第74話 アロゴにて
特殊石材で構築されたピラミッド型迷宮アロゴ、その一室にて。
如月は椅子に座り、誰も来ない扉を見つめていた。刑事ドラマで出てくる取調室のような内装で、如月の正面には机ともう1つ椅子がある。
服とスクラップ以外の持ち物は没収されているが、拘束は甘く、手を手錠で縛られているだけだ。ただ魔力を練れないよう手錠には魔力吸引の術式が施されている。
「ご機嫌いかがですか?」
食事を載せたトレーを持ってウノが現れる。
ウノはトレーを机に置くと、如月の正面の席に座る。
「……いいわけないです」
「そりゃそうですよね」
「なぜ、私を攫ったのですか? 人質のつもりですか?」
「いいえ全然。あなたを攫った理由はそれです」
ウノは如月の首飾り――オーパーツを指さす。
「これはただのスクラップですよ……」
「スクラップ? とんでもない。そのオーパーツは特別なモノですよ」
ウノは知ったような顔で、
「そのオーパーツの名は“コハク”。この世で4つしかない生物型オーパーツです」
「えっと……」
如月はウノの言っている意味がわからなかった。
生物? これはただのアクセサリーだ。呼吸もしていなければ心臓もない。それに生物型オーパーツというのも初耳だ。魔物を捕獲し、使役するオーパーツや、人形を生きているかのように扱うオーパーツは知っている。だが命を持つオーパーツなど如月は聞いたことが無かった。
「厳密にはやがてそうなるという話です。今はまだ卵。あなたの魂が真に成長した時、卵は孵り、コハクは目覚める。コハクは強力だ。なんせその力は……」
「ままま、待ってください!」
「どうしました?」
「おかしいです。だってこのオーパーツの適合者は私が初めてで、だからこのオーパーツの記述はどこにも無いんです! なのになぜあなたは、私のオーパーツについて詳しいのですか!」
どこを調べても詳細がわからない。だから如月は己のオーパーツをスクラップとしたのだ。なのにウルは、まるで見て来たかのようにコハクを語っている。
「そんなの簡単です。我々は未来を知っている」
「え……」
ウノは当然のことのように話す。
「魔物化、複製退魔兵装、これだけのオーバーテクノロジーをこんな小規模な組織が持っていておかしいとは思いませんでしたか?」
「未来の技術を先取りしているとでも言うのですか……?」
「ええ。その前提の上で、我々の目的や理念についてあなたに語りましょう。私の話を聞いて、もし納得が出来たのなら、我々の仲間に入って欲しい」
ウノは語り出す。この世界の仕組みについて。
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迷宮アロゴ・10階(最上階) ボス部屋。
部屋の隅には緑色の馬――水棲馬がいる。ケルピーは全身を鎖で縛り付けられ、檻に入れられている。水を起こす能力を持つケルピーだが衰弱しきっており水滴を出すことすらできず、トドメの一撃を待つだけの肉塊と化していた。ケルピーはこの迷宮のボスで、倒してしまうと迷宮が消えるためこうしてギリギリのところで生かされている。
そのケルピーの檻の前には2人の女性が居た。
1人は蛇の刺青をした女性、蛇屋永華。
もう1人は葉村が以前サポートしてた女性シーカー、成瀬美亜。
「くっ、そ!」
成瀬はその場に倒れ込む。
「こんなんじゃ幹部の座はやれないね」
ボス部屋の至る所に戦闘痕がある。これらの傷痕は蛇屋と成瀬がつけたものだ。
「あー、ムカつく! なんだってこんな無名に私が負けるのよ!!」
「理由は明白でしょ。剣術拙い。オーパーツの扱い下手。頭悪い。ついでに性格もクソ」
