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十八、ラダとノフ氏?

 何日か料理屋ノアで働くうちに、旅商人から有力な情報を得ることに成功する。


「ああ、アール・ド・ノフ? 俺が聞いた話、その末裔が、北の果ての地に住んでいるって話だよ」


 商人に声をかけるのはルイスの役割だった。どうしてもライラは、女という性別だけで、商人たちに相手にされない。けれど、そっちがそう来るのなら、ライラは料理の腕を振るうだけだった。


「今日の料理は本当にうまかった」

「はい、当店の料理人に、新しいものが入りまして」


 ルイスに呼ばれてホールに顔を出したのは一度や二度じゃない。ルイスはもともと人当たりのいいひとだから、旅商人から話を聞きだすのもお手の物だった。

 ルイスとライラ、時々ラダ。情報収集にそれほど時間はかからなかった。一週間ほどで、アール・ド・ノフの子孫が北の果ての地にいること、その人はノフ氏の孫だとも奥さまだとも言われている、謎多き女性だということがわかった。


「さあ、行きましょう」

「ライラ。オマエは本当に危なっかしい」


 ラダと予定を合わせて、ライラたちは馬車でその場所まで揺られる。ルイスは念のため武装して、いつもより重い剣を帯刀していた。



 北の果ての地に戻ると、打って変わって、あの女の人がライラたちを家に招いてくれた。ドラゴン姿のラダには、ライラがキスをする。ラダは、どういうわけかライラがキスをすると人間の姿に戻る。それがなにかのヒントなのかもしれないが、ライラにはやっぱりその答えがわからない。


「ラダとライラ、それからルイス。だったか。すまない。私はこの書物を守る義務がある」

「いえ……アナタがアール・ド・ノフさんだったんですね」

「こう見えて、千年は生きている」


 ノフは耳にかかった髪の毛をかき上げた。耳の先がとがっている。エルフだ。エルフなんてもう滅んだと思っていた。でも、確かにエルフなら長命なことにも納得がいく。


「私の書物に、白きドラゴンの記述があったらしいけれど。私にもなんとも言い難いんだ」


 ノフが申し訳なさそうに言葉を吐いた。


「『白きドラゴン、聖なる清き乙女に出会いて』その先は、私も遺跡の言葉を読み取れなかったんだ。だが、その文章は、こう結ばれていた」


 ノフに出されたお茶を、ラダが平静を装って飲み干した。本当は緊張している。ラダの手はわずかばかり震えていた。


「呪い解かれて、幸せとなる」

「それじゃあ!」

「ああ。その乙女を探せばいい」


 ライラでは力になれないが、この呪いを解ける女の子がこの世界に存在する。だとしたら、それはなによりの朗報だった。


「それから。白きドラゴンの呪いが解ければ、ほかのドラゴンの呪いも解けるらしいんだ」

「ほかの? なぜ?」

「白いドラゴンは、すべての呪いを引き受けて生まれてくるからね。ほかのドラゴンは、そう簡単に変身したりしないし、すぐに人間の姿に戻る。見るに、ラダはだいぶ苦労してきたんじゃないのか?」


 ラダはライラになにも教えてくれないから、こうやって人づてにしかなにもわからない。知らなかった自分が憎らしくて、こぶしを握り締めてうつむいた。意地で涙はこらえたが、ライラは好きな人ひとり救うことのできない、無力な人間だ。


「さあ、今日は泊まっていくだろう?」

「ああ。ライラを夜道の危険にさらしたくない」

「なんだ、ラダ。オマエはライラが好きなんだな」


 ノフの笑い声は豪快で、ライラの心が少しだけ救われた気がした。


 今日はノフの家に泊まるとなって、ノフが料理をふるまってくれることになった。


「この北の地は寒いから、煮込み料理が発展したんだ」


 このリノアという国は南北に長いから、北と南ではまるで違う料理が発達したのだ。四季も存在するため、他国からの旅行者も多い。

 ノフが作ってくれたのは、牛乳にたくさんのニンニクを入れた、鶏肉の煮込み料理だった。


「もとは隣国の料理だったんだが、私はこれが一番好きでね」


 ニンニクは丸ごと一個、大きめのみじん切りに。そしてそれを牛乳で煮込む。鶏肉は一口大に切って、煮込むからほろほろだ。そして、最後にたっぷりのチーズを入れるのがノフ流なのだという。


