十七、ラダと黒きドラゴン?
北の果ての地に着くまで、丸五日はかかっただろうか。ライラたちはその場所に来て、しかしその女性に拒まれている。
「興味本位でノフの書物を読みに来る人間は後を絶たないからね。悪い人間に読ませたらこれは毒になる。帰れ」
若い女性だった。女性なのに短いスカートをはいていて、体があらわでラダも目の行き場に困っていたようだった。きれいな金色の髪をダウンヘアにして、青い瞳も吸い込まれそうなくらいに美しい。それはもう、第一皇子の妻ラダンや、第二皇子の妻レミなんか比べ物にならないくらいに。
ライラたちは頭を下げて、何度も頼み込んだが、何度も断られた。当たり前だ、ライラたちが皇子やその妻であると証明するものはなにもない。
「しつこい。オマエたちに見せるものはない」
「そこをなんとか、お願いできませんか」
「しつこいったらしつこい! だったらなんだ、オマエたちは、私たちのような平民に、なにをしてくれた?」
「え?」
ライラが首をかしげると、しかしラダは押し黙った。すまない、とだけ答えて、ラダは馬車に戻っていく。
「あ。あの」
「なんだい、まだいたのかい」
「いえ。平民だと、なにかあるのですか?」
それはまさしく、ライラの無知のなせる業だった。
「はっ、オマエさんも恵まれた側の人間なんだね」
北の果てには魔物がたびたび襲ってきた。今は彼女しか住んでいないが、昔はもっと多くの人間が住んでいたのだそうだ。だけれど、魔物のせいでひとり、またひとりと死んでいって、なのに国は軍すらよこさない。
平和な国だと思っていたこの国も、蓋を開けてみれば平和なのは中心都市で、こういった果ての地には管理が行き届かないのが現実だった。
「昨日も、魔物が来て、私の家を襲おうとしたものだから、私が追い払ったんだ」
「それは……」
どうしたらいいのかわからない。ライラは政治になんて詳しくないし、きれいごとを言うことくらいしかできない。できないから、腹が立った。
「わ、わた」
「なんだい」
「おい、ライラ?」
ラダが戻ってきて、泣きじゃくるライラを見ておたおたしている。
「私が、魔物を退治しに行きます!」
「……はっ、口ではなんとでも言えるわね」
しかし、彼女はライラの言葉を信じてくれなかった。当たり前だ、ライラに武術の心得なんてひとつもない。しかし、ラダがライラの涙をそっとぬぐう。
「そういう話なら、俺がその魔物を退治すれば話は早い」
「はは、なんだい、皇子さま、だったか? アンタになにができる?」
彼女はラダを嗤った。けれどラダは、顔色一つ変えずに、ライラの手を取るとその手を頭の上に乗せた。瞬間、ラダがドラゴンに変身する。彼女が目を見開く間にも、ラダは頭を下げてライラに乗れと促してくる。
『魔物はどこに?』
「ま、魔物はどこです?」
「あ、ああ。あっちだ」
彼女の指さす方向に、ラダが飛び上がる。彼女はなにも言えず唖然としている。それはライラも同じだった。ラダの真の力を、ライラはまだ知らなかった。
北の果ての地には、大きな森がある。魔の森と呼ばれるそこには、あまたの魔物がいた。その中でも、ひときわ大きな魔物――ドラゴンだ。黒いドラゴンがそこにたたずんでいた。
『なんだ、俺の仲間じゃないか』
黒いドラゴンの言葉がライラの脳内に直接流れ込んでくる。ライラもラダもすぐさまそれを否定した。
『俺はオマエとは違う』
『なにが違う? オマエもいずれ、黒くなる。ドラゴンはみんなそうさ。現王も間もなく黒き呪いにむしばまれ、俺のように人間を襲うだろう』
それにしては、理性がある。このドラゴンには、まだ話が通じるようにも思えた。ラダの青い目がギラリと光る。ライラはそれに恐れを抱き、同時に、泣きたくなった。あの黒いドラゴンの話が本当なら、ドラゴンの呪いはやがてラダを蝕んで、ラダは正気を失い魔物に成り果てる。
「ドラゴンさん、ラダくんの呪いを解く方法、知りませんか?」
ライラの言葉を聞いて、黒いドラゴンが目を見開いた。
『驚いた。人間なのにドラゴンと話せるのか』
「……?」
『はっ、そうだな。俺のなけなしの理性がオマエたちを助けろと言っている。黒きドラゴンはドラゴンの呪いの成れの果て。だからこそ、アール・ド・ノフの書庫で呪いを解く方法を探したい』
「その、ノフ氏はどこに?」
『知らないのか? 北の果ての地にいるあの若い女。あれがノフだ』
黒いドラゴンはその場に座り込み、くるりと丸まって目を閉じた。
『俺は今一度冬眠する。この眠りから覚めたら、おそらくもう、理性はないだろう。それまでに、呪いを解いてくれ、白きドラゴン』
ずずず、と黒きドラゴンが眠りにつく。ラダを見下ろすと、やはり動揺していた。




