表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
亜美佳  作者: むろたに しずか
通う亜美佳
9/14

「通う亜美佳」⑨

 仕事 を終えた充は、東京ジョイポリスの中をぶらついていた。寺内の様子はどこか違和感を残し、距離を取っておきたかった。そんな中、電車の待ち時間を少しでもズラすため、ここで時間を潰していた。



 入口の近くには、小物やアクセサリーを扱うショップがあった。充の近くには、商品を手に取っては戻る女性客がいた。目的もない充も、同じように店頭に並ぶ商品を手に取り、また戻す。



「これ、亜美佳が喜ぶかもしれないな」そう思いながら、彼は一つのストラップを手に取る。それはクマがクマの毛皮を着ているという奇妙なデザインだった。毛皮部分はフェルト生地で、触ると心地よかった。



「なんでクマがクマの姿をしているんだろう?」充は首を傾げる。深い意味があるのだろうか。少し心当たりがあった。人間も似たようなものではないだろうか。外見と内面が一致しない心理的な側面をこのクマが表現してる?それは充の行き過ぎた考えかも知れない。



 充は、奇妙なクマのストラップを手に、「お願いします」とレジのスタッフに声をかける。


 


—――


 


 行きと同じ道を、電車を辿るようにして、充は家への帰路についていた。夕方の17時30分、早上がりのサラリーマンたちがスーツ姿で目立つ時間だ。充も彼らの間に混じりながら、一人の距離を保ちつつ、自分のアパートへと帰り着く。




 トートバッグから鍵を取り出し、202号室の鍵穴に差し込んで回す。しかし、何の反応もない。無意識に反対方向に回すと、カタンと重い音が響いた。ドアノブを掴み、捻って引くも扉は開かない。再び鍵を元の方向に回すと、次はカチャリという高い音を鳴らした。



 リビングに入ると、テーブルの上に薬袋が目に飛び込んできた。それは亜美佳がいつも仕事中に飲む薬だった。



(亜美佳、忘れてるんだ!)



 慌ててズボンのポケットから携帯を取り出し、カチカチと操作する。新規メールの作成、宛先の選択と迅速に進め、椎名 亜美佳の名前を選択する。


 


「薬、忘れてるよ。大丈夫?」というメッセージを亜美佳に送った。少し落ち着かない気持ちで、2分ほど待ってセンター問い合わせを行うと、亜美佳から「もう飲んだ」という短い返信が届いた。



(それなら、いいか…)安堵の息をつきながら窓の外を眺める。西日が窓から差し込み、部屋はオレンジ色に染まっていた。まだ外は明るいが、一人の部屋に漂うその薄オレンジは、ただ暗い時よりもなぜか虚しさを感じさせた。




 自宅に戻ってから、夕食の準備、洗濯、シャワー、その合間にテレビと、日常の流れに身を任せる。気付けば時計は22時を指していた。何も特別なことはしていないのに、時間の流れる速さに、ふと感慨にふける。ちょうどテレビではバラエティ番組のオープニングが始まっていた。



 その時、玄関から亜美佳の「ただいまー」という声が聞こえた。


「おかえり」と充が言うと、亜美佳は「お腹すいた。なんかある?」と返す。



 リモコンを手に、亜美佳は気に入る番組を探していたが、どうやら見つからないようだ。チャンネルは1秒ごとに変わり続ける。



 充はキッチンに向かいながら、「オムレツ作ったけど、食べる?」と声をかける。



「食べるー」と亜美佳が言った。


 


 結局、彼女が見たい番組は見つからず、以前と同じバラエティ番組が再び流れ始める。亜美佳は座敷テーブルに頬杖をつき、興味のなさそうに画面を見つめていた。



 冷蔵庫から取り出した皿には、既に2つのオムレツが並んでいて、充はそれをレンジで温めながら、白ご飯とお箸を用意する。



「ケチャップもとってー」



「ちょっと待ってね」と充は返し、手際よくケチャップと温かいオムレツを持ってきた。「あとは麦茶だね」と言いながら、忙しなく動く。




 準備が整い充が床のクッションの上に座ると、亜美佳は既に充のオムレツにケチャップで落書きをしていた。


 


 


「どう、ハートの完成」


「あ、ハートか。キツネじゃないんだ」



 亜美佳は不満げに「はあ?」と口をすぼめた。そして、ハートの中心に大きなギザギザを加える。亜美佳は昔から強気で、否定されるとすぐ反発してしまう性格だった。その読みやすい行動を、充はいつも面白く思っていた。



 テレビの司会者が「本日は特別なプレゼンターをお迎えしています」と言うのを聞いて、充はふと思い出した。



「そうだ、亜美佳。お土産があるんだ」



 充はトートバッグを引っ張り出し、中からクマの着ぐるみを着たクマのストラップを取り出した。亜美佳が興味深そうに目を細めて手を伸ばす。充は、その小さなクマを亜美佳の手のひらに静かに置いた。


 


「なにこれ?かわいい」



 亜美佳が目を輝かせながら言った。



「これ好きそうだと思って、買ってきたの」


「センスあんじゃん」と言いながら、亜美佳は携帯電話にそのストラップを取り付けた。



 亜美佳は着ぐるみの部分を指でなぞっていた。その仕草が微笑ましく、充は心の中で「僕もそこが気に入っている」と思った。


 



「ねえ、あした新宿に行かない?」



 亜美佳の大きな瞳が充を見つめ、一瞬ドキッとする。昔から亜美佳の目を見ると、目を逸らすことができなかった。それは磁石のような引力とはまた違う。ただずっと、許す限り見つめていたい、そんな感覚だ。だが、結局は目を逸らすのはいつも充の方だ。


 


「明日、仕事休むの?」



 つい訊く必要のないことを尋ねてしまった。黙っていればいいのに、いつも余計な一言を挟んでしまう。それは充の悪い癖だ。



「あしたは行かないよ」と亜美佳は当たり前でしょと言わんばかりの表情で応じ、続けて「そうじゃなきゃ、誘うわけないじゃん」と言った。



「そっか、僕も明日は休みだ」と充は言い、部屋の隅に置かれた目覚まし時計に目をやった。



 時刻は22時34分を指している。



 充は、会社に「明日は休む」と連絡しなければならないと思い、どんなメールを送るか考え始めた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