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十六、ラダのお店で?

 ラダの部屋のドアをノックして、返事を待たずに中に入る。


「ラダくん、政務中にごめんなさい」

「いや、今休憩に入ったところだ。どうした?」


 心なしか優しく微笑まれて、ライラは執務室の机の前で眉間を揉むラダに頭を下げた。


「ライラ?」

「私をノアで働かせてください!」


 がばっと頭を下げると、ラダは驚いたように目を見開いて立ち上がった。ラダがライラの肩を掴んで頭を上げさせる。ライラはラダの目を真っ直ぐに見据えた。


「その話は……レシピの開発で収めただろう?」

「でも、でも。どうしてもノアで働く必要があるんです」

「理由を聞いてもいいか?」


 ライラはルイスを振り返る。ルイスさんは首肯した。ライラは再びラダを見て、


「ラダくんの呪いを解くために……アール・ド・ノフ氏の情報が知りたいんです」

「なら書庫に」

「いいえ、書庫にはありません。ルイスさんが調べていました。だから私は、料理屋で生の人間の情報が欲しいのです」

「だが」

「許可してください。料理屋なら、旅商人もたくさん訪れます。その中に、アール・ド・ノフ氏の子孫の情報を知る人がいるかもしれません」


 ラダはルイスに視線をやった。ルイスさんが「申し訳ありません」と謝った。ラダは眉間を揉んで、ため息をつく。ラダの母の件は、ルイスも伏せてくれた。出来た人だ。


「オマエが言い出したら聞かない性格なのは、俺がよく知っている」

「ラダくん!?」

「わかった。ただし、俺かルイスが同伴することを条件としよう」

「え、でもラダくんは国務が」

「いい。どうせ形だけの皇子だからな」


 かくしてライラは、料理屋ノアで働くことになったのだった。


 素性を隠して、ライラは料理屋ノアの厨房に立った。ラダはこの店の店主だが、皇子だと知るものはいない。だからライラもその秘密をばらしてはならない。

 ルイスは、ライラと一緒にノアに雇われた。ライラの護衛だ。けれどルイスも素性を知られてはならないから、素知らぬ振りをした。ライラがキッチンでルイスはホールだ。

 憧れのお店で働けて、正直に言えば胸が躍った。裏方の調理はライラの天職と言っても過言ではなかった。


「こうやって作られるんですね」

「はい。マデラ酒を入れるタイミングがポイントです」


 ライラの素性は隠しているから、ライラがラダの妃だということを知る人はいない。そもそも、ラダが皇子だと知る人がいないのだから、ライラは思ったよりものびのびと仕事をすることができている。それはルイスもしかり。ルイスは初日なのになんなく四枚のお皿を一気に運んでいる。


「ああ、このお店では生のお魚も出すのですね」

「はい。カルパッチョはご存じですか?」

「存じております。生のお肉に酢やオイル、塩で味をつけたものですよね」


 ライラはいろいろなレシピを見せてもらって、頭の中で味をイメージする。ライラの特技だ。レシピさえ見ればその料理がどんな味かわかる。生肉のカルパッチョは、確かに美味しい。けれどそれを、生の魚でやるなんて。このレシピを考案したのは、もしかしたらラダだろうか。


「その生肉の部分を生の魚にしたのですね」

「はい。店長の考案です」


 やっぱり。ラダのレシピとなれば、美味しいに決まっている。

 生の魚を食す国は羽国が有名だが、ラダはどこでその知識を得たのだろうか。いや、皇子なのだから、城の書庫で来る日も来る日も書物を読んだのかもしれない。

 このノアという料理屋は、ラダの努力の結晶だ。味も、接客も、なにをとっても一流で、だからこそ、この国の外食産業を支えるほどのチェーン店になったし、ライラもここで働きたかった。リノアにこの料理屋を知らぬ人はいない。厨房を見ると、男性の方が多い。やっぱり、女性が働くには、今のリノアでは珍しいのかもしれない。


「ルイスさん、カルパッチョできました」

「ライラさま、かしこまりました」


 こういうところでもルイスはお堅く、ライラはルイスに耳打ちする。


「さま付けだと怪しまれますよ」

「しかし、」

「このお店にいる間は、ね?」


 ライラの頼みに、ルイスが困ったように笑っていた。出来上がったお皿を四枚、器用に手で持って腕に乗せて、ルイスは武芸だけじゃなくてなんでもできる、本当に優秀な人なのだと再確認した。足取り軽く、お客さんにも笑顔を絶やさない。ルイスを見て、女性のお客さんが顔を赤らめていた。


「あ、店長!」

「ラダく――店長さん?」


 今日はラダは国務があるからと言っていたのに、昼を過ぎた刻限、ライラとルイスがひと心地ついて、まかないを作る時間になってラダが顔を出した。みなラダを取り囲んで笑顔だ。相変わらず、ラダはいつものよくわからない無表情だったが、慕われているのは確かだった。


