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二、ラダはドラゴン?

「立ち話もなんだし、ちょっとお茶しません……か?」

「だから、俺はオマエなんて知らないし」

「ラダ・スタフォードくんだよね?」

「っ、それは……そうだが」


 ラダは後ろに控える兵士に目配せする。あの兵士はラダを護衛しているらしかった。だとしたら、ラダはいいとこのお坊ちゃんだったのだろうか。二年の付き合いしかないからわからなかっただけで、ラダはどこかの騎士や公爵さまの跡取りなのかも。そう思うと、軽々しく話しかけることも、ましてやお茶に誘うことすらはばかれて、ライラは「ごめん」とラダに背を向けた。

 兵士がラダの一歩後ろに控えて、ライラに頭を下げた。ライラも倣って頭を下げると、兵士はラダでもライラでもなく、青い空を見上げて、息を吐いた。


「おい、待て。茶を飲むんだろ?」

「え。でも、嫌なんじゃ」


 ライラの肩に手を置いて、ラダがライラを静止した。そのぬくもりは紛れもなくラダだった。十年たとうが、ラダのあたたかさは変わらなかった。ライラが振り返ると、頬を赤くして、バツが悪そうにライラを見ていた。先ほどとは違い、ライラの知っているラダがそこにいた。


「ライラ……ライラ・アドリクス」

「名前……」

「あーもう、嘘だ嘘。オマエのこと忘れるわけないだろう。わかってくれ」


 なにをわかって欲しいのかはわからなかったけれど、ライラたちはとりあえず、ライラのおすすめのお店に入った。今ライラが出てきた料理屋ノア、ライラのお気に入りの料理を、ラダにも食べてみてほしかった。好きな人には自分の好きなものを好きになってほしい、なんて、ライラはお気楽な乙女だった。

 

 この国・リノアでは外食産業が盛んになった。海と山があり、食材が豊富なこの町の収入は、料理屋が支えていると言っても過言ではない。それらは、高級店もあれば庶民の店(チェーン店)までさまざまで、ライラはその中でも市内に三店舗展開する庶民向けの店を選んだ。ラダが入り口で一瞬足を止める。店の中から食べ終わったであろうお客さんが出てきて、みんながみんな、ノアの料理を褒めていた。ライラはラダを盗み見る。


「入ろう?」

「ああ、そうだな」


 カランコロンと鈴を鳴らして店内に入る。一瞬、店員がラダを見て口を開きかけたが、ラダがそれを制するように手を挙げた。秘密の多い人だ。


「ラダくん、このお店は嫌だった?」

「いや、大丈夫だ」


 案内された席に座って、ラダが背もたれに体を預けてため息をついた。兵士は店の外で待機しているらしく、あまり長居はできないなとライラは思った。


「はっ、オマエ、なんでこんな店を選んだ? まがりなりにもオマエだって領主の娘なら――」

「ノンノン! 偏見はよくないよ。このお店、お値段据え置きながら、料理も妥協してないのよ。例えば」


 先に頼んだコーヒーが運ばれてくる。契約農園の豆から挽くコーヒーは、酸味と苦味のバランスがいい。今日は頼まなかったけれど、加熱したハンバーグはマデラ酒をアクセントにしたデミグラスソースが至高の美味さだ。ハンバーグと言えば生の肉を叩いたものが主流の中、このお店は俵型に成型して炭火で焼く。そしてそのソースが天下一品だ。とにかく、このお店の料理の評判はリノア一ともいえるほどで、ライラはそれを、ラダに知ってほしかった。


「店員さんも、見て。みんな笑顔でしょ? 働くにはもってこいなんだけどな」

「働く? オマエがこの店の料理を好きなのはわかったが、働くほど生活に困っているのか?」

「あ。いや、まあ……婚姻しないなら働かなければ。私はしがない領主の娘だし。それにね」

 ――私には、レシピを見ただけで味がわかる特技があるんだよ。


 ふうん、とラダが頬杖をつきながらライラを見た。綺麗な顔がライラを凝視して、恥ずかしくなって顔を逸らした。お店の中は人でごったがえしていて、ライラの声なんてかき消されればよかったのに、ラダは一言一句逃さない。


