先輩、お邪魔させて下さい!
わーい、先輩のお家にお邪魔しちゃうぞ~♪
「何て事だ……!」
ボクは思わず絶句した。眼前の電子画面に映る、プレイヤーの姿に。
「先輩、一体何がどうしてゲームの中に!?」
『知るかぁ! こっちが聞きたいわぁっ!』
そう、ボクの大好きな先輩がゲームに取り込まれてしまったのだ……。
では、何故ゆえにそんな事になってしまったのか。それを知るには、少し時を遡る必要がある。
さぁ、負けて死ねぇ!
◆◆◆◆◆◆
ここは閻魔県黄泉市禍群町に在る、禍群高等学校。
そして、ボクはそこに通う一般的な高校生である。今年に入りたての、ピチピチの新入生だ。所属は通信科。部活にはまだ入っていない。趣味は実況プレイ動画の視聴。早寝早起きは社会悪だと思っている故に深夜3時に床へ着き、朝は7時57分に目覚ましを掛けつつ実際には8時20分に起きて、口に栄養ゼリーを咥えながら約5分で登校する。寝る直前までパソコンを開き、イヤホンで外界の音をシャットアウトしながら自分の世界に入り浸るのさ。
えっ、どうしてそんなどうでも良い事をベラベラ喋るのかって?
ボクという人間が如何にダメ人間であるかを知って貰いたいからだよ。正直、高校なんてわざわざ通いたくは無かったけど、親が口煩いから片手間で入学したに過ぎない。
――――――否、違うな。決定打となったのは、とある憧れの先輩の存在である。
先の通り、ボクはどうしようもない引き籠り(自活は出来ているのでニートではない)なので、昔からよく苛めに遭っていた。最初は我慢していたが、そういう連中はこっちが黙っているとつけ上がるので、苛めはどんどんエスカレート。ボクの我慢も限界に達しようとしていた。
そんな時に助けてくれたのが、小学5年生の時に突如転校して来た先輩だった。
彼は転入早々、ボクが苛められていると知るや否や、苛めっ子集団を全員血祭りに上げた。比喩じゃなくて、マジの流血沙汰だ。先輩は町内でも有名な不良くんであり、必ず何かをやらかすの為、転校や引っ越しを繰り返しているのだという。
しかし、実際は弱きを助け、イキリを砕く、漢の中の漢である。
むろん、苛めっ子全員を再起不能させたので、今回もまた即行で転向となってしまったが、先輩が居なくなるまでの間、ボクの心は今まで一番躍っていたと思う。それくらいに彼の事が好きだった。
そう、ボクは彼が好きだった。LIKEではなく、LOVEの方で。誰だって、ピンチをカッコ良く救ってくれるヒーローが現れたら、惚れてしまうだろう?
だが、先輩は県外の学校に行ってしまい、その後も会う機会に恵まれず、ボクたちの関係は終わってしまった。
さらに、苛めっ子は蛆虫のように幾らでも湧いて来るので、先輩が居なくなったのを良い事に、再び別の奴らがいびり出したのだが、彼の影響か、それとも心が限界だったのか、小学生最後の年に汎用決戦兵器の初号機もかくやというブチ切れ状態となり、今度はボクが全員再起不能にしてしまい、それ以降は不登校になってしまった。
一応、学校側も事情に配慮して卒業させてくれたし、中学校は通信制だった為、特に問題は無かったのだが、流石にそれでは将来の人間性に歪みが生じる事を懸念したのか、親が無理矢理にでも高校は通学させようとして来たのだ。普段はそれらしい事を一切しないし、何なら同居すらしていない癖に、余計なお世話である。
しかし、ここで奇跡のような転機が訪れた。何と在校生の名簿に、先輩の名が刻まれていたのだ。それも首席で。
「あの彼が?」と初めは見間違えかと思っていたが、調べた所、地頭が相当良かったらしく、身体能力も上弦の三番目くらいに高かった為、中学生になって色々と覚醒し、華々しい功績を立て続けに打ち立てたのだという。
とは言え、性格そのものは全く変わっていないらしく、ムカつく屑共はしっかりと、バレないように再起不能にしているらしい。そう来たか。
そんな彼が先輩として禍群高校に在籍している。これは行くしかない。ボクは散々こねていた駄々を一瞬で掌返しをして、余裕綽々で新入生と相成った。勉強する暇は幾らでもあったからねぇ。
だが、ここでも問題が起きた。登校が面倒臭いのか(分かるー)、先輩は通信生だったのだ。何てこった。
しかーし、ここで諦める程、ボクの執念は浅くない。ずっとずっと会いたかったのだ、絶対に逃がさないぞぅ!
