支配さんとかみちん
薄暗い部屋の中、見えるのは、テレビ、テーブル、ソファ、ゴミ箱。
それらをカバーする程の大きさのカーペット。
模様は無地であるが、出来の悪い物ではない様に見える。
部屋にベットや冷蔵庫が無いということは、この部屋の他にベッドルームやキッチンがある?
もしくは、雑魚寝か観音開きのクローゼットの中に布団がしまってあるのか?
共同の炊事場が別の場所に設けられているシェアハウスなのか?
そうでなければ、この時代、ここの住人の年齢からすれば、誰かとの共同生活、及び、同棲、結婚をしていなければこの部屋のグレードはかなり高い。
一人暮らしであれば、それなりに裕福で贅沢な暮らしをしている。
という事が予想された。
部屋の現在の光源は常夜灯に設定された部屋の明かり。
テレビから放たれる明かり。
そして目まぐるしく変化するゲーム機の小型のモニターから流れる明かり。
部屋の明かりが乏しくなってからも然程気にする事無く、この部屋の住人はゲームを続けていた。
部屋の大きさからすると不釣り合いの60型程の大きめのテレビからは朝起きてからずっと同じチャンネルが垂れ流している音がBGM代わりに流れていた。
ガラス製のテーブルに置かれたカップ麺の容器、この中にはフタと割箸、空になったヒートしか入っていない。
塩分が多めのカップ麺のスープだが、容器のキャッチコピー通り、飲み干す程美味かったのだろう。
たまにゲーム機を操作する振動が肘からテーブルに伝わりガタガタと揺れる。
「ぬわっ!」
操作をミスりかけ、肘が動くと、携帯に当たりカーペットの上に落ち、その拍子に画面が表示される。
2時42分。
部屋の掛け時計は電池が切れて久しいので確認する事が無かったが、もういい時間であった。
手元のゲーム機越しにBGM代わりについている深夜番組から笑い声が聞こえる。
何かのバラエティかお笑い芸人のネタか。
どうでもいい。
早くこのミッションを終えて、報酬を獲得しない事には、こんな時間迄ダラダラとプレイしていた意味が無くなる。
3時迄だな。
そんで30分迄に寝て、4時間か、嫌、3時間後に携帯のアラームをセットしないと、シャワーが浴びれなくなる。
こんな事なら昨日の内にシャワーを浴びておけばよかった、寝る時間の確保は必要不可欠なんだが。
・・・・その時だった。
「こんなクソ深夜迄起きて、こ〜んなクソい番組をご視聴中のクソ虫の皆さーん。
こ〜んばんわ〜!!
かみちんです!
ニン!!!」
?
今時、深夜番組とはいえ、攻めた番組だ。
コンプラ度外視なセリフ、かみちん?若手芸人?○ーチューバー?
世間に疎いとはいえ、それなりに情報は仕入れているつもりだったが、そうでもなかったようだ。
全く聞いた事がない。
だが、この演者も自分が言わされているセリフの一つ一つがSNSまわりでよく燃える薪だという自覚が無いのだろうか?
嫌、腐ってもテレビに出演する側の人間だ。
普通の常識位持ち合わせている筈。
俺が見ているゲーム機の画面には体力を消耗したモンスターの動きが鈍く映っていた。
そろそろ倒し時だ。
嫌、捕獲を試みるべきか。
「こんな深夜迄かかったんだ、いい素材を落としてもらわにゃんと割が合わん。」
テレビの画面を見る余裕なんか無い。
目の前のモンスターを狩る事が今の俺の指名なんだ!!
「きょうわ〜。
だ〜いはっぴょ〜!!
全国でこのクソ番組を視聴中の20万人位のクソウジ虫の皆さんに朗報でーす。
このかみちんが絶賛プロデュース中のミなる世界にむりょーでごしょーたいしちゃいまーす!!
すなわち!
拉致!!
監魂!!
か・ん・た・ま〜じす!!!
かみちん、ちこーっと計算ミスっちてー、人口増加システムがちょろっとバグっちったんだよね、その補填にくちょむし皆んなの魂をちょろっとぱくっちゃおうかって、こっちのジジィに話通して無いからワクワクドキドキキンキなんですけど〜!!