「シュクメルリという名前だ」

「これは」

「ラダくん、私」


 鍋を開けた瞬間――というよりは、料理中もニンニクの匂いが立ち込めていた。精力をつけるのはもってこいだが、当分人には会えなくなるだろう。

 ライラがなにを心配したのか察したラダは、ノフの家の外で護衛するルイスを家の中に呼び込んだ。


「みなで食べれば、においも気になるまい」

「はい……でも、王都に帰るのは少し先にしましょう」

「どちらにしろ、ここに来るまで五日はかかった。帰りもそれだけかかれば、においも残るまい」

「そう、ですよね」


 だが、このニンニクの匂いは魅惑的だ。寒いこの地で食べるからそれもひとしおだ。

 ライラは恐る恐るスプーンでスープを掬って口に入れた。もう、そのあとはなにも考えられなかった。こんなにも美味しい。


「良かった。牛乳にニンニクを合わせると、抵抗のあるものも多くてね」

「いえ、いえ。これ、ほんっとうに美味しいです。ニンニクががつんと来て、鶏肉も柔らかいし、チーズ、このチーズがまた、いいです」

「ああ、それね。私の作ったチーズなんだ」

「え! チーズまで!」


 ライラの傍ら、ラダもルイスも無言でシュクメルリを食べている。よほど美味しいのか、ラダはお代わりまでしていた。


「チーズは本来、山羊の胃にミルクを入れて作っていた。私はその方法を守っているんだ」

「なるほど。今はレンニンっていう凝固剤が売っていますもんね」


 レンニンは簡単にチーズを作れるが、こうやって昔ながらの製法は、やはり味の質が違う。


「私はね、技術を否定するわけじゃないんだ。ただ、よきものは残して、後世に伝えたい」

「素敵ですね。だから、歴史書も」

「そうさ。ただ、最近は歴史書を悪用する連中も増えてきた」


 例えば、ノフの書物には、隣国、いや、世界各国の地図もある。それを手に入れれば、どこの国をどの場所から攻めれば戦争に勝てるのか、一目瞭然なのだという。


「戦争なんかに利用されたらたまらない」

「そう、ですね」

「なんだい、ライラ。アンタたちは違うだろう?」

「違うん、でしょうか」


 ライラたちはただ、ラダの呪いを解きたいだけだった。だけど、さっきの黒きドラゴンは、もとは人間で、呪い持ちのドラゴンだった。


「ノフさん。私」

「なんだい」

「私、剣術と魔法の書を、借りていってもいいでしょうか?」


 ライラだけが、無関係に生きるわけにはいかなかった。


「それで、アンタは私らみたいなはぐれの地を守るために、魔物を討伐すると」

「わかりません。わからないけれど、私だけなにもしないわけにはいかないですし」


 とはいえ、ライラは学院でも武術の才能もなければ剣技の才能もなかった。この国では、魔法は限られた王族にしか使えない。それも微々たる魔力だ。人々は平和に生き、やがて世界からは魔法が消えた。

 ラダがライラの手を握り、首を横に振った。


「オマエを危ない目に遭わせるわけには」

「だけど。ラダくんは」

「俺はいざとなったら、ドラゴンになればいい」


 だけれど、ラダはドラゴンになれることを、王族以外には隠している。隠したいのだ、本来そんな呪いなど、誰にも知られたくないに決まっている。ならば自分は。


「ラダくんがドラゴンになるには、私がいないといけないじゃない」

「それは……ルイスが」

「ルイスさんが戦力として抜けるわけにはいかないでしょう? ラダくんは時間がたつと自然と人間に戻ってしまう。ならば、わがその背中に乗って、頭に触れ続ければ――」

「ならん!」


 ラダが立ち上がる。せっかくの美味しい料理を、ライラが台無しにしてしまったようだった。ラダはライラを見下ろして、ふいと顔をそらす。そのままラダは客用の寝室へと入っていった。


「アンタたち、王子と妃って話だけど、本当なのかい?」

「あ、はい、一応」


 契約結婚だなんて言ったら、いくらノフでも軽蔑するだろう。ライラはラダを追いかけて、ふたりにあてがわれた部屋へと入っていく。

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