奇跡が紡ぐ、失った恋〜ピンク髪のヒロインは、ハッピーエンドを掴み取る〜
“悪役令嬢”がざまぁされます。
「ええ、よろしくてよ。婚約は解消いたしますわ。」
でも、と彼女は続けた。
「わたくし、帝国に嫁ぎますの。」
帝国皇帝の伴侶になるわたくしは、決してあなた方を許さないでしょうね。
覚悟しておきなさい。
彼女...キャサリン・ハロルド公爵令嬢の瞳はそう語っていた。
キャサリン様は完璧な令嬢だった。
そして彼女の婚約者であるエドガー王子にも完璧を求めた。
エドガー王子は妾腹の第5王子。
完璧であれば争いごとに巻き込まれ、命を落とすのは目に見えている。
努力したところで何も手に入らない人だっている。
彼はそういう星回りの人だ。
やるばやるだけ褒められるキャサリン様とは違う。
エドガー王子には、「ほどほど」常に求められているのだ。
ついぞキャサリン様はそれに気づけなかった。
きっと恵まれすぎていたのだろう。
私はストロベリーブロンドの髪の毛、藍色の瞳を持つ田舎育ちの子爵令嬢だ。
髪色からお察しの通り、ヒロインポジションにいた。
公爵令嬢を断罪して追放したのだ。
昨今流行りのヒロインと異なり、貴族の常識も礼儀も作法も頭に入っている。
これでも裕福な子爵家の生まれだ。
のびのびとしながらもある程度義務を果たしてきた。
両親はまだ私の結婚相手を決めていないが、私が貴族院を卒業したら嫁がされるだろう。嫁ぐ、と言っても婿を取って子爵家を継ぐだけなのだが。いわゆる家持ちの女だ。
そう思って、同学年のエドガー王子やキャサリン公爵令嬢とは関わらず、下級貴族のリーダーとして、慎ましく過ごしていたはずだった。
私に将来求められる人脈は、上級貴族とではなく、下級貴族や裕福な平民だろうから。
転機が訪れたのは、私の生徒会入りだった。
下級貴族のリーダーとして、裕福で、割と力があり、害にならない家柄...として私が指名された。
「お初にお目にかかります、殿下。ロザリー・アシェンバートです。」
私はゆっくりと腰を屈めて、生徒会長であるエドガー王子に挨拶した。
彼は王族らしい鷹揚な笑みで答えた後、いたずらっぽく笑った。
「かしこまらなくていい。僕は第5王子だしな。ロザリー嬢、君の働きには期待している。」
キャサリン様のいらっしゃらない場所である生徒会室は、殿下にとって憩いの場所であるよう。
婚約者のいない場所で存分に羽を伸ばす殿下。
そして、上級貴族もおらず、王族からすればどうにでもしうる私の前では、殿下は素を曝け出せる。
エドガー王子殿下は優秀だ。
実践的な技能、知識を持っている。
彼は人を操るのが上手い。
そうやって生きてきたのだろう。
彼は、毒味もされていないような、私が淹れた紅茶を好む。彼は別に私を信頼しているわけではない。
残念だけど、当然のことだ。
毒に慣れた体ではどうせ死なないし、自分には暗殺されるほどの価値がない、だから平気だ、と嘯いていた。
彼は私に他の王子の愚痴をいう。
私がそれを伝えるような友達がいないこともあるし、私1人、簡単に亡き者にできるからだ。
キャサリン様への悪口も凄まじい。
思うこともおありだろう。
キャサリン様の「完璧」な行動で彼が窮地に追い込まれたことは1度や2度ではない。
どうして、私は彼を愛してしまったのだろう。
報われない思いだ。
彼は私を愛さない。
でも、無性に、彼を助けてあげたくなった。
そうして私は秘密裏に実家と連絡をとり、入念な根回しをして、慎重に、そして手早くキャサリン様を罪人にした。
何かあれば私は勘当され、全て闇に葬られる。
両親はゴネたが、相手は公爵家だ。
それくらいの賭けだった。
殿下に恋した愚かな子爵令嬢の選んだ道だ。
キャサリン様にかける罪名は国家反逆準備罪。
エドガー王子にとって、キャサリン様の存在は害悪。
キャサリン様は殿下の命を脅かす。
殿下とも相談した結果だった。
殿下にとって私は、便利なコマだっただろう。それでよかった。殿下に恋した愚かな女は、それで充分幸せだった。
国外追放されたキャサリン様は実家のツテをたどり、隣の大国、帝国の皇位継承者と婚約した。完璧令嬢に相応しい立場だ。やっぱり彼女にはそう言った立場が似合う。
私たちとは異なる運命の人だ。
殿下は公爵位を賜わった。
