先輩、油断しないで下さい!
カリギュラスってどんなモンスターだっけかなぁ……エッチな奴なんだっけ?
「断層地帯」。
シズラエルの南西に位置する、文字通り断層面が露出した谷間が葉脈のように広がっている、起伏の激しいフィールドだ。海からも河からも遠く、緑は殆ど見られない。代わりに砂塵が舞い、太陽が照り付ける灼熱の大地と化している。生き物の棲み処となり得るのは、断崖絶壁に生える弱々しい草木の陰や、谷底に点在する数少ない緑地しか無く、他は岩と砂礫ばかりで非常に厳しい環境と言えるだろう。
また、こんな場所でも昔は緑があったのか、文明の跡がそこかしこに在り、特に投石器のような遺物が幾つも見受けられる為、「岩投げエリア」の別名でも呼ばれている。とは言え、使う事は出来ないので、遺跡以上の意味合いは無いが。
そんな死の大地にも、生物は息衝いている。少ない水場や多肉植物の群生地に陣取る草食動物、それを狙う肉食動物、お零れに与る腐肉食動物、たまに土や鉱石を食べる変わり種もいる。世界中の何処へ行っても変わらない“生存競争”が、ここでもしっかりと繰り広げられているのだ。
『着きましたよ! ここが「断層地帯」です! どうです、広大でしょう!?』
『広過ぎて嫌になりますけどね』
そして、生と死が分かり易く同居した断層地帯に、先輩と魔女っ子は到着した。狩猟対象は「カリギュラス」。“快速恐竜”の分類通り、俊足のモンスターである。
『(……“恐竜”? じゃあ、こいつも蟲なのか?)』
「あ、いえ、こいつの場合は言葉通りの意味です。この世界における恐竜とは、僅かに生き延び盛り返す事に成功した、陸生爬虫類の進化形なんですよ」
そう、カリギュラスの属する恐竜種は、古典的定義の「恐竜」に該当する陸生爬虫類で、直立歩行に適した骨格を有しており、全身が鱗に覆われ尻尾がピンと張っているなど、その他の特徴も似通っている。
ただし、祖先が鳥頸類ではない為、「羽毛が無い」「胎生である」など相違点も多く、一概に恐竜然としているとは言い難い。オフタルモサウルスとイルカがそっくりなように、単なる他人の空似だ。
『(あれ、待てよ? 胎生の爬虫類って事は、もしかしてこの世界の恐竜って――――――)』
「その通り! 彼ら恐竜種の祖先は有隣目なのですよ!」
『(へぇ、マジかぁ……)』
先輩が驚くのも無理はない。
有隣目とは、蜥蜴や蛇が属する種族。地を這う小型生物(頑張っても中型生物)の彼らが、まさか恐竜の後釜になるとは、このボクの先輩を目を以てしても読めなかっただろう。それ程までに意外性のある進化なのである。
何せ、この世界の爬虫類の主な舞台は海だ。
過去の大量絶滅後のニッチ争奪戦において、瀕死寸前だった爬虫類は鳥類や蟲たちの猛攻を凌ぐ事が出来ず、彼らの棲み辛い海へ逃げる形で決着を付けた。これが現在「龍」と分類される生物群の祖先である。
その後、海生爬虫類……もとい“龍種”は大海原を舞台に繁栄を続け、現代の海は殆ど彼らの独壇場と化した。大量絶滅の際に他の海洋生物が死滅していたのも大きい。魚類も頭足類も貝類も何もかも居なかったので、邪魔される事なく大いに進化する事が出来たのだ。
さらに、ほぼ同時期に淡水域の生物が一部海に下り、この世界唯一の“鰓呼吸が出来る海洋生物”として版図を広げた為、餌に困る事もなかった。それ故に海で龍に抗える者は存在せず、彼らは大海の支配者として現代まで君臨し続ける事となる。
しかし、有隣目の一部はそれを良しとせず、地上に残り続けた。特に昆虫食の種族は死活問題なので(昆虫は身体構造的に海を目指さない)、増加の一途を辿る怪竜種に対抗する為の進化を重ね、遂に唯一無二の立場を得た。
