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十、ラダとキス?

 一通り挨拶が終わると、会場に音楽が流れ始めた。ここからが本番だ。ライラはラダを見て、ラダもライラを見てコクリと頷く。体をより一層密着させて、ワンツースリーで踊りだす。青のドレスが揺れる、スパンコールが光を反射する。ラダの足とライラの足がきれいにかみ合う。ライラたちは一体化したかのように、優雅に舞った。


「まあ、きれい」

「ああ、平民の子とは思えない」

「平民の子には平民の妻がお似合いね」


 半分以上は嫌味だったが、ライラはラダに恥をかかせないために、一生懸命ステップを踏んだ。そのかいあってか、一曲目が終わると拍手喝采で、ライラたちは、客人たちに取り囲まれてしまったのだった。


「ラダ皇子、わたくしとも踊りませんか」

「俺はライラ以外に興味はない」

「そんなことおっしゃらずに」


 女たちは、側妃の座を巡ってラダに群がるが、ラダは一切見向きもしなかった。なのにライラは、人ごみに流されて、カイト皇子に捕まってしまった。間の悪い。そのまま、カイト皇子がライラの手を取る。


「や、なにを」

「一曲くらい、かまわないだろう」

「わ、たし」

「ほら、ラダも女に囲まれて嬉しそうだ」


 嬉しそうには見えなかった。ラダの目がライラを捕らえる。ライラはラダに手を伸ばす。しかし、ラダは女性たちに阻まれてなにもできない。これはカイト皇子のはかりごとだった。

 カイト皇子のステップにあわせて、ライラもステップを踏む。ワルツはゆったりしているように見えて、足運びは複雑だ。ライラの足がじくりと痛んだ。いまだ、靴擦れは治っていない。足をかばうせいか、カイト皇子がライラにより一層密着する。


「カイト皇子さま、近いです」

「なあ、白豚。オマエがこんなにきれいになるなら、俺だって小さいころに仲良くしておけばよかったよ」

「な、にを」

「なあ、ラダは本当は、憐みで付き合っていただけだろう? 結婚の話だって、本当は契約結婚とか――」


 ダンスの途中で、ライラはカイト皇子を突き飛ばした。会場がざわめく。ラダがライラに追いつく。

 ラダはライラを背中に隠すように、カイト皇子に詰め寄った。


「俺の妻に、なにかしたのか?」

「なにも。ただ、オマエたちは本当に好いて結婚するのか、と。だってそうだろう? ラダ、オマエは昔から他人に興味がなかった!」


 そう疑われるのはもっともで、ラダも予想内だったに違いない。ラダのため息。ライラは背中からそっとラダの顔を覗き込んだ。ラダと目が合う。そのまま、ラダがライラに聞こえないように、口だけ「すまない」と動く。その意図を理解するより先に、ラダがライラを抱き寄せた。ラダの右手がライラの頭の後ろに回される。ライラの顔が上を向かされる。ラダの顔がライラと零になる。それは触れるだけのものではなく、ライラの中を蹂躙した。ラダの舌がライラを追いかけまわす。なにするの、と突き放そうにも、人前でそれはできなかった。周りをだますという覚悟は、ライラには欠けていたようだった。


「っは、これで満足か?」

「なん……」


 ラダがカイト皇子に見せつけるように言った。息が上がって目がうるんでいる。きっとそれはライラも同じで、ライラは言葉を失った。なにが、なんで、どうして。

 ラダが、ライラを気遣って、ライラの目を両手でふさいだ。そのままライラを後ろから抱きしめて、カイト皇子にダメ押しの一言。


「これから初夜が待っているからな。こう見えても、待ちきれずに我慢も限界が近い」


 ざわざわと会場のざわめきさえ、ライラにはなにも聞こえなかった。ラダがライラを横抱きにする。


「では、一足先に、ライラにはご退場と行かせてもらうが」

「この、この! なんでオマエ、オマエは人間嫌いで」

「それは、ライラ以外に限った話だ」


 ぎゃあぎゃあと喚くカイト皇子を置いて、ライラはラダによって会場から連れ出された。いまだ唇に残るぬくもりが、ライラの胸を騒がせる。なにが起きたのか理解できぬまま、ライラは城の寝室へと運ばれるのだった。