「ならば」


 ラダが紙ナプキンを取り出して、三つのレシピを書き込んでいく。美しい筆記体。所作のひとつとっても完璧だった。ペンを持つ手には豆があって、なにか武芸でもやってるのかな、と呑気なことを考えた。


「この店のハンバーグがどれだか、わかるか?」


 ラダが書いたレシピは、どれも微妙に調味料が違う。例えば、ナツメグの量だったり、バターの量、小麦粉の量、それに玉ねぎの量。ライラは一番左の紙を指さした。ライラの脳内でレシピが味を結んでいる。


「これね。ここのハンバーグのデミグラスソースは、玉ねぎの量と、最後に入れるバターの量も決め手なの」

「ほう、なかなか」

「ラダくん、このお店に詳しいの?」


 いや、とはぐらかされて、ラダは話題を転換した。お店は相変わらず騒がしいのに、嫌な騒がしさではなかった。和気あいあい、といった雰囲気で、みんな楽しそうだった。内装もシックな黒の漆塗りの木造建てだ。漆は国外からの輸入品だろう。


「随分この店を高く買ってるな」

「ま、まあ。色んなお店があるけれど、どのお店も努力していて素敵だよ? ラダくんはお坊ちゃんだから庶民の店なんて知らないだろうけど」

「……! ああ、そうだな」

「え。あ、じ、冗談のつもりで言ったんだけど」


 ラダが目に見えて不機嫌になった。けれど、出されたコーヒーは全部飲み干してから、金貨を置いて先に店を出ていく。ライラは慌てて立ち上がって、自分の会計も済ませてラダを追いかけた。コーヒー一杯に金貨は高すぎる。おつりを渡さないと。店を出るとラダはだいぶ先を進んでいて、その背中はライラを拒絶しているように見えた。昔から秘密主義でよく分からない男の子だったが、輪をかけてわからなくなってくる。何者なのだろうか、ラダは。


「ラダくん、追いついた!」


 ひとけのない道を歩くラダは寂しげだった。走ったせいで足がもつれて、なだれ込むようにラダ目掛けて転んだ。ラダは当然のようにライラを支えてくれて、困ったように笑っていた。あたたかい体温と眼差し。前言撤回だ。ラダはなにひとつ変わっていない。


「たく、昔からドジなのは変わらないな」

「で、も。変わったところもあるでしょう?」

「オマエが?」


 もしかして、ライラは自分が痩せたと勘違いしているだけで、まだ太ったままなのだろうか。醜く、鈍感な頃のライラのままなのだろうか。頑張ったと思っていたのはライラだけで、お化粧も髪の手入れも、なにもかもライラのひとりよがりなのだろうか。


「言われてみたら、背は伸びたな」

「それだけ、ですか」

「……すらりとした。が、そんなことは些末なことだよ。オマエはオマエ。どんな姿だろうと、俺はオマエを見つけられる自信があるよ」


 まるでプロポーズの言葉みたいで、ライラは慌ててラダから離れた。ラダはクック、と笑って、ライラはあわあわするばかりだった。笑うと美しい顔がさらに美しく、そこだけ光が差し込むようだった。

 ラダが笑うのを、ライラは初めて見た。儚く、ライラなんかがラダに釣り合うわけがないと悟る。もう会うことはないだろう。ラダは身分も高いようだし。ライラは急に現実に引き戻され、ラダを真っ直ぐに見られなくなった。顔を逸らし、


「それじゃあ、さようなら」


 そのとき、一陣の風が巻き起こった。風は木の葉を舞いあげて、ラダの髪の毛にはらりと乗った。ライラは風に舞う木の葉を目で追った。思い出に、一枚持ち帰るのも悪くない。木の葉に手を伸ばし、ラダの髪に触れる。


「やめっ……!」


 ラダが避けるよりも、ライラの方が早かった。ぼふ、と先程とは違う、風とは異なる音がする。驚き目を瞑り、開けた時には。


「ドラゴン……?」

「……っ」

「ラダ皇子さま! あとはお任せを!」


 ラダの護衛兵がこちらに駆け寄ってくる。ドラゴンが羽を広げて空に飛び立つ。街ゆく人々がドラゴンを見上げて願い事をしている。護衛兵が町民に声をかけている。


「え。え、え!?」


 ラダはドラゴンで、かつ、皇子で、それでライラのことを覚えてくれていて。

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