空陸を制したタフで素早い怪竜へ襲い掛かり、時には超竜種が相手でさえ食い下がる、とても恐れ知らずな、怪竜種とよく似た姿を持つ陸生爬虫類――――――「恐竜種」の誕生である。
そして、今回の獲物であるカリギュラスも、そんな修羅場を生き延びて来た恐竜の一種だ。危険度こそそこまで高く設定されていないが、油断して良い相手では、断じてない。
『よし、油断せずに行こう』
「微妙に死亡フラグなんでやめて下さい、先輩」
そう言うのに限って足元を掬われるんだよねぇ。
『それにしても静かですね』
『砂漠の生き物は基本的に待ち伏せする奴が多いですからね。背景に同化しつつ、息を潜めて機会を伺ってるんですよ』
砂漠に限らず、極所ではエネルギーのロスを抑えつつ身を隠す為、待ち伏せ型に進化する生物が多い。森林のような分かり易い隠れ場所が無く、動かない事で背景に同化する事が求められるからである。
だが、身を隠す場所が無い分だけ運動能力が高い生物もまた多く、待ち伏せからの素早い奇襲や、発見次第目にも止まらぬ速さで強襲を仕掛けて来るなど、安定した環境ではあまり見られない振り切った性能を有している者が殆どだ。カリギュラスの場合は分類通り、後者の“強襲型”である。
『ふぅ……それにしても暑いですね。流石は断層地帯。脱水症状にならないように、水分は細目に摂って下さい』
『分かりました』
照り付ける太陽の下でゴクゴクゴク。ヒエールドリンクを飲む先輩は画になるねぇ。横の小娘は知らん。干からびろ。
《ZZZzzz……》
と、ゲーム内では「第4区画」と呼称される、平坦でそこそこ広い場所にて、快速恐竜カリギュラスと接敵した。向こうは昼寝中で気付いていないようだが。
『何かエリマキトカゲみたいな奴だな』
先輩の評価は正しい。見た目はまさしく恐竜サイズのエリマキトカゲ。細身の胴体に長大な尻尾、比較的長めの四肢、首元に生えたフリルと、それらしい特徴を揃えている。
しかし、こいつは断じてエリマキトカゲではない。この世界ではとっくに絶滅しているし、何より恐竜なので明らかに足の生え方が違う。その容姿を例えるなら、トサカの無い(某映画の)ディロフォサウルスだろうか。大きさも大体そんな感じだし。
では、こいつの祖先となる有隣目は何だったのか。それは――――――、
「残念、そいつはカナヘビです」
『カナヘビなの!? 日本固有種の!?』
『あ、馬鹿! そんな大声出したら……』
《………………!》
と、先輩に気付いたカリギュラスが目を覚まし、
《ギュルァアアアアアッ!》
襟巻を広げながら汚い金切り声を上げたかと思うと、
――――――デーデーン、デデデデーデン、デデデデーデン、デデデデデデデドン♪
まるで運動会のような、軽快なBGMと共に襲い掛かって来た。
「『オッフェンバァアアアアック!』」
それがボクと先輩の遺言になった。1乙目の死因が、まさかのBGMであった……。
◆生態分布図
地上……怪竜種、怪鳥種、恐竜種、怪獣種、鰓竜種、動植種、魔菌種
空中……怪竜種、怪鳥種、怪獣種、鰓龍種、動植種、魔菌種
淡水域……水龍種、鰓龍種、動植種、魔菌種
海水域……海龍種、鰓竜種、貝獣種、動植種
この世界の地上は、蟲から進化した「竜種」と鳥の末裔たる「鳥種」が支配し、次いで哺乳類の生き残りである「獣種」が繁栄している。両生類は現状、「モンスター」と呼べる程の種族は確認されていない。
一方の水中は爬虫類の最終進化形である「龍種」の独壇場であり、その他の生物はプランクトンとして振舞うか、龍の影に怯えて細々と生きているのみである。
しかし、陸海空全てに生息域を持っているのは、「鰓竜種」と「鰓龍種」のみだったりする。彼らは少数だが、その図太さと逞しさにより、現代まで生き残って来た。
ちなみに、アマルガスタに生きる現代人は、厳密に言うと過去の大量絶滅を引き起こした人類とは別種だったりする。