私のことを望んでくれはしたが、キャサリン様のお気持ち、世間体、そして何より...自分自身の思いでお断りした。
私は殿下の共犯者になることができた。
彼の愛を望むなどきっと無理だ。
なら、これでいい。
行き遅れの私、公爵令嬢を追い落としたと世間での評判が良くない私は、王都にいるよりも田舎に帰った方がいい。
私は独身のまま実家、アシェンバート子爵家を継いだ。
キャサリン様による嫌がらせを懸念したが何事もなく、私は悔いなく人生を終えた。
もし、2度目の人生があったとしてもきっと私はエドガー王子殿下に恋をするし、キャサリン様を排除する。
そして私は王都を去り、ひっそりと子爵家を守るだろう。
次代は養子をとり、何の不安もなく、死んだはずだった。
「お嬢様、おはようございます。」
乳母の声に私は目を覚ました。
「え...」
この乳母は私が40歳の時に天寿をまっとうした。彼女は72歳。我が国の平均寿命を大きく上回ってのことだった。
葬儀も我が子爵家で出した。
彼女の家は忠臣だからだ。
私はもう一度乳母を見た。
どこからどう見ても私の乳母である。
「どうなさいました、お嬢様。緊張していらっしゃるのですか?」
彼女の笑いを含んだ声に私は曖昧に微笑んだ。
ここは死後の世界か何かだろうか?もしそうだとすれば、私に優しい世界だ、ここは。ハンナがいて、私に声をかけてくれている。
「ハンナ...ねえ...私は死んだの...?」
「...!?」
その時のハンナの驚きようと言ったらなかった。
そして私は今置かれている状況をとりあえず鵜呑みにしたのだ。どうやら今日は私のデビュタントらしい。
ということは16歳。はなも恥じらう乙女だ。
「死んで、ない......?」
両親は健在で、私は殿下に出会ってすらいない。学園に通っていないし、キャサリン様と殿下は婚約もしていない。
ーーもし、私がキャサリン様と殿下の婚約を防げば。私が知る未来から遠ざかる...?
殿下は苦しい思いをせずに、平穏に公爵になって、私はどこかから婿を取り、ひっそりと子爵家を継ぐ。そんな未来が、ありえるんだと、思う。
そうして自分は両親と共に着飾り、ホールへと向かった。
謁見を済ませ、適当に両親から離れて談笑する。ああ、ぬるい会話だ。これじゃ冤罪からの追放なんて簡単にできてしまう。私と殿下が組めば、簡単なことだ。
「ロザリー。」
自分の名前が聞こえてきたような気がして私は振り向いた。
そしてそばには王族しかいなかったので、勘違いだったと気づく。王族の方々だって歩いて貴族と喋ったりする。けれど、田舎の下級貴族と喋ることはないはずだ。私は殿下と会ったことがないはずなのだから。
ロザリーなんてありふれた名前。
確か王女様にもそんなお方がいた気がする。
「ロザ。」
聞き慣れた声、気になれた発音の愛称が懐かしくて、思わず返事をしてしまった。
たくさん悪巧みをして、噂を流し、動き、状況証拠を作り上げて、アリバイを崩し、彼女を罠に嵌めた。......私の仲間。私の共犯者。すごく楽しかったあの日々。
「エド、」
私は慌てて口を塞ぐ。なんて恐ろしい。王族を愛称で呼ぶところだった。ヒステリックな王妃や王太子が聞いていれば、無礼者!と手打ちにされてもおかしくない。
...両親以外で私を愛称で呼べるのは、彼だけだった。
そんな彼は、恐れ多くもかつて同志であった私にその愛称を呼ぶことを許してくれた。
でもそれも、今とは異なる時空軸のはなし。
いや、時空でもなんでもなく自分の夢とか、妄想の世界かもしれない。
そんなのを現実世界に持ち込んでしまうなんて、私はとうとう気が狂ったのだろうか。
そんな不安を抱え、私は自分の呟きを打ち消すように微笑んだ。誰にもそれ以上の言葉を続けさせない微笑み。
殿下と目が合ってしまう。
王族である彼はいとも簡単にその笑みを破った。暗黙の了解、深く聞かないという不文律を破るのは、さすがは殿下だ。
「覚えて、いる、のか...?」
ひゅっと息を呑んだのは、私だったのだろう。
音を聞いて、今更に認識する。
そしてそれは肯定にも等しかった。
「ロザ...。あっちで話そう。」
「いつ記憶を取り戻した?」
「今朝ですわ。」
「そうか...。僕は先週だ。」
顎に手をやる動作ですらいちいち様になる王子だ。
こんな舞踏会で私と一緒になっていていいのだろうか?
