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十一、ラダと王様?

 王さまのいる、城の最上階に到達する。靴擦れを気遣って、ラダの歩幅は狭かった。ライラはふうと深呼吸する。ラダがライラの呼吸が整うのを待ってから、王さまの部屋のドアを開けた。きらびやかなシャンデリアでもあるのかと思いきや、部屋は質素で、王さまは上書を眼鏡をかけて読んでいた。


「王さま、ライラを連れてまいりました」

「ん、ああ。ラダ。その子が、オマエの特別な子、か?」


 眼鏡を外して眉間を揉む。王さまは立ち上がってライラたち二人のところまで歩いてきた。ラダよりも幾分か低い背が、ライラを見上げて柔和に笑っている。


「なるほど。なるほど」

「お、王さまにご挨拶申し上げます」


 ライラはドレスをひらりと持ち上げて、王さまに頭を下げた。ちゃんとできているだろうか。王さまが胸に手を当てて、「ようこそ、わが家へ」とまた、優しく笑った。この国の王さまは、とても人望が厚いことはよく知られているが、なるほど、非の打ち所のない方だった。初見でもわかる、その目は鋭く先を見据え、子供たちには惜しみなく愛情を与える。そして国民にも。

 ライラがほうっとしていると、ラダがライラの手を握り、少しだけ引っ張る。ライラの意識が現実に引き戻されて、ラダの方を見ると、少し不機嫌に視線がかち合った。


「ラダは、ライラが本当に好きなんだね」

「いえ、父上……」

「そんな風に嫉妬しなくとも、わたしはライラを取ったりしないのに」


 ふふ、と笑って、王さまはライラたちをソファに案内する。王さまの住居兼書斎には、書斎机とソファと、奥のドアの向こうに寝室があるらしかった。

 ライラはふかふかのソファに腰かける。緑のベルベットのソファに体が沈み込んだ。


「ふかふか、だ」

「ふふ、ライラは可愛い子だね、ねえ、ラダ?」

「はい。少し世間知らずすぎて心配にはなるのですが」


 ラダまでもがそんなことを言って、ライラはいたたまれなくなって王さまのほうから視線をそらした。そらしたところで目の行き場がなく、結局ライラは、隣に座るラダに笑いかけるので精いっぱいだった。

 王さま付きの侍女たちがライラたちに紅茶を持って来てくれる。香りが良い、ダージリンだろうか。ちゃんと蒸されていて、味もきっと抜群だろう。


「この紅茶は、ラダからの贈り物で。特別な時にしか飲まないんだけれど」

「ラダく――ラダ皇子さまの」

「なんだ、ラダ。『ラダくん』なんて呼ばせているのかい? ラダは本当にライラが好きなんだね」

「や、王さま。お戯れは」

「ライラ。ラダはね、こう見えて優しい子だし、そもそも、好きな子がいるから結婚したくないと散々ごねて。だからいつになったら結婚するのか心配したんだけれど。なるほど、ライラになら、この子を任せられる」

「や、あの、私なんか」


 また自分を卑下してしまい、はっと口をつぐんだ。せめて、王さまの前でだけは、堂々としていたい。ライラたちが契約結婚だとばれないくらいには。

 ライラは笑顔を貼り付ける。うまく笑えているだろうか。


「はい、私、ラダくんと結婚することを夢見て、今まで生きてきたのです」

「なるほど。ふたりとも思いは同じだったと」

「はい。でも、偶然再会したら、ラダくんが皇子さまになっていて、びっくりしました」

「ははは、ラダは中等学院に上がるまで、王族であることを隠していたからね」


 ルイスとは小学院の中ごろに出会ったらしい。自分の身分を明かさない時期、ラダの心の支えはルイスだったのだそうだ。ルイスとは親友で友達で、なんでも話せる間柄だ、と聞いている。実際、今日も王さまの部屋の外では、ルイスが護衛をしている。ルイスがうらやましかった。ライラも、あの時転校していなければ、ラダと親友になれたのだろうか。


「時にライラ。お菓子は好きかね?」

「あ、はい! 大好きです!」

「ふふ、大好き、ね。かわいい子だね。じゃあ、とっておきを出そうかな」


 王さまがまた、侍女に合図を送る。侍女が一度部屋から消えて、ライラたちは無言で紅茶のカップに口をつけた。香りも味もいい、最上級の紅茶だった。これに合わせる菓子と言ったら、どんなものなのだろうか。

 侍女が帰ってくる。手にはきれいなお皿に、布がかぶせてあった。その皿を、ライラたちの前のテーブルに置くと、王さまがかぶせ物を取り去った。


「なん……王さま」

「ラダは黙って。ライラ、これを食べてみてくれるかい?」

「? はい」


 なんのことはない、クッキーだった。ジャムが乗っていたり、アイシングが施されていたり。ライラはクッキーを手に取って、口に入れる。しゃくしゃくと咀嚼すると、口いっぱいに甘い味が広がった。それにしても、


