先輩、登録しちゃって下さい!
チュートリアルも終わったし、いよいよ先輩が正式にプレデターデビューを……!?
「シズラエル」。
湿地草原を越えた先にある「古の森」という巨木の森林地帯を切り開いた――――――というか幹をくり抜いて造られた観光の街で、文字通り“木の中のお家”が立ち並ぶ自然と一体化した場所である。
その為、住居も商店も公共機関も樹の中程にあり、住民は張り巡らされた吊り橋によって行き来している。
枝葉の天蓋のせいで常に日光が遮られているのだが、根元に広がる沼地に潜む「ヒカリゴゼン」という微生物の放つ光と、輝石を利用した照明が至る所に灯っているので、そこまで暗い感じはしない。
むしろ、ファンタジーなどで見掛ける“妖精の国”という趣の街だ。宝石とかが謎原理で光ってる、あんな感じ。
そんな美しくも妖しい観光の街に、先輩が足を踏み入れようとしていた。
『誰ですか、その青年は?』
『新米のプレデターだ。湿地草原でボケっとしてたから、ワタシが保護した。ただ、記憶喪失のようで、自分が何者かも、何故あんな所に居たのかも分からないそうだ』
『えぇ……』
普通に怪しまれた。気持ちは分かるけど、面倒臭いからさっさと入れてくれよ。先輩が風邪引いたらどうするんだ!
『……まぁ、貴女がそう言うのでしたら』
と、未だに訝しんではいるものの、入国審査官のおじさんは割とすんなり通してくれた。やはりこの女騎士、相当な身分であるらしい。殆ど顔パスですよ。
『ありがとうございます。助かりました』
『なぁに、困った時はお互い様さ』
わーお、何このイケメン(♀)。これでマゾヒストじゃなければなぁ……。
『ああ、そうだ。そろそろコーチンを出しても問題ないぞ。さっき登録が終わったからな。カプモンは門を潜る時や施設の出入り以外なら、自由に連れ歩ける事になっているのさ』
『へぇ……』
確かに、せっかく捕まえたのに、ボールに居れっぱなしじゃ味気ないよね。という事で、コーチンを召喚!
《ギャギャーッ!》
ボタン1つで再構成が終わり、完全な状態のコーチンが姿を現す。うーん、汚い鳴き声。見た目は良いんだけどね。
『不思議な光景ですねぇ……』
『そうか? まぁ、よくよく考えれば親鳥が卵に戻るような物だから、変と言えば変なのか。だが、これもまた生き残る為の手段。“過去の教訓”って奴だな』
「この世界は過去にP-T境界ばりの強烈な大量絶滅を経験してましてね。特に海洋汚染と水質悪化が酷くて、両生類は本当に一握りしか生き残ってませんし、魚類に至っては種族ごと絶滅してます。“殻に閉じ籠る”という習性は、耐久卵や仮死状態で生き延びた過去の名残です」
『なるほど』
女騎士の足りない言葉を、このボクが上乗せして解説してあげる。まさしく後輩の鑑だね!
『さて、先ずはここのギルドにプレデター登録をしたい所だが……腹は減ってないか?』
『(おい、どうする?)』
「とりあえず行っておきましょう。どうせ役所の大衆食堂行きになるでしょうから」
『……ええ、厚かましいかもしれませんが、ほぼ着の身着のままなので』
『厚かましいだなんてとんでもない。未来の上級戦士を野垂れ死にさせる訳にはいかんさ。新人の世話も、先輩の役目だよ』
……本当に、マゾじゃなければなぁ!
とまぁ、そんな感じで、女騎士の先導の下、先輩は落差数百メートルもある吊り橋をスタスタと進んだ。ゲームの仕様とは言え、とんでもねぇクソ度胸である。ボク、高所恐怖症だから絶対に無理。
『家は木の中にあるんですね』
周囲の家々を眺めながら、先輩が呟く。木の中のお家なんて、ファンタジーでしか見られませんよねぇ。
『住める場所がそこしか無いからな。下の沼地には何が居るか分からんし、樹上じゃ怪竜や怪鳥に狙われる。かと言って森を出れば超竜種や大怪鳥が跋扈しているからな。多少不便でも、リスになる方がマシなのさ』
『……鳥と蟲ばっかりですね、モンスターって』
『そんな事は無いと言いたいが、概ねそうだな。数で優れ世代交代も早い蟲や、飛んで逃げられる鳥の方が、生き残るのに都合が良かったんだろうさ』
『そう考えると、人間が生きているのが不思議なんですが』
『文明崩壊以前は普通に飛べたらしいぞ』
『……機械とかで、ですよね?』
『たぶん』
たぶんって、アンタ。そこは絶対って言っとけよ、女騎士様よぉ。
『――――――ちなみにですけど、あそこで美味しそうに焼かれてる肉は鳥ですか? まさか蟲?』
『いや、イッヒールの串焼きだな。癖が無くて美味いぞ』
『アーウチッ!』《ギャィーン!》
看板に名古屋コーチンの絵がぁー!
