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十二、ラダと寝る?

 ラダとともに、ふたり用の寝室に入る。てっきり今日から寝室は別なのかと思ったのだが、今日だけは、怪しまれないように同室にするとラダが言った。そんなの聞いていない。ライラは慌てふためき、寝室のどこにも座ることができない。ラダは優雅にソファに座ってくつろいでいるというのに。


「ライラ。そんなところにいないで、こちらに座れ」

「し、しかし、ラダくん。今日は寝室を共にするなんて」

「大丈夫だ。手は出さない。オマエはベッドで、俺はソファで寝る」


 ラダがソファの背もたれに体を預けた。まるでライラでは不満だといいたげに。ライラはラダから離れて、ベッドに腰かける。ふたりがゆうに寝られるダブルベッドだ。ライラにあてがわれた寝室のよりも上等だ。

 二人用の寝室の外には、侍女たちが控えている。あまり大きな声で話すわけにもいかない。


「ラダくん。……そ、そういえば」


 場を取り持つために、思い出したのは、ノアで出す夏のデザートのことだった。こんな時にまで料理の話なんて、ライラはどうかしている。


「かき氷、はどうでしょう」

「かき氷」

「はい。ただ氷を砕くのではなく、薄くそぐようにして……特別な機械が必要なんですが。氷が雪のようにふわりとして口内で溶けるのですよ」


 思い出しただけでもよだれが出てくる。あれはとても繊細だ。そもそも、氷を手に入れることなどできないと思い至って、「無理ですよね」と首を下げた。しかし、ラダは乗り気なようで、


「なるほど。今冬の氷を夏まで保たせるか。あるいは、隣国オスロから氷を仕入れるか」

「え、保たせる? どうやって」

「それは今から考える。やはり、オスロから仕入れるのが得策か」

「オスロでは、夏でも氷が?」

「……ああ。オスロは寒い国ゆえに、年間を通して雪に包まれる。しかし、氷が貴重品なな変わりはない。王族や貴族のパーティに贈られる程度だ」


 だったら、自国で氷を手に入れる他にないだろう。そもそも、オスロから氷を仕入れても、保管場所がなければ溶けてしまう。

 リノアでは、氷は湖が冬の間に凍った時にしか手に入らない、貴重なものだ。それを管理するとなれば、王族のラダ以外にはこんな大胆な料理は出せないだろう。がぜんやる気がわいてくる。


「ラダくん、氷を保たせる方法、探しましょう」

「ああ。それはそうと、今日はもう寝ろ。疲れただろう」

「ええ、今からが楽しい時間ですよ」

「え?」

「あ、いや、ち、違います! このレシピのお話のことです!」


 なにかあらぬ誤解を生むような言葉を吐いてしまった気がする。ラダが口元を手で押さえてライラから顔をそらした。その耳は、心なしか赤い。


「あ、私、疲れたので寝ます」

「そ、そうしろ」

「あ、あの……着替えるので、少しだけあちらを向いていてくれませんか」


 部屋にはネグリジェが用意されていたが、ライラにはそれらは必要ない。初夜なんて甘い雰囲気はライラたちには似合わない。ラダが向こうを向いている間に、ライラはささっとドレスを脱いで、コルセットだけ取ってから、仕方なしにネグリジェに身を包んだ。コルセットから解放されて、長い息が漏れた。


「ふぅ」

「もういいか?」

「あ、はい」


 そそくさとベッドにもぐりこんで、だけれど、この国の皇子さまにソファで寝させるのはいかがなものかと思いいたる。


「ら、ラダくん」

「なんだ」


 ラダはソファに横になる。ギシリとソファがきしんだ。


「ソファじゃ体が痛くなるから……一緒に寝る?」

「それは、襲われてもいいと取るが」

「や、そんな意味では」

「わかっている。わかっているから、誘惑はやめてくれ」

「ゆ、誘惑なんて。ただ、ソファは窮屈だから――」


 ライラは寝返りを打ってラダに背を向けた。その時、


「わ、」

「オマエ、本当に強情だからな」


 ギシりとベッドがきしんで、ライラの背中側にラダが入ってくる。掛け物をそっとあげて、ライラの隣にラダの体温が間近に感じられる。ライラの心臓がバクバクと煩い。

 ラダがライラに背中を向けてベッドに横になった。


「なにもしないから、安心しろ」

「はい」

「それとも、なにかあった方が、よかったか?」


 恥ずかしくなって、なにも答えられなかった。なにより、ライラは思っていた以上に今日のパーティで疲れていて、ラダがすぐ隣にいるというのに、その時には寝息を立てていた。

 ライラの息を確認するように、ラダが振り返ってライラの顔を覗き込んでいる。手のひらがライラの顔の前で振られている。眠い、逆らえない。ラダがふと笑った。近付くラダの顔。ライラの唇に触れたそれは、一体なんだったというのだろうか。

 

 朝日がカーテンの合間から差し込んで、ライラの腕の中に温かいぬくもり。ゆさゆさと控えめに揺らされる。気持ちよく寝ているのに誰かしら。お母さま? いや、自分はもう、実家を出たはず。だったら誰。

 意識を覚醒させる。ライラの手足がラダに絡まっていた。無意識に暖を取っていたらしい。


「わ、ご、ごめんなさい」

「……いい。早く起きろ」

「はい……!」


 ラダから離れると、その場に侍女たちやルイスがいることに気が付いた。侍女たちが「初夜でお疲れなんですね」なんてにこやかにライラに話しかけた。否定するわけにもいかず、ライラはおずおずと布団からはい出た。ベッドがふと軽くなり、ラダもまた、ベッドを降りたことが分かった。


「では、ライラさまのお着替えはこのお部屋でしますね」

「ああ。俺は自分の部屋で整える」


 ライラを置いて、ラダは自分一人用の寝室へと出ていった。ラダがいなくなって、ライラはその場にしゃがみこむ。なんてことをしてしまったのだろう。頭を抱えると、侍女が「大丈夫ですか」とライラに視線を合わせて膝をついた。


「あ、はい……少しびっくりしたというか」

「なかなか起きてこられないので、侍女たちも心配しておりました」


 だから、部屋をノックしたら、ラダに入れとの許可をもらった。そこまではいい。ライラはラダにぴたりとより沿って――なんなら、抱き着くようにして寝ていたものだから、侍女たちもそれを直視できず、ライラが起きるのを待っていたらしい。ラダからすれば、契約結婚と悟られないようにわざと侍女たちを呼んだのかもしれないが、ライラにしてみれば大いに恥ずかしかった。


「ライラさま」

「はい」

「お着替えが済んだら、ルイスさまがお目にかかりたいとおっしゃっていました」

「? なんだろう。わかりました。では、私の寝室でお待ちいただくように言っておいてくださいませんか」

「ライラさま。王太子妃が侍女に敬語など、おやめください」


 そうはいっても慣れないのだから仕方がない。いや、でも、ライラはラダには敬語を使っていなかった。この敬語は他者との距離だ。ライラは侍女に心を開かないとかたくなに思っているのかもしれない、無意識に。それでも、身の回りの世話をされて、敬語なしに話すなんてこと、ライラにはできそうにない。

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