第58話 零番地区 ※迷宮都市・地図有り
一色さんを部屋に招き入れる。
一色さんは座布団の上で正座し、何やら落ち着かない様子でキョロキョロしている。
「? どうしました一色さん?」
「い、いや! ……何でもない……」
見渡した所で俺の部屋なんて特に何もないけどな。シーカー用&サポーター用の参考書や俺が独自にまとめた迷宮に関するレポートの山。後は子供の頃の写真とかか。
「……かわいい」
「はい? なんか言いました?」
「にゃ、にゃんでもないっ!」
今日はいつにもまして様子が変だな……。
「所で、どうやってシアンの振りをするつもり? ただシアンの変装をしてカメラの前で出た所で誰も信じないでしょ」
「実際に迷宮に潜ってシアンの力を振るいます」
「迷宮って、どの辺の階層?」
「50階層以上を考えてます。ゲートに入ってからシアンの変装をして……」
「危険」
一色さんは断ずる。
「あの辺りはシーカーの数も多い。シアンの真似している時に誰かに見つかると面倒」
「それは……言えてますね」
「しかも相手が弱すぎてシアンのオーパーツが使えた所でその力の証明にはなりえない」
「なら、上層……100層以上に行きますかね?」
100層以上なら人も少ないし、敵も強い。条件はクリアしているが、
「上層ゲートは入る前に記録を取られる。それにA級ライセンスが無いと入れない」
下層・中層は特に制限は無いが、上層ゲートはA級以上がそのライセンス証を示さないと入れない。俺じゃ入れないわけだ。
『行くのは170層だ』
「はぁ!?」
ビクッと、一色さんの肩が震える。
「あ、すみません」
「どうしたの……?」
「いや、シアンが行くなら170層だって……」
「ぜっっったい無理!」
一色さんが声を荒げる。その瞳は真剣だ。上層以上の迷宮の凶悪さは一色さんの方が良く知っているだろうから必死なんだろう。
事実、色々な面から170層に行くのは不可能。俺がそこに行くにはまず中層ゲートから入って120階以上登らないとならない。うん。不可能だ。
「というか、根本的にアマツガハラに入るのが無理ですね。シーカー無しじゃ止められる……」
昔みたいに忍び込むか? でも確か、飯塚の一件以降アマツガハラの警備が厳しくなったとか聞くし、危険だな。
『問題ないって。私だけのゲートがあるから』
(どういうことだ?)
『私が個人的に作成したアマツガハラへのルートがあるってこと』
そっか。シアンは非公認のシーカー、そもそもアマツガハラに搭載されたゲートを使える身分じゃない。どうやってアマツガハラに侵入していたか不明だったけど、自分独自のゲートを持っていたなら説明がつく。もっとも、ゲートを作るなんていかれた所業だけどな。
「シアンが独自にゲートを持っているらしい。そこからアマツガハラに入れるそうだ」
『しかもゲートは好きな階にいきなり飛べる仕様だ。あ、でも行ったことのない階には行けないけどね』
もしそんなものがあるとしたら、また色々と疑問が出る。
神理会、ギルド協会の技術ですらゲートを三つ用意し、それぞれ下層・中層・上層の最下層にしか繋げない。なのにシアンはどの階にもアクセスできるゲートを持っている。おかしい。強さの説明は天才だからで片をつけていいが、この技術力の差は説明できないぞ。
良く噂はされていた。シアンの背後には何らかの組織があると。
ただの個人がギルド協会より性能の高いゲートを作るなんて無理があり過ぎる。
無論、まだ実際に目で見たわけじゃないから嘘の可能性はあるけどな。
『余計なことは考えない』
俺の心の内を読んだであろうシアンが語り掛けてくる。
『今はただ、私を演じることに集中してくれ……頼む』
「……」
何か隠し事はあるのだろう。だけど、シアンの声は必死で、真摯で、そこに悪意は感じない。
とにかく言う通りにやってみよう。きっとこれは、俺のためにもなることだ。
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アパートから徒歩15分。
着いたのは……地下街に繋がる巨大エレベーターの前。
「本当に地下街にゲートがあるのか?」
『ああ』
目の前には自動扉で囲まれた巨大な円形の浮動床、エレベーターがある。エレベーターは一度に200人まで乗ることができ、1分毎に稼働する。30秒で人を乗り降りさせ、30秒で上昇(下降)、これを繰り返す。イメージとしては電車が近いか。エレベーターが到着すると自動ドアが開き、地下街から来た連中が降りる。そして地下街に行きたい連中が乗る。管理者(電車で言う駅員)が安全確認をしっかりとし、自動扉を閉め、浮動床を下降させる。乗客が落ちないよう、自動扉が閉じると同時に薄いドーム状の結界が張られる。この浮動床も結界も、魔導結晶を使って運用している。
「本当に行くの?」
一色さんが聞いてくる。
気持ちはわかる。なぜなら地下街は物凄く治安が悪い。アウトローだ。面積で言えば東京の一区ほどだが、治安維持は一切されていない。
と言うのもこの地下街は、神理会の人間が迷宮都市の汚い部分を押し込め作った場所。観光客や各国の重鎮などに見せたくないものを押し込めた……いわば掃き溜めなのだ。
地下街『零番地区』。
違法風俗や違法ショップが並び、麻薬や銃火器が当然のように売られている。迷宮都市で中級違反(オーパーツで軽犯罪を起こしたシーカーや外の人間にクリスタル等の迷宮の産物を横流しした者等々)を起こした人間もここへ押し込まれる。ちなみにその軽犯罪者達は地下街から出ると金縛りに遭う呪印を施されている。零番地区には牢獄の役割もあるわけだ。
一度だけ足を運んだことがある。最初こそ興奮した。広大な空間に、天井パネルから降り注ぐ疑似太陽光。歌舞伎町のような騒がしい街並み。エレベーター付近の街並みはまだいいのだが、一歩裏に入ると地獄だった。焦点の合わないチンピラに絡まれ、二回り上のお姉さん方に怪しい店に誘われ、奇声を発し包丁を振り回す老婆に追いかけられた。半べそかきながら地上へ帰還したもんだ。
だけど、ここまで来て引き返すわけにもいかない。
「行きます。けれど一色さんは辞めておいた方がいいかもしれません」
「なんで?」
「零番地区……ここを一色さんのような美人が歩くのは危険です。スカウトやヤクザがあの手この手で一色さんを攫おうとしますよ」
「……美人」
一色さんはなぜか嬉しそうに頬を赤くする。
「別に問題ない。迷宮の魔物に比べたら性欲魔なんて雑魚」
それもそうだ。一色さんが地下街の人間に負けることは無いだろうな。
「わかりました。では一緒に行きましょう」
俺と一色さんはエレベーターに乗り、地下街に入る。