「新人が入ったと聞いた。粗相はないか?」


 ラダはライラを心配してきたというよりは、ちゃんと役に立っているかを確認したいらしく、ライラは慌てて、


「店長。今日から入りました、ライラと申します」

「ルイスと申します」


 ふたりで頭を下げると、ラダが調理場を見て眉をひそめた。


「今日のまかないは、誰が?」

「あ、俺です」


 彼はここのチーフのカドだった。カドがラダに恐縮していると、


「この新人は、舌が特別――いや、レシピさえあれば、なんでも作れる優秀な人物と聞いている」

「そうなんですか? なるほど。確かに、今日の昼時もレシピを見ただけで手際もよかったですし」

「ああ。だから、今日のまかないはこの新人に作らせてはどうだ?」


 ラダからの無理難題に、ライラは固まった。なんで。ライラはレシピを見れば味はわかるが、この料理店で働くコックたちの舌をうならせられるような料理が作れる自信はない。


「私」

「できないのか? 期待していたのに」

「きたい、ですか? 店長が?」


 ライラの言葉に、かすかにラダが笑った。気がした。期待なんて、初めてだった。そもそも、そうか。ライラにこのお店の新商品を頼みたいと言ってきたあの件、あれを実現させるには、ライラがこのお店で認められる必要がある。ライラは身を乗り出して、


「はい! やります!」


 声高らかに挙手して、ライラはエプロンの紐を締め直した。


 今日ある食材は、ムール貝にイカ、エビに米だ。今日はパスタがよく出る代わりに、米の料理が少なかった。この国の主食はパンだ。最近はパスタが流行っているので新メニューが飛ぶように売れるが、パンも同じくらいに出ている。となれば、今日の夜のためにパンは温存したいところだ。だったら、米を使って、魚介とともに炊いた、パエリアがいいだろう。


「パエリアにします」

「なるほど。あれは炊き加減が難しい」


 そうなのだ。これは、米を洗わずに炊くこと、そして、加える水分は水ではなく沸騰したブイヨンを加えること、蓋をせずに炊くことが肝となる。

 エビは頭と殻つきのまま、イカは輪切りにして、オリーブオイルで炒める。最後にムール貝も炒めて口が開いたらいったん取り出す。


「エビの頭をつぶすようにして、味噌を出すのがポイントです」

「なかなかやるね」


 カドさんがうなった。ラダは一挙手一投足を逃すまいとライラを見ている。その眼差しは、職人といっても過言ではない。

 魚介を炒めた油で、米を透き通るまで炒めたらブイヨンを加えて具材を上に乗せる。味付けはシンプルに塩だけだ。


「手際もいい、味付けもこれ、うちの店の味そのまんまだよ」


 出来上がった熱々を、みんなでわけて食べる。ラダも、険しい顔で一口屠った。サフランの黄色が美しい。ブイヨンも塩加減も、今日、料理の傍らでレシピを覗き見たまんまを作った。


「うん。美味いな」

「ですよ、店長。パエリアはパラパラに炊くのが難しい。火加減ができてこそ料理人として一人前。ライラさんは即戦力になりますよ」


 カドをはじめ、ほかの店員も同意を示す。ラダはパエリアをすべて食べ終えてから、


「実は。本当ならライラはレシピ開発に従事する予定だった」

「ええ、なるほど。なら、うちの味を再現できるのも納得です。でも、なんで現場に?」


 それは、ノフ氏の情報を集めるためなのだが、ラダは顔色一つ変えずにもっともらしい嘘をついた。


「現場での信頼がなければ、新人の開発したレシピなど、作れないだろう? それに、ライラたっての頼みだった」


 それは嘘ではない。ライラは本当はこのお店のキッチンで働きたかった。それが、ラダの妃になったせいで流れてしまって、けれどどういう巡り合わせかこうして念願がかなったのだった。


「夏に、ふわふわのかき氷を出す予定だ」

「ふわふわ? シャリシャリでなく?」


 店員の一人が言った。ラダはライラを見る。ライラは頷いて、


「あ、あの。砕くのではなく削るような機械を、今発注しています」

「でも、氷は冬の産物だろう? オスロならともかく」


 カドの言葉はもっともだった。ライラもそこはまだ、解決出来ていない。けれど必ず、この課題をクリアするつもりだ。ラダは、


「それを、ライラと考えている。ほかの者たちも、いい案があったら採用したい。その件で今日はここに来た」


 ラダの人望は厚く、ライラはラダの新たな一面を垣間見た。みんなラダを尊敬しているし、ラダのためにおの店を盛り立てている。ライラもその一員になれたことが、心底うれしかった。

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