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小説

作者:

こうなってしまっては後はどうしようもないのだと言っていた。目が見えていなくてそれは普通のことみたいになっていた。通り沿いにいつ来たかも分からない道を歩く。もうすぐ辿り着くという声がして耳を塞いでしまう。どこにどうやって辿り着けばいいのか。答えがないのでやはり私はそれを無視して歩き始める。気持ち悪いなら見なければいいのに。触らなければいいのに。近づかなければいいのに。その手は拒んでいた。私の意思が無視されていた。聞こえてないのに声を出すなんて無意味だ。必要ないことには鍵を掛けてしまおう。扉の向こうでもう聞き取れない。いつか目覚めた夢の話をしよう。聞いて。聞かせて。私のことを見てください。あなたを見つめています。



手のひらの温度がまだ残っているように。気がついたときには割れてしまう。ガラス。いつかの思い出の。容れ物のように。そっと触れてください。君の声が聞こえています。何度も応答しています。まだ届きませんか。遠くの未来で私に笑いかけてくれたあなたが目を覚ますことのないように墓の周りをぐるぐる回っています。気がついて。気がついて。応答してください。私はここにいます。あなたはどこにいますか。



見つけるよ。嘘つきの影。強張らせてしまった形。整えて会いに来てくれたって居留守を使ってしまった。おはようございます。それだけが言いたかっただけなのに。気がついたら通り過ぎてしまった。時間。後悔。色々なもの。旅行鞄に詰めて迎えに行きます。探しに行きます。どこにいますか。どこにいますか。その声を頼りにして。私の影が伸びる先にあなたがいます。



分かっているのです。既に。今まで起きたことは全て。幻に過ぎないのだと。手を繋いだこともないのに。誰かと話ができるなんてどうして思い込んでしまったんだろう。耳を塞いだこともないのに。言われたことすら守れない。閉じてしまった。目は。扉は。鍵を掛けられてしまった。どこにいるの。遠い影。追いかけてきたのに。話もできないなんて。伝えたいことがたくさんあったのに。伝わらないなんて。



言葉が悪いのか。私が悪いのか。それは分からないが。いつまで経っても終わらない道。砕けてしまった扉。どこに守るものがあったろう。隠されていたはずのものが全て同じになった気がする。もういいよと言って。あなたがいない。私がいないよ。暗い夜も明るい日差しも怖くないよ。ただ教えてほしいだけなんです。どこにいますか。何をしてますか。ここにいる。こことはどこですか。



見つけられるわけがない。みんな同じ顔をしている。区別のつかなくなった。扉を壊してしまった。教えてください。誰でもいいんです。あなたでなくてもよかった。私でなくてもよかったんです。歩みは止めてしまった。動いても動いていなくても同じことなのです。見ていても聞いていなくても同じこと。触っていても私にはそれが何か分からないのです。目を覚まして。遠くの方から真っ新な光。でも光しかないのならそれは暗闇しかないのと同じことなのです。



奪われてしまった。価値あるものを全て。信じていたものを全て。そう言って悲しんでいるおじさんがいました。声をかけてあげようとしましたが体が半透明のようになっていてそれができないのです。私もそうでした。でも思い出せないのです。なぜそうなってしまったのか。声をかけられないのは私が人間ではないからなのでしょうか。それとも私が死んでしまったからなのでしょうか。とにかく死ぬことができるということは幸せなことです。おじさんは死ぬことができなくてかといって生きているというわけでもないので悲しんでいるのかもしれません。



声をかけてはいけません。声をかけてしまえばあなたまでいなくなってしまいます。遠いところまで来たのに思い出もなくしてしまいます。誰がそこにいますか。新しさを求める誰かがそこにいますか。新しさというのは全て間違いです。古い形というのはもう成立しなくなったからそういうのです。名付け親になってください。扉の。どこにいますか。私は。そういえば暗闇の果てにたどり着いたと思ったのに。あまり周りからはそう思われていなかったみたいで。約束の時間が過ぎるたびに。どうしてこうなってしまったんだろうという後悔が。それも忘れてしまいました。誰かがそれを疑っていたんですけど。それもあまり印象深いものではなかったようです。



目を閉じてください。目を閉じて見つけられるものに最大限の注意を払ってください。きれいなものだけを残してしまったら。穏やかな海の中に呑まれてしまう。漂うこともせずに。息を止めておいてください。その手が残したものは誰も覚えていられないものかもしれない。すぐに忘れられてしまうものかもしれません。起きてください。朝になりました。いつ眠ったとしてもかまわないのに。起きる時間はいつだって朝だ。目を覚ましてください。顔を洗って。歯を磨いてください。いつだって朝だ。どこにいますか。



夜の道。分からなくなる影。どこに行ってしまったのか。区別がつかなくなるみたいだ。耳を塞いでいるように。常に開放しているところを今だけは制限かけておいてください。友達が泊まりに来るみたいに思っていた。またみんなで仲良くなれるみたいに思ってた。誰もどこにもいなかった。私だけがいた。夜の中に。暗闇が一番怖い。電気を点けておいてください。暗闇が一番怖い。誰もいなくなるみたいだ。



夢の中に色はありますか。瞼の裏に光はありますか。繰り返し聞いておいたこと。忘れてしまった。それで何も覚えていない。全ては暗闇の中。夜の中に置いてきた。取りに戻ることはないだろう。かけがえの無いものはないだろう。そこに残してきたものの中には。夜の他に何もない。つまり考えても見てください。ここには何でもあります。あなただけがいない。私だけがいない。どこですか。思い出しました。探しています。返事をしてください。



気がついたらここにいました。後は何も覚えていません。私のことも。あなたのことも。全ては暗闇の中。あるいは光の中にあって。そのどちらも見分けがつかないのです。死んでしまった人が呼んでいます。どこにいますか。追いかけてください。まだ見つからないのです。これまでのあらすじが。これからの行き先が。扉を求めています。内側と外側がはっきりしない。雨が降っています。濡れているのかいないのかも分からないのです。



道を教えてください。歩くことのできる道を。一人でも。歩くことのできる。人混みの中に消えてしまわないで。一人でも。歩くことのできる。そんな道を。進んでいくのなら。もう誰とも出会うことなどなくていい。君は足が溶けてしまったみたいだ。君は喉が枯れてしまったみたいだ。見つけられないようにしなくては。捕まえられないように。道を隠して。私がどこにいるのか。見つけられないようにしなくては。



従って。従って。そうであるということです。確かな言葉が人知れず消えてしまったときに。味方の名前が誰一人思い出せなくなったときに。始める遊びはいつだってじゃんけん遊びの次に行われる。ルールを決めてしまったときに。いなくなった友達の声。聞こえてる。歌ってる。一人でも。誰かを呼ぶように。応答するように。返事をしなければ。目を覚さなければ。どこからともなく聞こえてくる歌声に。重ねて。私がそうです。今。歌っています。




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