第60話 172層
足を運んだのはカラオケボックス『ダウン&ダウン』。
地上のカラオケボックスに比べると遥かにボロく、地下街のさらに地下(B1F)にあった。階段でそのカラオケボックスに入り、フリータイム(朝までのコース)でお願いする。ちなみに店主は齢70はいってるお婆さん一人で、店内は薄暗く、豆電球が明らかにキャパオーバーな範囲を照らそうとしていた。
シアンが指定したのは部屋№12。一番奥の部屋だ。
部屋に入ると、前の客が残したであろう汚れた皿や空のペットボトルが散乱していた。軽く掃除し、椅子に座る。
『デンモクを取ってくれ』
デンモク……カラオケに音楽を入れる電子端末を取る。
『そこのオプションから『番号で音楽を入れる』を選択するんだ』
そういえば昔は番号を入れて音楽を入れていたと聞く。いまだにその機能残ってるんだ。使っている奴見たことないけど。
番号選択画面に入る。8桁数字を入れられるらしい。
『最初に『4946』と入れた後、行きたいアマツガハラの階数を選択するとそこへ飛ぶ』
「マジか……」
「なんだって?」
俺はシアンに言われた手順を一色さんに教える。
「ホントだとしたら、まだやるのはまずいと思う」
「はい。まだシアンのアカウントにアクセスしていませんからね」
『そうだった。忘れていたよ。番号選択画面で『5656-2141』と入力してくれ』
(なんで?)
『いいからやってみなさい』
仕方ない。言われた通り入れてみる。すると、部屋の壁に扉のような切れ目が入った。
「なに? これ」
切れ目のついた壁が扉のように開く。
壁の扉の中にはシアンの変装道具一式と、撮影用スマホ・バトラーが入っていた。
『私の探索セットだ。そのバトラーは足が付かないよう改造してあるし、私のアカウントにもアクセスできるようになっている』
(変装道具があるなら教えてくれよ……)
『君ではサイズが合わないだろう。あ、一色ちゃんに着せてあげれば? サイズちょうどいいんじゃないかな』
一色さんにはちょっとばかし大きいが、許容範囲内か。
「このシアンの服、一色さんが着たらどうですか? 俺の分は別で用意してあるので」
「うん。なんかのトラブルで映り込んだら大変だし、そうする……けど……包帯とこの黒のローブだけ? 下に着る衣服は?」
『ないよそんなの』
「ないらしいです」
「……」
ちょっと待て。てことは裸に包帯直巻きか……。
そういえばシアンって、包帯と黒装束以外何も着てなかったな……。
「じゃあ、俺は扉側を向いて着替えるんで、一色さんは壁側を向いて着替えてください」
「わかった……絶対、振り向いちゃ……ダメ」
「わ、わかってます!」
背後から布が擦れる音が聞こえる。こんな密室の薄暗い部屋で、裸に包帯を巻き付ける男女……なんか、背徳感があるな。
暗い部屋の中、何とか30分ほどかけてミイラ男になる。さらに上から黒いローブを羽織る。ローブはフードから足首に掛けてあり、きっちり前も後ろもカバーできるぐらいの面積がある。
「一色さん、もう大丈夫ですか?」
「う、うん」
振り返る。
一色さんも立派なミイラ女になっていた。外見ではどこの誰だかわからない。
ただ胸の部分が出っ張っているので、シアンには見えないだろうな。シアンは男女どちらかわからないぐらい胸が無――
『きみきみぃ。オリジンを内側から破壊されたいのかな?』
申し訳ございません。
ていうか今更だけど、一色さんは別に包帯の下に服を着ても良かったんじゃないか? シアンを完コピする必要性も無いんだし……今更だから言わないけど。
(準備OK……で、どの階層に行く?)
『172階だ』
「理由は?」
『そこへ到達できるシーカーは居ないだろうし、魔物の数も少なく環境も平穏だ』
シアンに言われたことをそのまま一色さんに通訳。一色さんも承諾した。
「えーっと、それじゃデンモクに……4946、0172……送信、と」
部屋にある液晶画面に文字化けしたような歌の名が映し出される。そして、スピーカーからオルゴールの音が響き始めた。
「この音は……?」
耳から生命力をぶち込まれている気分だ。
体に力が溢れる。
『聞く者の肉体を鼓舞する音楽だよ。バフのようなものだ』
部屋の白い扉が真っ青に染まる。立ち上がり、扉に付いている内窓から外を見るが、さっきまでカラオケの廊下を映していたはずの窓が真っ暗になっていた。エレベーターが高速で上がっていくような音と浮遊感がする。
音と浮遊感が止まると、外の景色が変わっていた。
『着いたよ』
扉を開き、外に出る。
扉の外に広がっていたのは――真夜中の廃れた都市。
「ここが……第172層」
『未来都市エリアだ』
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