第75話 テセウス
アパートの扉の前で、俺は異変に気付いた。
「開いている……」
遂に空き巣に入られたかな。こんな雑魚セキュリティ、簡単に突破できるだろうからいつかはと覚悟はしていた。この時代に電子ロックも術式ロックも無いとか入ってくださいと言っているようなものだ。
そろそろ引っ越すかな。金はあるし。とか思いつつ中に入る。財布とか重要な品は全部持ち歩いているから、何を盗られた所で大ダメージにはなりえない。はたして空き巣君は何を盗っていったかな。
「よう」
中に入り、俺の瞳に映ったのは――ちゃぶ台でビール缶片手にしている蛇屋永華だった。
「お前……状況わかってんのか」
「あたしがアンタと飲みに来た。それが今の状況さ」
「……」
ここで戦うと大家さんや他の住人に迷惑が掛かる。
コイツからは如月の現状とか聞きたいし……仕方ない。
蛇屋の正面に俺は座る。
「如月は無事か?」
やや強めの口調で探る。
「無事も無事。怪我1つない健康体さ」
敵の言葉を信じるわけにはいかないが、嘘は言っていない気がする。
「次はあたしの質問。その右腕……何?」
「ただの義手だよ」
「嘘だね。ウルから聞いたよ。アンタはビースト化した荒木習蓮と飯塚敦を倒している。そしてウルを撃退している。アンタが凄腕の魔法師であることは知っているけど、それだけじゃビースト化した連中を倒せたことに説明がつかない。その義手……人工オーパーツなんだろう?」
ビースト化、というのは魔物化のことか。
「勝手な憶測で喋るなよ。ミノタウロスを倒したのはアビスだし、飯塚を倒したのは如月だ」
「前者はまだわかる。けど後者は違うね。なぜなら如月小雪のオーパーツはまだ覚醒していない。飯塚を倒せるはずがない」
「覚醒していないってのはお前らの勝手な憶測だろ」
「どうしても話す気はない、か。じゃあ質問を変えよう」
蛇屋は口のタバコを空の缶に入れる。
「なんで、その義手からシアンの匂いがする?」
「……!?」
この義手にシアンのオーパーツが組み込まれていることは、アビスと一色さん、ユンさんしか知らないはず。
「シアン? 何を言っているかわからないな」
「ん? そっか。いやいいんだ。あたしも勘で言っただけだからさ。何となく、その義手からシアンを感じた気がしたんだ。アンタと初めて会った時にね」
この人、やっぱりシアンの知り合いか?
最初に会った時、右腕に居るシアンが蛇屋さんに反応した気がした。この2人には何かある気がする。
「次はアンタが質問していいよ」
「……お前らの目的はなんだ」
「へぇ、いきなりそこ聞く」
「人工オーパーツの量産、それと魔物化……じゃなくてビースト化だったか? どれもこれも手っ取り早く人を兵器に変える技術だ。戦力を集めて何をする? ギルド協会でも滅ぼす気か?」
「ははっ! まぁやむなくギルド協会をぶっ飛ばすことはあるかもしれないけど、あくまで目的は別だよ」
蛇屋さんはアマツガハラのある方向、俺の部屋の窓を指さし、
「あたしらの目的は……アマツガハラの攻略だよ」
「!?」
つい、デジャヴする。
シアンが最後に残した言葉を……。
「アマツガハラを攻略しようとすれば、神理会のジジィ共は全力で阻止してくるだろう。だから奴らとの戦いは避けられないかな」
「……お前はシアンと親しい関係っぽいけど、シアンもお前らと一緒に、アマツガハラの攻略を目指していたのか? ビースト化や人工オーパーツの件に、シアンも関わっていたのか?」
「それは違う」
蛇屋はキッパリと言う。
「元々は同胞だった。あたしらもシアンも同じくアマツガハラの攻略を目指していた。けれど途中で方針が食い違ったのさ。あたし達は『手段を選ばず』アマツガハラの攻略を目指した。だけどシアンは、『誰も巻き込まず』アマツガハラを攻略することにこだわった。シアンは複数の協力者を連れて、アマツガハラ攻略に挑んだ。たった数人でやり切ると宣言したのさ」
蛇屋さんの表情が険しくなる。
「事実、アイツは惜しい所まではいけたんだ……あのジジィ共が邪魔さえしなければな……!」
言葉の節々に憎しみを感じる。
その憎しみは結局、ギルド協会や神理会に向いているんだろう。
「邪魔って、何をされたんだ?」
「アイツはギルド協会の犬ども、つまりシーカー達に殺された。シアンを殺したのは現シーカー最強の男、阿良式卜トと聞いている」
阿良式とシアンが!?
まさに最強vs最強だな。だけどシアンのオーパーツは対魔物に特化している。さすがに阿良式には及ばなかったか。
「もしアイツらがシアンの邪魔をしなければ、シアンは今頃アマツガハラを攻略していて、あたしらは誰も巻き込まずただ平和に暮らしていたかもね」
「どうしてそこまでアマツガハラの攻略にこだわる? 誰も得すると思えないけどな」
「一部の屑を除いて全員得するさ。なあ葉村、もしもだ」
「?」
「もしもアマツガハラを基盤に、迷宮災害が起きたらどうなると思う?」
B級程度の迷宮が迷宮災害を起こすだけで1都市が滅ぶ。A級なら3つぐらいは滅ぶだろう。
過去、S級の迷宮が迷宮災害を起こした例が一件だけある。その時は一国が滅亡の危機に瀕したと聞く。
アマツガハラはその遥かに上……言うなればSSS級の迷宮だ。となれば、
「考えたくないが……世界が滅ぶんじゃないか?」
「――だろうね」
「おい、こんな雑談に何の意味がある? アマツガハラが出来てからもう何年経っていると思ってんだ。アマツガハラが爆弾になることはない」
「どうだかね」
蛇屋は立ち上がり、扉に向かう。
「そうそう、最後に1つ」
蛇屋は振り返り、
「あたし達の組織の名は『攻略者』。そして幹部の10人は『十本糸』と呼ばれている。あたしもウルも、十本糸の1人だ。言いたいことはわかるね?」
蛇屋さんやウルと同等の人間が、あと8人もいるってわけか。
「生半可な覚悟で挑んだら、死ぬよ、アンタ」
「生半可な覚悟じゃ無きゃ死なないんだろ? なら問題ない」
蛇屋さんは肩を竦めて笑う。
「テセウス……迷宮を攻略する英雄か」
「そう。そしてあたしらは迷宮を攻略するための糸口ってわけさ」
テセウスは英雄の名前。そしてテセウスにはアリアドネという女性から糸と短剣を貰い、迷宮を攻略したという逸話を持つ。
アマツガハラの攻略を掲げる組織にはうってつけの名というわけだ。
「じゃあね」
蛇屋さんは部屋を去る。後を追い、外に出た時にはすでに蛇屋さんの姿はどこにも無かった。
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