という事(?)で、ボクも特別通信生として入学し、省かれた無駄な時間を調査に充て、僅か10日で先輩の全てを把握した。
ボクの調べによると、彼は郊外の一軒家に1人で暮らしているらしく、母親(バツイチの未亡人)は普段家に居ないらしい。母子家庭故に出稼ぎをしているのだろう。教育方針は課題提出のみで、余り有る時間は趣味の読書や鍛錬に没頭しているという。お前は承○郎か。昔の記憶が確かなら、彼程に近寄り難い雰囲気では無い筈だが。
そして、本日吉日今日この日、ボクは遂に先輩の家へお邪魔する事となった。
偶然を装って彼の落とし物をお届けし、顔と名前を思い出して貰った上で趣味の話へ持って行き、どうにかこうにか意気投合(その為に色んな本を読み漁った。目がー)、遊びに行く約束を交わしたのである。
嗚呼、長かった。
だがしかし、ボクは遂に聖域へと至る。初めはソフトに、孰れは組んずほぐれずの関係まで発展して見せるぞ!
まぁ、そんな邪な下心を秘めつつ、お勧めのゲームをするという形で親睦を深めようとしたのだが、
「……ぇはん!」「先輩ィイイイイイッ!?」
いよいよヘッドギア型バーチャフォン(バーチャルダイブする為のデバイス)を装備し、適当にキャラメイクを終えてゲームを開始した瞬間、先輩が完全に取り込まれてしまったのだ。要するにログアウトする事が出来なくなったのである。
当然、ゲーム会社に電話を……しなかった。
何故なら、“そういう事故が起きる可能性がある”事が契約書に明記されている上に、民事だろうと刑事だろうと精々賠償金が払われるくらいしか無いからだ。世間が電子世界を執拗に求め続けた結果である。1人2人犠牲が出ようと、仮想現実に逃げ込みたい人間が多過ぎたのだろう。初めはきちんと罪になり、幾つもの会社が潰れたりもしたが、何時の間にか“取り込まれる奴が悪い”という風潮が常識となってしまった。世紀末過ぎるだろ。
だから、ボクは先輩を生かす為にも、仮想と現実、両方でお世話をしなければならなくなった。幸いどちらも独り暮らしかつ通信生だし、外部デバイスで先輩を操作する事は可能なので、そこまで不都合はないだろう。あとはゲームのバグを解消し、先輩を電子世界から救い出せばいい。
――――――何て美味しいシチュエーションなんだッ!
「仕方ありません。ボクが先輩を英雄にしてあげましょう!」
『頼むぞ、おい。オレの操作はお前に一任するしか無いんだからな!』
「モチのロンです! タイタニック号の舳先に立つくらいに安心して下さい!」
『いや、沈むだろそれは!?』
こうして、ボクと先輩のゲームライフが始まった。絶対に物にしてみせるぜ、ぐふへへへッ!
◆ボク
禍群高校に通う一般人。複雑な家庭事情を持っており、その上引き籠りのオタクなので、学校でも苛めに遭っていたが、颯爽と転向して来た先輩が物理的に黙らせた為、彼に心底惚れ込んでいる。
その後は何やかんやで断絶状態だったが、まさかの高校生活で再会する事となり、ここぞとばかりに歩み寄って、彼の家にお邪魔する事までは成功したのだが、どういう訳か彼がゲームに取り込まれてしまった為、仮想と現実の両方で彼をお世話する破目になる。
まぁ、本人は「やったぜベイビー!」くらいにしか思っていないのだが。
ちなみに、ゲームはプレイするより実況動画を見るタイプなので、孰れのゲームもそこまで上手くはない。