「この……!!」
「でもセンスは悪くないよ。ちゃんと努力すりゃ、まぁ良い線いくんじゃない」
「あ、そう? そうよね!? やっぱり才能あるわよね私!」
蛇屋は調子に乗っている成瀬に対しため息を漏らす。
「……アンタさ、なんでウチらの仲間になったわけ? 別にウチらの思想に共感したわけじゃないでしょ?」
「ええそうよ。私の目的はただ一つ! ――葉村志吹に一色冴……アイツらをぶっ飛ばすこと……!」
「そんな私怨のために迷宮都市に喧嘩を売るとはね。呆れる」
「私怨に命賭けちゃ悪い? 感情より優先するものはないわ!」
成瀬のセリフに、蛇屋は小さく笑う。
「アンタ……ちょっと似てるわ」
「似てるって、誰によ?」
「旧友さ。意外にウチの組織にはアンタみたいな馬鹿が必要だったのかもね」
「馬鹿ぁ!? 調子に乗るなよ蛇女! もっかい勝負だ!!」
「いいよ」
成瀬は雷剣イナヅチを振り回す。
「『雷刃千羽翔』!!!」
雷の斬撃を無数に飛ばし、蛇屋に向かわせる。蛇屋はオーパーツのヨーヨー・“ハクダ”で一撃一撃、全てを迎撃する。
「はっや! 何なのあのヨーヨー捌き……!」
蛇屋はヨーヨーを手もとに戻し、そして下手投げで投げる。成瀬はヨーヨーから逃げるが、ヨーヨーはどこまでも伸びて追跡してくる。
「ハクダはどこまでも標的を追跡する」
「だけど伸ばせば伸ばすほどアンタからヨーヨーは離れ、アンタは無防備になる!」
成瀬はイナヅチを地面に突き刺し、
「『雷槍裂破』!!!」
雷の槍が成瀬正面の地面から突き出る。雷の槍は次々と地面から突き出て、真っすぐ蛇屋に向かっていく。
蛇屋は一瞬でヨーヨーを手もとに戻し、成瀬の傍にある石柱に投げた。
「なっ! いつの間に……!?」
「ハクダはね、戻す時が一番速いんだよ」
ヨーヨーは柱に巻き付き、蛇屋はロープを伸縮。柱まで高速移動する。
「やっば!?」
「はい、おしまい」
成瀬の背後を取った蛇屋は成瀬にヨーヨーを投げ、成瀬をヨーヨーの光の紐でグルグル巻きにした。
「解け! この馬鹿ァ!!」
暴れる成瀬を、蛇屋は興味深そうに観察する。
(この短期間で持ち技を昇華させた。成瀬美亜……センスあるわ、この子。あのジョーカー君のシーカーだっただけある)
蛇屋は成瀬のオーパーツ、イナヅチに視線を移す。
(だけど成瀬のセンスが霞むぐらい、これがヤバい。雷撃の速度は速いわ、形は変幻自在だわ、威力もまだまだ発展途上。このオーパーツのポテンシャルの高さは一体……)
蛇屋は新しいタバコに火を点け、成瀬に尋ねる。
「ねぇアンタ、一体どこまで強くなりたいの?」
「別に強くなんてなりたくないわよ! 私はただ目立ちたいだけ! 誰よりも注目されて、誰よりも美しく歴史に名を刻む!! 全ての女が私を目指してメイクや整形をして、全ての男が私で妄想し猿のように自慰行為をする。私が望むのはそんな自分よ!」
まさに自己承認欲求の鬼。悪辣な欲の塊だ。
しかし欲望の形はなんであれ、欲望の大きさは人を強くする。
「……そうかい」
蛇屋はまた旧友を思い出し、小さく笑った。
蛇屋はヨーヨーの拘束を解き、部屋の出口へ向かう。
「ちょっとどこ行くのよ! まだ勝負は終わってないわよ!」
「生憎だけど、私も暇じゃないの。デートに行かなくっちゃ」
「で、デート!?」
意外にも彼氏を作ったことのない成瀬は蛇屋の背中を目で追い、嫉妬から唇を噛みしめた。蛇屋が会いに行く相手が、自分の知り合いとは知らずに。
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