『あっ、武器屋だ』
と、今度は剣や盾の描かれた看板のお店が。夢見る少年なら誰でも立ち止まってしまう、異世界の加工屋さんだ。ショーウィンドーだけでも様々な武器や鎧が置いてある。店内にはもっといっぱいあるんだろうなぁ。
『腹ごしらえと登録が先だ。今手を出しても、宝の持ち腐れだぞ』
『はい……』
ちょっとシュンとする先輩が可愛すぎる件について。何この人、鼻血出してやろうか。
『ほら、着いたぞ。ここがプレデターズギルドだ。ここの食堂は美味いぞ』
そうこうしている内に、プレデターズギルドに着いた。
「『シ○神様とか居そう』」
まさに精霊が宿りそうな、非常に画になる巨大な御神木であった。入り口が鳥居っぽいので、余計にそう感じる。
『女将、デルベリッヒ定食セット2つ、大盛りでな!』
鳥居の真ん中を堂々と潜り、入った右手にある食堂で、女騎士が早速オススメのメニュー(コーチンの元締め定食)を注文したのだが、
「『犬だー!』」
『文句あるかワン!?』
「『シャベッター!』」
『当たり前だワン。喋れないコスリヌなんぞ、数えるくらいしか居ないワン』
厨房に立っていたのは、二足歩行の柴犬だった。コック姿が可愛過ぎる。
『おいおい、新米。それくらいは知っておかんと失礼だぞ』
『は、はい(おい、後輩wiki!)』
「後輩wikiってなんですか。……ええとですね、そちらの柴犬は、「コスリヌ」という獣人です。祖先は言うまでも無く飼い犬です。だから、分類としては小型モンスターですが、人間と一緒に居る事が多いんですよ」
『(だろうな。じゃあ猫も居るの?)』
「「キンカ」ってのが居ますね。そっちも人類と共存してますが、見た目は完全に猫又です」
『何でだよ!』
『えっ、何がだ?』
『いえ、何でも……』
思わず大きく声に出てしまい、慌てふためく先輩。冷静に考えると、虚空に向けて全力で独り言をぶち撒ける人間って、普通にヤバい人だよね。
駄目ですよ先輩、誤解を招くような事をしては。貴方はボクのカッコいいヒーローなんですから!
『ともあれ、注文も済んだし、席に着くとし――――――』
『おい、そこのイケメンッ!』
と、食堂の奥から、先輩をビシィっと指差す者が。イケメンなのは認めるんだ?
『見た所、とんでもなく新米のプレデターと見た! そんなキミに、絶好のチャンスをやろう! このアタシとチームを組むという、誉有るチャンスをなぁ!』
そう力強く叫ぶのは、魔女っぽい服に身を包んだ、ちんちくりんな少女。おそらくだが、身長は150センチもあるまい。ボクより低いじゃん。何処とは言わないけど、出っ張る所は引っ込んでるし。
だが、手持ちの武器はミニマムサイズな身の丈に合わない巨大な二本槍で、種類で言えば「バスターランス」と呼ばれるタイプである。特殊な機構により、突きと同時にエネルギー攻撃でバスターするという、ロマン溢れる武器だ。
そんな浪漫兵器を2つも背負っているとは……絶対に面倒臭い奴だぞ、こいつ。
◆アイル・セイガール
大国「ガイロス」出身の最上級の女戦士。その実力は凄まじく、キーファ級のモンスターにも引けを取らないどころか圧倒する程であり、どんな超竜種でも彼女を倒す事は不可能だと謳われている。
本来はこんな辺鄙な場所に居るような身分ではないのだが、過去に勃発したシズラエル壊滅の危機を救った英雄の1人として称えられた事により、発言権がかなり増した為、盟友の住むこの街への定住をゴリ押しで決めた。
戦闘スタイルはまさに「後の先」……というか、「殴ったんだから殺しても良いだろう?」という狂った方法であり、普段の彼女に惚れ込んだファンも、一度戦いを垣間見れば一目散に逃げ出してしまう。
まぁ、そんな彼女が逆に良いという変態も居るには居るらしいのだが……。