第57話 早くない?
6月下旬。
病院を退院し、体調を万全にした俺は、ある約束を前に震えていた。
俺の持つ義手の右腕、人工対魔兵器。コイツを覚醒させるために、オリジンに眠るシアンとしてしまったある約束。
――10年前行方不明となった歴史上最強のシーカー、シアン=トーカーの振りをする……という約束。
入院中、右腕から何度も彼女から連絡があった。『約束を守らない男は嫌いだ』、『やってくれなきゃ内側からオリジンを壊す』、『約束約束約束約束』と。ノイローゼになりそうなぐらい、彼女は催促してきた。
だから今日、決行する。
部屋の畳に変装道具を広げる。
ネットから取り寄せたボイスチェンジャーと黒装束(ファンが製作したシアンの服のレプリカ)。ドラッグストアで買った白の包帯と緑のカラーコンタクト。これだけあれば外見は何とかなるだろう。
シアンとの身長差約10cmはカメラの機能で誤魔化すとして、問題はオーパーツと俺の義手だな。
「……シアン、聞こえるか?」
俺が問いかけると、脳内に女性の声が届く。
『何かお困りかな?』
あの一件以来、シアンとは脳内会話ができるようになった。そのせいでイタ電が来たわけだが……。
「お前の振りをするにあたって2つ問題点がある」
『当ててみようか。オーパーツと義手だろ?』
「ああ」
『私のオーパーツなら問題ない。少しの時間なら顕現できる』
「……顕現、だと? そんなことができるのか!?」
『君のオリジンは私のオーパーツを含む5つのオーパーツで構築されている。均等に、20%ずつ別個のオーパーツが使われているわけだ。私の魂は君の腕にあるわけだから、魂から義手に眠る20%の私のオーパーツにアプローチして、力を引き出せばいい』
そうか。オーパーツは魂に呼応するもの。シアンの魂とシアンのオーパーツの欠片があるなら、あの伝説のオーパーツ……“神鉈シロツバキ”の力を引き出せるのか。
『ただし、所詮20%だ。神鉈シロツバキを顕現できる時間は僅か数分、更に私の魂もかなり消耗する。シロツバキ顕現後、私は暫く眠りにつくだろう。私の魂が眠れば当然、シロツバキも使用不可になる』
じゃあ一度使ったら暫くシロツバキは使えなくなるのか。
今後も自在に使えたら……と思ったけど流石にそう都合の良い話はないか。
『後の問題は腕だけど……』
「シロツバキを出している間はオリジンはどうなるんだ?」
『クロガネの時と同じだ。腕が刀になる』
「ならシロツバキを出した後に配信をスタートさせれば問題ないな」
と言うのも、シアンは俺と同じく右腕を失っている。
シアンの最後の配信の中で、シアンは突如右腕を切断された。そこで配信は切れ、シアンは行方不明となった……。
「……やっぱり、アイツにはこのことを言わないとダメだな。絶対、偽シアンが俺だってバレる」
『唯我阿弥数か……』
何やらシアンの声が険しい。
「どうした?」
『……この成り代わり作戦が終わったら、私は暫く君と会話すらできなくなるだろう。だから先に言っておく。あの子は私の――――』
そこから続く言葉を聞き、俺は背筋に悪寒を感じた。
ただその情報は現状必要なモノではなく、深く調べる必要性は無いので胸の奥深くにしまい込んだ。しかし……アビスという少女に感じていた得体の知れない闇、その闇の深淵が少しだけ見えた気がした。
スマホでアビスに連絡する。今は20時、夕食時だ。だからかアビスは何かを口に含んだような声で『もひもひ?』と返答した。
『ごくん。――すまないね。いまレストランでディナーを頂いている所なんだ』
「飯中悪いな。お前に報告しておくことがあって連絡した」
『なにかな?』
「周りには誰もいないか?」
『ユンさんと一色ちゃんが居る』
ユンというのはオッドキャットの技術者だ。オリジンの開発者でもある。
一色さんはアビスのサポーターで17歳の女子。いつもゴスロリ服というか、俗に言う地雷系の服を着ている。基本的に冷静沈着だがたまに変な挙動をする人だ。
「その2人ならいいか」
『なに? 結構ガチな話?』
「大ガチだ。どこから話すかな……まずは俺が飯塚と戦った時の話からか」
俺は魔物化した飯塚との戦い、その詳細を話す。
『……対オーパーツのオーパーツか。面白い能力に目覚めたね。更にシアン=トーカーとも接触した……と』
通話の先から、ミシミシと何かが軋む音が聞こえる。
「アビス……?」
これは多分、魔力の圧力で椅子やテーブルを軋ませている音だ。
つまり……怒ってらっしゃる。
『き! み! は!! なんでそんな大切なことをすぐに言わなかったんだああああああああああああああっっっ!!!!!』
「おおわっ!?」
珍しいアビスのガチギレボイス。
『何度もお見舞に行ったよね!? なんでその時言わなかった!?』
「いやお前忙しそうだったし、中々言うタイミングが無かったというか……忘れてたというか?」
『……まぁいい。次会った時は覚悟しておきたまえ』
やば。本気で怒ってるよ。
『シアンの振りをするという件だが……いいだろう。君に覚悟があるのならね』
「覚悟?」
『世界を変える覚悟さ』
アビスの声が真剣なものになる。
『たった一日だとしても、君がシアンを演じきったのなら、この世界は大きく動くだろう。神理会も、その下部組織である我々も、世間も、全てね』
そりゃ、伝説のシーカーが一夜限りとはいえ復活するんだ。影響力はあるだろうな。
「覚悟ならあるさ。影響が出ることもわかっている」
『はたして本当に理解しているかな? 君が思っている以上に『シアン』というシーカーが持つ影響力は大きいよ』
「……なんだよ、やめてほしいならハッキリ言ったらどうだ」
『勘違いするなよ。僕は賛成派だ。シアンが生きているとなったら、神理会のジジイ共はシアン探しに躍起になるだろう。そうなれば僕らは動きやすくなるからね』
そうかい。
「今日の深夜に実行する」
『了解。あと一応監視として一色ちゃんを遣わすね』
「監視?」
『君が危険なことをしないように、ね。そ! れ! と! 君はどうやら報告を怠る癖があるらしいから、一色ちゃんにこの一件の報告書は書いてもらう』
「……悪かったって」
『サポーターとして使ってもいいよ。生配信するなら編集者は居た方がいいだろ?』
そうだな。たとえばカメラに不備が出たとして、戦闘中だと俺はそれに気づけない。その辺りをサポートしてくれるとありがたい。戦闘のサポーターというより、撮影のサポーターだな。
サポーターとしては当然如月も候補に上がるが、如月は危険な目に遭わせたくないし、現状――サポーターとしては一色さんの方が正直上だ。今回の一件はかなり繊細かつ危険、一色さんの方がいい。
「そうだな。一色さんさえ良ければ、手伝ってもらえると助かる」
『はいはーい。それじゃ、健闘を祈るよ』
通話が切れる。
「……ふぅ。さてと、一色さんが来るまでに持ち物を再確認するかな……」
ピンポーン。
「え?」
チャイムが鳴り、玄関を開くと、すでに準備万端の一色さんが立っていた。
「アビス様の命令で来た」
「早くない?」
【読者の皆様へ】
お、お待たせしました……。
本当は結構前に第二章書いてたんですけど、それを溜め込んでいたWordファイルがなぜかショートカットだけを残して消えてしまってですね。心が折れて更新を止めてました(言い訳)。
この小説を読んで、わずかでも
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