十三、ラダの秘密?
窮屈なドレスを身にまとう。今日はピンクのドレスだ。ラダが似合うと言ってくれた色。ライラは二人用の寝室を出て、自分専用の寝室へと足を向ける。そのさなか、廊下ですれ違うたびに色々な人に声を掛けられ、時には心無い言葉を、ときにはおもねる言葉をぶつけられた。
「はあ、ここまで来るのに一苦労ね」
ルイスを待たせている自室まできて、深呼吸する。そしてドアを開けると、ルイスはソファに座るでもなく、部屋の真ん中にきれいな姿勢のままに立ち尽くしていた。
「ルイスさん、お待たせしました」
「はい、ライラさま」
「あの、ソファに座っていてくださって大丈夫でしたのに」
ライラが促してようやく、ルイスはソファに座った。謙虚な人だ。ライラは侍女に頼んで紅茶を持って来てもらう。自分で淹れてもよかったが、それはさすがに侍女に怒られた。王太子妃らしく振舞わねば、ラダが困るのだと言われたのだ。
「ルイスさん、お話って」
「はい。……ドラゴンの呪いと、今朝の食事についてです」
この城では、朝食は朝の七時半と決まっているらしい。あと三十分はある。ライラは侍女が持って来てくれた紅茶に口をつける。アッサムだった。
「ドラゴンの呪い。……私も、それについては知りたいところでした」
震える手で紅茶のカップをソーサーに置くと、ルイスが腰の剣をソファのわきに立てかけた。侍女を人払いして、ライラたちは二人きりになった。ルイスと二人きりとなることは気まずかったが、話が話なだけに仕方がない。
「それで、ライラさまは、どの程度ご存じで?」
「はい。白きドラゴンは幸いの象徴だと」
「なるほど……先にラダさまのご兄弟の話をします」
ライラはルイスの話に耳を傾ける。ルイスの声音は低く凪いだ湖の様に、美しい。
「ラダさまの上ふたりの兄君は、それぞれ赤いドラゴンと青いドラゴンです」
「赤と青? 白じゃないんですね」
「はい……白いドラゴンは、この五百年生まれて来ませんでした」
祝福の象徴、その白いドラゴンがラダだとしたら、ラダを見つけた王さまが、ラダを手厚く城に迎え入れたのもなにかうらがあったのかもしれない。そう思う時点でライラは自分がだいぶあさましく醜いのだと、思う。
「ラダさまは、その件で今も上の皇子さま方と仲が良くないのです」
「なぜ?」
「白きドラゴンはこの国にとって特別だからです。それが現れると、国は安泰。幸せな未来が約束される。それはライラさまもご存じの寓話でしょうけれど」
「はい」
紅茶がカップの中で冷めていくのをじっと見ながら、ライラはラダに思いをはせた。ラダはこの城でどんな扱いを受けてきたのだろうか。兄弟から嫌われていた、つまり、ラダも、ラダの母も、この城に居場所はなかったのだろう。もしかすると、ラダのお母さんが亡くなったのは――
「ラダさまの母君の死因は……詳しくは話してくれませんが、上の皇子さまの母君の陰謀だと、この城のものはみな知っています。確証はないのですが」
ルイスの話によれば、ラダの母は何者かに頭を切りつけられて死んだのだそうだ。その凶器は第二皇子の母親の部屋から見つかったのだそうだ。
「当時、疑われたのはわたしを含めて三人」
ルイスのほかに、外交に訪れていたオスロの王妃――第一発見者だ。それから、第二皇子の母親。
ルイスは当時、ラダの護衛を離れてラダの母妃を探して城を歩いていた。オスロの王妃は、悲鳴を聞いて母妃の部屋に向かった。その部屋には鍵がかかっており、オスロの王妃が人を呼びドアを開け破った。その部屋の中に、ラダの母妃が倒れていたのだ。真夏なのに暖炉の火が燻っていた。