キャハハはははは
禁忌っていい響ィ
ゾクゾクしちゃうよね。」
気付いたら操作をやめていた。
俺の手はゲーム機を持ったままだったが、スピーカーからは制限時間を過ぎ、狩失敗を知らせる重々しいBGMが流れていた。
イタズラであって欲しかった。
妙な説得力を持つかみちんの言葉は俺の視線と意識をテレビ画面に集中させていた。
TV画面一杯に広がる、ピンク色の暖かそうなモコモコの兎の着ぐるみににも似た衣装の頭の部分。
そこには放送禁止のモザイクを雑にかけた様な、ボールペンを書き殴った様な映像がモワモワと浮かんでいる。
それが原因でかみちんの顔や表情はわからなかったが、気味の悪い事に、素早く、人間離れした動きを見せる2本分腕の拳、掌が手話の様でそうではない、ただ、かみちんのどす暗い意識を俺に、嫌、視聴者全員に伝えて来ていた。
上手く言い表せないが、その画面を見れば、わかった筈だ。
かみちんの毒々しいまでの、利己主義を。
「んじゃ、5秒後。」
動きがピタッと止まり、5本の指が一本ずつ折れ曲がる。
「!」
恐怖より先に手が動いた、俺は手元のゲーム機をテレビに向けて放り投げ、テレビの破壊した。
ゲーム機が跳ね返り、床に落ちる。
テレビはぐらついて勢いのままテレビ台の後に落ちた
「・・・・・・。」
座ったままであったが、季節的にありえない汗が全身に湧き出てくる。
足が震え、それを初めにドクンドクンと身体が振動する。
息が漏れ、耐えきれなくなった上半身をテーブルに預ける。
ガラスは息のせいで薄く白く濁り透明になる。
それを何回か繰り返すと、ようやく身体も、心も落ち着きを取り戻した。
・・・・・。
「・・・・っ」
火事になるかもしれないので、TVのコンセントを抜く為に立ち上がり、部屋の角っこに向かう。
コンセントに手をかけると
ジジ
昔のテレビの砂嵐の様な音が後で鳴る。
振り向くと目前に空間が歪んだ様な、昔見た映画のワンシーンの再現の様な、とにかく信じられない光景だった。
「へ?」
この年齢になってこんな呆けた声をあげるだなんて想像もしていなかった。
「・・・ふわっ」
歪みは秒事に何かに変化していく、クネクネと気持ちの悪い動きが、ついさっき見た奇妙な手の動きと連動し、恐怖を再燃させる。
「マジ・・・かよ」
歯が食いしばられ奥歯に痛みを感じる。
目の端にはジワリと涙が浮かぶ。
それはやはり、想像した通り、掌に変化した。
その手の持ち主はかみちんなのだろう、特徴的に禍々しい動きと毒々しいネイルアートが物語っている。
掌は人差し指を立てて、まるで否定でもするかの様に左右に揺れた。
何処かでチッチッチと聴こえそうな具合だ。
逃げても無駄だ。
そう思った。
テレビを破壊してまで逃れようとしたのに、嘲笑うかのようにそれは俺の目の前に顕れた。
もう無理なのだろう。
ただの人間である俺にはどうしようもないのだ。
掌は俺の顔面をホールドすると、グニっと回転させた。
痛みはなかったが、俺の意識はそこで途切れることになる。
ただ最期の刹那。
「無駄、無駄ァ〜」
一生残るであろう嫌見たらしいネチっとした声色で語られるその言葉が俺の心に刻まれた。
ゲーム機のスピーカーから音声が流れる。
「イレギュラー33人目捕獲完了ぉ〜。
その他多勢には魂の洗浄を実行ぉ〜
ミなる世界に転生え〜。
20万人規模の転生だから、不具合生じたら後宜ぉ〜
タシの仕事はここまでだから細かい事は宜しく〜
ね!!。」
「ご苦労様でしたマイマスター」
「タシ、ほとぼりが冷めるまで消えてっからマジ、ジジィからクレーム来たらよろろ〜」
「・・・・・」
「?
シュミちん?
返事はぁ〜?」
「・・・承知しました。
創造・・・・」
ゲーム機は沈黙した。
その部屋の住人が倒れた場所には元から何もなかったかの様に住人の存在が消え。
部屋全体を沈黙が支配した。