「状況は前と同じですのね?」
「いや。」
短く否定される。言葉少ないのは、かつてと同じ。信頼の証なのだと私は知っているから、それだけで満足できる。
「記憶を得てすぐにハロルド公爵家の不正の事実を暴き、一家全員軟禁してある。キャサリン嬢が僕に惚れて婚約させられたのは今日だったんだ。」
「まあ。ーーつまり、キャサリン様の被害は考えなくて良い、ということですね?」
なんと行動の早い。
相当キャサリン様に煮湯を飲まされた恨みがあると見ていいだろう。彼は、本来、こんなに積極的な人じゃない。
「ハロルド公爵家は古くからの臣下だが、そろそろ疎ましかったのも事実。この功績で僕の王位継承順位も繰り上がって第二位だ。」
そう。うちの国は基本生まれた順に家を継ぐのだが、輝かしい実績がある場合その限りではない、という決まりが皇室並びに貴族典範に定められているのだ。
「なんと...。」
記憶を取り戻したところでほとんど情報収集はできていないが、かつてと同じなら王太子は正妃の息子で、目立った功績はない。
「王太子を引きずり落とすのも夢じゃない。が、そうなするとなるとかなりの後ろ立てが必要だ。」
「なるほど。ーー権威は、どこを使おうが正妃様に負けますから、資金を取るために私、ということですか。うちの資金ですね。構いません、お任せください。」
うちは割と裕福な子爵家なのだ。国で1番大きな商会を運営しているお金持ちの子爵家である!
「ああ、頼りにしている。」
父と話して、殿下との契約を結ぶ。その時に見返りとして、私を側妃に入れてもらおうか。側妃の実家であれば商売に便利なはずだ。正妃などと贅沢は言うまい。
「わかりました。後ほど文書にいたしましょう。」
もし私が殿下の側妃になれたとして、うちの後継問題が浮上してくる。商会自体は未来と同じく、父の右腕に継がせたら良いが、未来で子爵家を継いだ養子は、今は生まれてすらいない。新しく候補を探してくるしかないだろう。
仕事が増えてしまった。
「ロザ。」
私が考え事をしている間に跪いた殿下に手を取られる。
真剣な殿下の瞳に射抜かれて、息ができない。
「結婚してほしい。」
取られた手に、キスをすることを許せば、私はプロポーズを受け入れたことになる。
未来、私はこの手を引き抜いた。けど、今は。
打算込みのこの状態を、甘受しようと、思う。
「ん...。」
手に殿下の唇が触れる感覚が、なんとも言えなくて、私はみじろぎしたのだが、殿下はしばらく手を離してはくれなかった。
「スターチス、見損なったわい!!」
王太子に声を上げる陛下を、内心ほくそ笑みながら、神妙な顔で見つめる。
「王太子殿下...、どうか、嘘だと。これは冤罪だと、おっしゃってください......!」
悲壮な顔で懇願する私に対して、誰も疑いを持たない。
王太子を嵌めたのは私だと。
「ああ、エド様の兄君が!隣国に情報を流しておられたなんて!」
エド様、どうか気を落とさないでくださいませ、と手を取りつつ、私は王太子を見つめる。
対外的に殿下は、王太子をこの上なく尊敬し、将来支えていきたいと公言している。その婚約者たる私は、知ってしまった事実に恐れ慄きながら殿下を慰める。
そして陛下を見つめた。
「再調査を、陛下!王太子殿下がそのようなこと、なさるわけがありません!」
私が王太子を嵌めた犯人として。再調査など願うわけがない。私は「自分が疑われやすいであろう」と理解しているからこそ再調査を通して身の潔白を示したい、そう見られる。
王太子は1ヶ月前に、有能な部下を雇い入れた、が、その部下が王太子の国家反逆に気づき、悩み抜いた末に告発。私と殿下が、その苦悩の訴えを陛下に取り次ぎ、今に至る。
もちろん、「有能な部下」から仕込みだ。正妃の無効化に時間がかかって今になってしまったが、もっと早く追い落とすつもりだった。
書類の偽造もお茶の子さいさいな子飼いを多く動かしている。
「......見損なった、スターチス。お前の王位継承権を取り上げ、神殿送りとする...。」
正妃に続いて王太子を失った力無い陛下の声が広間に落とされた。