最後に、この時間に外交の場から離れていた第二皇子の母妃が、騒ぎを聞きつけてラダの母妃の部屋に走った。
「結局、血のついた短剣を持っていた第二皇子の母妃が、犯人とされましたが」
柄までべっとりと血が着いた短剣だ。
しかし結局、第二皇子の母は尋問の前に死した。心臓が弱り死んだのだという。つまりそれは、誰かが第二皇子の母に毒を盛って口封じしたに違いない。第二皇子の母が死したことで、犯人は有耶無耶にされた。しかし、これが原因で殊更ラダと第二皇子の仲は悪い。
「そんなことがあったのですね」
「はい。くれぐれもラダ皇子さまには内密に」
ルイスの言葉に、ライラは口を噤んだ。
「母君が死してから、ラダ皇子さまは心を閉ざされました。呪いのせいもあります」
ラダを思うと、ライラはこの城に、ラダを縛り付けてよかったのだろうか。結婚したとなれば、ラダもそれなりにこの城で皇子らしく振る舞う必要が出てくる。それは、ラダの意志に反しないのだろうか。この城に、ラダはいたいと思っているんだろうか。
「ライラさま。ラダ皇子さまの呪いを、解いてください」
「私が?」
「はい。わたしが調べたところによれば、白きドラゴン、清き乙女と出会いて――ここまでは調べられたのですが、この先がなんとも」
つまり、白いドラゴン――ラダに限らず、上の皇子の呪いもまた、女の子と出会うことで運命を変えられる、ということなのだろうか。だとしたら、ライラはなんとしてもこの呪いを解きたい。例えばライラの血が全部必要でも、ライラが生贄として死ぬ必要があっても。ライラはなんとしても、初恋の人の幸せを取り戻してあげたかった。母は生き返らない、ならばせめて、呪いの方だけは。
「ありがとうございます、ルイスさん」
「いえ。なにも力になれず申し訳ないのですが」
ルイスさんが立ち上がる。それに合わせたかのように寝室のドアがノックされた。
「俺だ」
「ら、ラダくん!」
ライラは立ち上がり、ルイスもまた、表情ひとつ変えずに腰に剣を携えた。無駄のない動きだ。ルイスは相当の手練れなのだろうとそれだけで察しがついた。
「ラダくん、お待たせしました」
「ルイスとふたりか?」
「? はい」
「なにをしていた」
「それは。えーと」
ライラが言いよどむと、ルイスが、「城の大まかな間取りをご案内していました」さらりと嘘を言ってのけた。ルイスは食えない人だ。主のためなら平気でうそをつく。
「では、行くぞ」
「あ、はい」
「時に、ライラ」
ラダは、廊下を歩きながら、
「今日の朝食の席では、なるべく話をするな」
「? はい、わかりました」
ラダがライラの手を取り、自分の腕に絡ませた。ラダはだいぶ背が高いから、くっついて歩くのは窮屈だ。廊下をすれ違うたびに侍女たちが頭を下げる。こちらも頭を下げそうになって、ラダに止められた。
「示しがつかんだろう」
「す、すみません。どうしても慣れなくて」
ライラの歩幅にラダがあわせて、ライラはヒールの音を鳴らしながら長い廊下と階段を歩く、進む、やがてがやがやと声が聞こえてくる。
「今日はパーティの続き――つまり、父上と兄弟と、一緒に食事をする。顔合わせのようなものだ」
「え、それを早く言ってください」
「言ったらオマエは、緊張で転んだだろう?」
それもそうかと思い、ライラはなにも言えなくなった。ラダがホールのドアを三回ノックした。「入りなさい」王さまの穏やかな声。
ラダがドアを押し開けて、きらびやかなシャンデリアが光り輝く。ライラはこの日はじめて、ラダの兄弟と対面するのだった。ライラは粗相をしないように、気を引き締めた。