 ラダがそっとライラをベッドに降ろす。いつも思うが、ラダの手つきは優しく、ライラは錯覚してしまいそうになる。自分はラダにとって特別なのだ、と。実際は、ライラがいなければラダが政略結婚させられるから、ライラに優しくしているだけだが、ライラはそれでもうれしかった。


「ライラ……さっきの言葉は、なしだ」

「さっきの?」

「……覚えていないならいい」


 先ほどの言葉を思い返す。しょや、初夜と言っていた。自分たちはこの後……? 思うと途端に恥ずかしくなり、ラダから顔をそらした。ラダがライラの手をそっと握る。


「今日はこの後、王さま――俺の父に会ってほしい」

「ラダくんのお父さん?」

「ああ。俺のことを心配していたから……上の兄二人は、十五の時には結婚していたから。俺がかたくなに結婚しないので、ずっと心配をかけっぱなしだった。少しでも安心してほしい」


 それはいいけど。と答えて、そういえば、ラダの母の話を聞いたことがなかった。ライラはベッドの上に座り、ラダはライラにあわせてその場にしゃがみ込んだ。無防備だ。ラダは頭を触られるとドラゴンになってしまう呪いを持っている。ラダはそれを呪いだというけれど、この国の寓話によれば、白いドラゴンは喜びの象徴だった。上の二人の皇子さまも、同じく白いドラゴンに変わってしまうのだろうか。

 かわるがわるライラの中に疑問がわいて、ひとことでは終わりそうになかった。


「ラダくん、お母さんは?」

「俺の母は……城に住み始めて、三年で亡くなった」

「え?」


 ライラは無神経にも、ラダの傷をえぐったようだった。ラダが慌てて付け加える。


「珍しいことじゃない。上の二人の兄も、片方は母親がいない」

「なんで……」

「城では、権力争いのために、母親が亡くなるのは常だ。まあ、俺が王の跡を継ぐことは決してないが」


 ラダは前にライラに言った。ライラは自分を卑下しすぎなのだと。それはラダも一緒ではないか。喉まで出かけた言葉を飲み込む。今、ラダに踏み込んで、ラダの心は余計に傷つくだけだろう。ライラがラダになにかを言う資格なんてありやしない。ラダは、無防備にライラの前に膝をつき、「一緒に行ってくれるか?」と問うてくる。父王のところに一緒に行くか、という意味だ。ラダの手を握り、「もちろん」と答える。


「はぁ、よかった」

「良かった?」

「いや。オマエは変に肝が据わっているな。普通、王さまに会うとなったらもっと緊張するものだと」


 確かに、緊張はしている。この国の王。ライラたちの信じるべき人。この国で最も尊く、もっとも信頼を寄せられるあたたかな人。

 この国は豊かだ。争いもなく、外食産業が発達したのだって、国王の采配によるところが大きい。


「ラダくん、王さまって、やっぱり怖い……?」

「いや。それほどは。厳しい時は厳しい方だったが……平民の子の俺にも、分け隔てなく愛情をくれたかただよ」


 それを聞いて少しだけ安心した。ライラはあまり、物おじしない人間なのだと思う。それは、裏を返せば無謀ともとれる。なにしろ、ラダがドラゴンであることを知ってなお、この場所を選んだのだから。ライラは、ドラゴンの呪いも解きたいし、ラダと両思いになれたらとも――


「私って、厚かましい」

「なんだ、どうかしたか?」

「いえ……ラダくん。私が王さまになにか粗相をしたら、止めてくださいね」

「オマエがそんなことはしないと思うが」

「ううん。私って無神経だって、今更気づいたから……」


 無神経? とラダが眉間にしわを寄せた。ラダがライラを凝視している。キラキラの青い瞳はサファイヤみたいに美しい。その美しい瞳で見られると、すべてを暴かれてしまいそうになる。ライラは本当は、ラダを独り占めしたいだけで、ラダの呪いの件で契約結婚をしたことを喜んでいる。そしていつか、ラダもライラを愛してくれるのではないかともくろんでいる、なんて厚かましい女だろう。それでも、ラダの傍を離れたくない。この気持ちを伝える勇気はないけれど、せめてラダが許すかぎり、傍にいることだけは許されたいと、願った。

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