第62話 伝説の終焉。そして――
シアンはシロツバキの白光を用いた九つの技を使う。
一の太刀から九の太刀……その全てを披露してくれた。
動画で見たことはあったが、肉眼で、自分自身の視点で技を見られたのは大きい。九つの技全てを見せたのはパフォーマンスか、それとも俺への『指導』なのか、はたまた両方か。それはわからない。
俺の墨刀クロガネは黒い墨を纏う。あの墨をシロツバキの白光のように扱えたら……。
シアンは魔物を一掃した後、最後にその刃でバトラーを斬り、強制的に配信を終わらせた。
「……うっし。終わり。これだけやれば十分でしょ」
意識が暗転する。
真っ白な部屋。俺の精神世界。
そこで、俺はまた黒いモヤと向かい合う。
『暫く……もしかしたら永遠に、ここでお別れだね。葉村……いや、志吹君』
モヤからシアンの声がする。
「もう悔いは無いのか?」
『大有りだけど、やれるだけのことはした。君には感謝するよ』
モヤが、人の形になる。
最後に俺は、シアンの肉体と対面した。
色々驚きはあったが、ひとまず飲み込み、彼女の目を見る。
「志吹君、最後に一つだけお願いしていいかな?」
「無茶な事じゃ無ければな」
シアンはハッキリとした声で、
「アマツガハラを攻略して欲しい」
そう言うシアンの顔はどこか嬉しそうに見えた。
ようやく肩の荷が降りたというか、長旅から我が家へ帰ってきた冒険家のような顔だ。
「……無茶じゃねぇか!」
「無理にとは言わない。今回の件と違って、これはただのお願い。脅迫でも交渉でも無い。選択肢は君にある」
あくまで俺に判断は任せると前置きした上で、シアンはこう続ける。
「アマツガハラの攻略は私の使命であり、夢であり――全てなんだ」
「……」
真面目な態度だから、こちらも真剣に答えよう。
「たとえ、アマツガハラを攻略する術を見つけても、俺は攻略しない。アマツガハラから取れる資源はこの迷宮都市はもちろん、日本、海外、世界を支えている。アレを攻略しようとするのは……悪の行いだ」
シアンは、口元を笑わせる。
「無限の資源、なんてものは存在しないんだよ。志吹君」
シアンは口元だけを笑わせたまま、光の無い目でこう告げる。
「君さぁ、あの迷宮が……無から生まれていると本気で思っているのかい?」
「!?」
この世のあらゆる物は等価交換。それが世の常識だ。
無から何かが生まれることは本来あり得ないことだ。
だけど、アマツガハラはその理から外れているものだと俺は考えている。そういう超常的な存在だと考えているが……シアンはそうでないと思っているようだ。
もしもアレが無から生まれた物じゃないのなら、背筋がゾッとする話だ。
ならば、あれだけの資源の代わりに、『人類』は何を失っている……?
「ここまでだ。後は君の目で、この世界を見て、判断するといい」
シアンは全身を光の粒に変え、消えた。
俺の意識が、肉体に戻る。
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目が覚めると、俺はカラオケボックスの中に居た。
「お……はよう」
後頭部に、柔らかい感触。そして目の前に見える一色さんの顔。俺はどうやらカラオケボックスのソファーで、一色さんに膝枕してもらっていたようだ。
「すみません」
体を起こす。
凄まじい疲労感。シアンに体を貸した反動かな。
「……気絶した俺を、ここまで運んでくれたんですね」
「うん。もう零番地区に戻ってきてる。演奏停止を押したら本当に戻った……」
ふと扉の内窓を見る。
扉の外の景色がカラオケ内の通路に変わっている。
「これからどうするの?」
「上に戻ります。シアンの道具は全部、ここで処分しましょう。恐らくこれから多くの人がシアン探しを始めますからね。俺がシアンを演じた、という証拠は隠滅しなくてはいけません」
「わかった」
シアンの道具を魔法を駆使して全て処理し、零番地区から地上へ上がる頃には朝になっていた。
それから一色さんと別れ、自室で就寝――できるはずもなく。
窓からずっと、迷宮都市にそびえ立つアマツガハラを見つめていた。
俺がやったことが正しいことだったのか、悪いことだったのかはわからない。ただ確実に、着実に、この街の空気は変わった。
テレビのニュースもネットニュースも新聞も、どこもかしこも昨日の配信についてだ。
サラリーマンも総理大臣も、ホームレスも大富豪も、大学生も幼稚園児もシアンについて語っているんだろうな。
アレが、トップシーカーの景色。
俺が目指す景色、か。
「遠いな~……」
魔法、オーパーツの扱い、体の使い方。どれをとっても俺より遥か上。俺の体を動かすのは初めてのクセして、なんであんな風に動けるんだよ。
悔しさ1割、嬉しさ9割だな。
シアンのおかげでわかった。俺は強くなれる。魔法や体術などの基礎的な能力もまだ上がある。
……自分にはまだまだ可能性があるということが、どれだけ嬉しいことか。
「……トップシーカー、か」
得たモノはもう1つある。
それは、1つの疑問。
アマツガハラという、大迷宮の謎。
シアンの言葉を鵜呑みにするのもどうかと思うが……なぜだろう。俺はいま、あの迷宮がどこか恐ろしく映る。
トップシーカーを目指す過程で、いつか必ず向き合う時が来るのだろう。神製塔型迷宮アマツガハラ――その正体と。
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