第３６話 なにしても
飯塚は斧の柄を伸ばし、攻撃範囲を拡張。伸びた斧を振り回してくる。
「オラオラオラオラァ！！ さっきまでの威勢はどうしたんだよコラァ！！」
俺は斧の１撃１撃を丁寧に義手で弾いていく。
「そろそろか」
「くっ……！」
飯塚の息が切れ始め、攻撃が鈍っていく。
「相変わらずペース配分を考えられない奴だな」
「あぁ！？」
今みたいに飯塚が無鉄砲に突っ込んでも、如月が居れば上手くケアしていた。だが今、如月はいない。如月にどれだけ助けられていたか思い知りやがれ……！
「【突竜鎖】！」
左手から鎖魔法を放つ。
「馬鹿が！ このマントで魔法は効かねぇんだよ！！」
鎖を飯塚――ではなく、飯塚の横を通り過ぎて飯塚の背後にある自販機に噛ませる。
「せーのっ！！」
両手で鎖を引っ張り、自販機を引き寄せる。
「なっ！？」
そのまま飯塚の背中に自販機をぶつける。
「～～～～っっ！？」
「そのマントは魔法に耐性があるだけでただの物理攻撃には耐性が無い。やりようはいくらでもあるんだよ」
体をくの字に曲げた飯塚に接近し、義手を前に出す。
「シールドアックス！！」
飯塚は斧を巨大化させ、俺との間に斧の壁を作った。
「へへっ！ 追撃失敗だ――」
「舐めるな！！」
俺は斧を義手でぶん殴る。
斧は飯塚を巻き込んでぶっ飛ぶ。
「ぶはっ！！？」
巨大化した斧の下敷きになる飯塚。飯塚は斧をナイフのサイズまで縮小させ、右手に持つ。
「斧ごとぶん殴るだと！？ ち、ちくしょう……どうなってやがる。アイツのどこにこんなパワーが……！」
飯塚が立ち上がってすぐに、
「【虚動幻影】」
分身を１体作成。
分身を突っ込ませ、俺は分身の影に隠れて飯塚に接近する。
「この野郎！！」
飯塚は斧をハルバード（柄の長い斧）のように伸ばし、分身を斬り裂く。
「分身！？」
分身が消え去った所で影から飛び出し、俺は義手で飯塚の腹を殴る。
「ごはっ！！」
左手でマントを剥ぎ、義手で飯塚の首を掴み上げる。
「て、てめっ……！！」
「【八方塞】」
黒い楔が８本、飯塚に刺さる。
この楔が刺さっている限り飯塚の座標は固定される。手足を動かすことはできるが、移動はできない。俺が義手を首から離しても、飯塚は空中に固定されたままだ。
「うおおおおおおっっ！！」
飯塚は悪あがきに斧を巨大化させ、振り下ろしてくる。
俺は義手で斧を容易く受け止め、
「【月華雷】」
空いた左手で雷撃を放ち、飯塚の右手を直撃。飯塚は右手から斧を零す。
「……こ、こんなバカなことがあるか……！？ ど、どうして俺が、お前なんかに……！」
「想像していた１００倍呆気ないな。俺が思っていたより、如月のサポートは大きかったようだ。俺は如月と一緒にいるお前の戦闘しか見てないからわからなかったよ。如月なしだと、ここまでお前が弱いとはな……」
飯塚は歯を折りそうな勢いで食いしばるが、どれだけ怒ろうがもう何もできやしない。
オーパーツは手元に無く、移動は封じられているからな。
「は、はは……！ よっぽど小雪に入れ込んでいるようだな！」
飯塚は体が動かないからせめて、口で俺を攻撃することにしたようだ。
「残念だったなぁ！ お前の大好きな小雪はよ！ とっくに穢れてんだぜ！」
「なに？」
「アイツは俺に買われたんだ！ 何もしていないと思うのか！？ ロリは趣味じゃねぇが、暇つぶしに抱く分には悪くなかったぜ……！」
「飯塚……俺を怒らせるためとはいえ、下手な嘘をつくなよ」
「な、なんだと！」
「お前がどれだけ小心者かは知っている。性犯罪は迷宮都市においてかなりの重罪だ。如月に無理やり手を出し、如月がそれを訴えれば借金は解消するし、お前も軽くはない罰を受けるだろう。お前がそんなリスクを犯してまで如月に手を出すとは思えない」
「っ！？」
飯塚は心の内を看破され、一瞬うろたえるも、すぐにまた笑みを作る。
「た、確かにな。だがな……性犯罪は重罪でも、暴行罪は安いんだぜ。この街はよ」
迷宮都市は独立した法秩序を持つ。
迷宮内はかなりの無法地帯であり、しかも魔物や罠への恐怖で理性を失いがちだ。極度の緊張状態のせいで感覚が麻痺し、１線を越える者が多い。まだ法整備がちゃんと成されていない頃は迷宮内での強姦事件が多発した。特に力で勝るシーカーがサポーターを襲う事件が多かった。迷宮内には性行為を目的とした魔物も僅かながら存在するため、罪も擦り付けやすい。それらの事情を踏まえて、性犯罪に対して厳しい法が作られた。
一方で、暴力行為には甘い。
迷宮で生き抜く力をつけるために、厳しい修行や訓練は必須であり、その修行や訓練で出来た傷などをいちいち訴えられてしまえば甘い修行しかできなくなってしまうからだ。この街では体罰も『強靭なシーカーやサポーターを作るためにはやむなし』という考えだ。
「知ってるか？ なんでアイツが常に顔を隠しているか……」
飯塚の楔が２本、外れる。コイツ、間違いなく時間稼ぎをしているな。
わかっていて俺は敢えて話に耳を傾ける。如月が顔を隠したがる理由については気になっていた所だ。別にコイツが楔から解放されようがまたすぐ捕縛できるしな。
「それはな！ 俺がアイツの顔を殴りまくってたからさ！ 腫れた顔を隠すために、アイツは顔を隠すようになった。傷が無い時でも、癖で顔を隠すようになってんだから笑えるよなァ！！」
「……！」
まさか、さすがにサポーターにそんなことする人間が……。
「あのブタみてぇにパンパンに腫れた顔、マジで傑作だったぜぇ！！」
「またくだらない嘘だな。そんなこと――」
「嘘じゃねぇよ！ 何なら見せてやろうか？ スマホに入ってるぜ……ボコられたアイツがピースしている写真がなぁ！！！」
反吐が出る。という感情を、初めて抱いた。
美亜はクズだった。人使いは荒いし、報酬はロクに払わない。悪口ばかり言うし、努力もしない。パートナーとして、最低だと、ついこないだまでは思っていた。
だが、最低は別にいた。
美亜が可愛く思えるほど……コイツは別格だ。
ここまで……人はクズになることができるのか。
「……もういい」
俺は、【八方塞】を自ら解いた。
「お！」
飯塚は拘束から解放され、地面に尻を叩きつける。
「は、はは！ 効果切れか！ 馬鹿が！ まんまと俺の時間稼ぎにハマったな！！ 俺の作戦勝ちだ！！！ これで状況はイーブン……」
飯塚は、俺の顔を見て言葉を止めた。
「……なにしても」
一体どんな顔をしているかわからない。
ただ、今までの人生で１度も、したことのない顔をしているのはわかる。
「……殺し以外はなにしても、いいんだったよな……？」
怒りで全身が沸騰しているのに、頭は冷徹に、どうやって飯塚を嬲るかを考えていた。
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