「このほろほろ感は、ほかには食べたことがありません。素晴らしいクッキーですね」

「だそうだ、ラダ」


 王さまが嬉しそうに破顔する。ライラは首を傾けながらラダを見る。ラダはライラからふいと顔をそらしながら、


「それは、俺が作った」

「へ? ええ、すごい!」


 ライラの声に、ラダの顔は真っ赤だった。

 もう一枚、クッキーを手に取りまじまじと眺める。ラダは「やめてくれ」とつぶやいていたが、これはどう見てもプロの味だった。


「ラダくんにこんな才能があったなんて」

「だろう? ラダは昔から、お菓子作りが好きだった。なんでも、好きな子に食べさせたかったのだと」

「父上! その話は!」


 ラダくんって好きな人いるんだ。そう思った瞬間、クッキーの皿をひっくり返したい衝動に駆られる。ライラは自分で思うより度量が狭く、嫉妬心を隠せない自分に落胆した。ラダがクッキーを一枚とって、


「今度のノアの商品開発。デザートをと思っていてな」

「なるほど……今までの商品も、もしかしてラダくんが?」

「まあ……多少は」


 そりゃあ、これだけの腕があったのなら、料理屋の経営に誇りを持つことだってある。ラダは初めて会った日に、ノアのことを庶民の料理店だと自虐的に言ったが、本当は誰よりもあのお店を愛している。その愛情を、少しはライラに向けてくれてもいいのに。ライラは、今度はお店にまで嫉妬している自分に気づいた。


「新商品を出す時期はいつにしました?」

「来夏だ」

「なるほど。今は秋なので、約一年ありますね」


 うーむ、と顎に手を添えて考える。王さまがほっほ、と笑ったところで、ここが王さまの部屋なのだと気づく。ライラはどうも、料理のことになると見境がなくなる。王さまがライラたちにあたたかな笑みをたたえ、暖色のランプの明かりがライラたちを照らしていた。


「ラダくん、じゃあ、今度話し合おう?」

「そうだな。時間はたっぷりあるしな」

「ラダ。ソナタは久しぶりに父のもとに来てまで仕事の話か?」


 王さまはだいぶ柔和で落ち着きのある人格者だった。もっと荘厳で厳しい人を想像していたから、ラダの父が優しい人で安心した、というのがライラの本音だ。

 ライラが紅茶を飲みながら王さまを凝視していたからか、王さまがライラと目を合わせてにこりと笑った。本当に、太陽のような人だった。


「ラダは、ソナタに優しくしているか?」

「あ、は、はい。それはもう」

「お披露目のパーティでは……だいぶラダが暴走したと聞いているが」

「や、え。王さまのお耳にも入っていたんですか?」

「そりゃあ。わたしも顔を出していたからね」


 かっと顔が熱くなる。あれは、ただの芝居で本当の気持ちから来るものじゃない。そう説明できたらどんなにか楽だった。ラダがライラの手を握った。王さまの書斎は質素だが、ペンや紙は上等なものを使っていて、やっぱり王さまなのだと思い知る。平民は紙の代わりに木に文字を書く。


「父上。改めて、ライラを妻に迎えることを、お許しください」

「許すもなにも。ソナタが長年探してきた令嬢なら」

「探す?」

「おや、ラダから聞いて――」


 ラダが、握っていた手を引っ張ってライラを立ち上がらせた。慌てて、といった風に、王さまの言葉を遮る。まるで子供のようだった。ライラはラダの胸にしまわれて、王さまを振り向くことすらできなかった。


「父上、わたしとライラは用事がありますゆえ、これで」

「ふふ、仲がよくてよろしい。ライラ嬢」

「はい」

「ラダを頼むよ」


 ライラはぶんぶんと首を縦に振る。ラダは渋い顔をしていて、やっぱり自分なんて、誰かの代わりなのだと思う。ラダには好きな子がいる。その子のために料理をはじめて、それがいつしか仕事になって、ラダはこの国でも屈指の料理屋の店主となった。

 ライラはその店――ノアのいち従業員でラダの偽りの妻。

 ラダは、そういえば昔から謎が多い男の子だったし、気持ちを表に現すのが苦手だった気がする。


「ラダくん」

「なんだ」

「その……好きな子というのが見つかったら、私とは離縁してくださってかまわないので」

「オマエは……はぁ。そうだな、万が一にも好いた人が見つかったら、そうしよう。しかし、ライラ」


 ラダはいまだ、ライラの手を握り歩いている。同じ城内の中層階にあるライラとラダの二人の寝室は、今のところ使う予定はない。各々の部屋で寝食をするというのは、契約結婚での決め事だった。


「オマエは今日から俺の妻だ。それらしく振るまえ。わかったな」

「はい、わかっております」


 ラダの念押しに、少しだけ落胆した。契約結婚でなければ、今日は甘い初夜だというのに。

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