「我らの成功に、乾杯。」
真っ赤なワインが揺れて、私と殿下が微笑む。
「やっと兄上も排除した。これで、絶対に未来のようなことは起きないな。」
満足げな殿下に私も幸福を覚える。
「お気をつけてください、殿下。油断は思わぬ事故につながります。」
その時は身を挺してでも庇いますが...と思いながら注意を促す。殿下のためにならなんでもできる、と私は今までやってきたことを思い返した。
殿下に敵対する貴族を借金地獄に陥れたことは数えきれないし、領地の経済を徹底的に破壊したこともある。冤罪でもなんでも被せたし、金をばら撒いて信奉者を作った。金で雇った暗殺者に政敵を殺させたこともあれば、身辺を徹底的に洗い出したり、悪どいことを数知れずやって来た。
「さて、そろそろ殿下の正妃様を選ばなければなりませんね。殿下が王太子となられたことで、きっと他国の王女からも縁談が舞い込みますよ。」
芳醇なワインを口に運ぶ。
もし、正妃が来れば。
こんな時間はきっとなくなる。
「......ロザ。」
「はい。いかがなさいましたか?」
低くて不機嫌そうな声に、笑顔で答える。
機嫌を損ねたいのはこっちだ。16の時から6年間、未来の時間軸を合わせれば30年ほどの付き合いにして、殿下を支えて来た。
...なぜ、ぽっと出の王女に殿下の1番を譲らないといけないのか。私が支えて来たと言うのに。
そんな不満を持ちながら、ただ、殿下のために、それだけの理由でこちらは側妃で満足しているのだ。
「僕の正妃は、君だ。」
ふ、と笑ってやった。
涙を堪えて。これは意地だ。絶対に涙なんて見せてやらない、女の矜持だ。
「論外です、殿下。どこぞの王女と結婚して、私に優雅な生活を送らせてください。」
たまにやってくる殿下を待ちながら、のんびりと、優雅に暮らす側妃生活。私はそれを思い描いていた。
「嫌だ。」
「そうおっしゃられても無駄です。私は殿下の金蔓、ただそれだけです!」
「嫌だと言っている!」
「っ!」
どん、と殿下がたちがって机を叩くのに、大袈裟に驚いてしまった。あまりこう言う姿は見たことがなかったからだろう。
「すまない、だが、僕の正妃はロザしかあり得ない。ロザが僕を拒むならーー君を無理矢理手に入れることも辞さないつもりだ。」
甘い甘いキスが、彼の言葉を愛の言葉に変換する。
「愛している、昔からずっと。君と永遠を誓いたかった。」
「ほんとう、ですか...?」
「嘘なら君を側妃にしている。契約上それで充分なんのだから。.........君が子爵家を継いだ時、心から後悔した。もっと言葉を尽くして、囲い込んで、君をそばに置いておけばよかったと......。ロザしかいらない、ロザがいればいい。」
「私は、身分が、」
「あそこまで政敵を潰したんだ。君に文句を言う貴族なんて残っていないよ。君の家を、僕に大いに貢献したとして、陞爵してもいい。それでも文句言うなら、僕が排除する。」
その愛してる、は呪いのような愛してる、だ。
普通王族は臣下と婚姻を結ばないと言うのに。
「他国の王子を娶ることで、他国の貴族が宮廷で大きな顔をするのを嫌う勢力は少なくない。君との婚姻くらい押し通せるだろうね。」
少し茶目っけを混ぜて、でもじっとりと笑う殿下は、私のすべてだ。
ロイヤルウェディングは、国を挙げた行事だ。私の家の商会のかなりの額を出資し、最大規模の結婚式が執り行われた。
「ロザ?どこを見ているの?」
「......幸せだと思っていました。こんな未来があるなんて、想像もしていませんでした。」
「僕は夢見ていたよ。」
殿下、いや、今日から夫の腕に包まれる。安心感のある彼からの抱擁は大好きだ。心が、温まる。
世界で1番幸せな私の居場所。
「さて、僕達の未来に、乾杯。」
お読みいただきありがとうございます。楽しんでいただけましたでしょうか?
感想、評価、ブクマ、いいね、ありがとうございます。私はよく誤字があるので、皆様の誤字報告にいつも助けられています。よろしくお願いします。
まだまだ寒い日が続きます。皆様ご自愛ください。
1/29 18:40 加筆しています。