋です」


 ライラの意見に、ラダが黙り込む。難しい顔をして、


「ならば、ひとり、宛てがある。が、あまり気が進まん」

「そんなこと言ってられないでしょう。そのひとを師匠として迎えましょう? ね?」

「……オマエ、後悔しても知らぬからな」


 その言葉の意味を、ライラは翌日理解することとなる。

 王都を離れて南の地方。


「うい~、あれ、俺の馬鹿弟子が女連れてきた?」

「へ? この酔っ払いが……」

「師匠。俺です。これは俺の妻――といいますか」


 ラダが連れてきたのは、陽気な酔っ払いのいる家だった。女を両手に、昼間っから酒に酔っている。


「ラダ。ソナタ、これか?」


 ラダの師匠が小指を立てる。からかうつもりだったらしいが、ラダがあっさり「はい」と返事をしたことで、師匠がスン、と真顔になった。


「ソナタ、俺の弟子だから女を見る目はあると思っていたはずが」

「なんです、師匠」

「こんな……」


 師匠が両手の女性から手を離して、まじまじとライラの顔を覗き込む。

 じっと見てから、にぱっと笑う。それで。


「ひゃあ!?」

「かわいいなあ、こんなかわいい子どこで見つけてきた?」


 ライラに抱き着いた。硬直するライラに対し、ラダは慣れた様子で――しかし、顔に怒りをにじませて、師匠をライラから引き離した。


「おやおや、やるのか?」

「師匠、酔いすぎです」

「都合のいい時だけ師匠呼ばわり。いいだろう、ソナタの今の実力を見て、再び弟子入りを許すか判断する。よいな?」


 イルの顔が真剣なものに変わる。その迫力に、ライラは呆然と立ち尽くした。

 このラダの師匠はやはり、ただものではない。そう思わせる雰囲気が、彼――イルにはあった。

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