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恋文

作者: 相沢メタル

「アキト、なにやってん?」


 放課後の教室で、僕は机にしがみつくようにして一心不乱に文字を書いていた。

 気がつけばミスズがすぐ側でニヤニヤと笑っている。


「な、なんでもいいだろ!」

「へへ~ん? 気になるじゃ~ん」


 紙をミスズに奪われないように胸元に抱きかかえる。

 この紙は見られてはマズイ。


 ミスズはニヤニヤとしながら、隣の机に座って足を組んだ。

 まったく不用心、無防備という言葉はこいつのためにある。

 間違っても女子高生が血気盛んな男子高生の隣でとっていいポーズではない。


「パンツ見えるぞ」

「見えない角度なんで大丈夫」


 はっきり忠告してもこの始末。

 いくら幼馴染とはいえ、そろそろ気をつけてほしい。

 男として意識してないってことなんだろうけどさ。


「で、何書いてたの?」

「秘密」

「うわ、乙女か」

「男子だって秘密のひとつやふたつはあるんだよ」

「ベッドの下の秘密ってやつか……」

「……」

「……」


 言ってて恥ずかしくなるくらいなら言うなよ……こっちまで恥ずかしくなる。


「まあ、ミスズならいいか」


 僕は紙をミスズに見せる。

 ミスズは笑いながら紙を見始め……次第に真顔になっていった。


「なにこれ? 蛇がのたくったような……」

「それを言うならミミズな」

「暗号?」

「僕はスパイか」

「ギブです、意味不明なのでアンサーよろ」

「これは……文字の練習だ」


 そう、僕は文字の練習をしていた。

 しかし、ただの練習ではない。

 これは特別な目的のための特別な練習なのだ!


「いや、なのだって言われてもさ」

「口に出てた?」

「ええもうはっきりくっきり」


 僕は急いでミスズから紙を奪い取ると、制服のポケットに勢いよく突っ込んだ。

 あとで燃やそう。盛大に。


「アキトって字、下手っぴだったんだねえ」

「ミスズとの付き合いは長いけど、ずっと秘密にしてた」

「あれ、でも小学校の時の習字ってどうだっけ」

「ミスズは僕の字を見て、これが芸術なんだねって言ってたぞ」

「ああ……あのパッションが炸裂したようなやつね」

「本当は『謹賀新年』って書いただけなんだけどな」

「いやあ、新年ぽかったねえ、どかーんってめでたい感じだったねえ」


 誰の字が爆発じゃい。


 ……そう、僕は字が下手だ。それも壊滅的に。

 普通に書いた字が暗号に見えるなんて、いったい僕は何を書いてるんだ?


「字を練習してたのはわかったけど、なんのために練習してたの?」

「こたえたくないなー」

「マジかよ、気になるじゃーん」


 こめかみをグリグリとされる。

 まったくスキンシップが多いやつだ……いてて。


「字がキレイなことで有名なミスズ先生にはわかりませんよ、僕の苦しみなんて」

「えー、普通だって私の字なんて」


 まったく謙遜なさる。

 ミスズの字は性格とは反対にとても丁寧で美しい……と思う。

 周囲の評判もよく、先生が「みんなもミスズさんのようにキレイな字を意識して」なんて煽る始末だ。

 まてよ……


「ミスズになら、練習している理由……教えてもいいかな」

「幼馴染の絆ってやつ?」

「ていうか、手伝ってほしいことがあって」


 さて、隣のクラスにはホノカさんという見目美しい女子生徒がいる。

 腰に届かんとする長髪を風になびかせる様子は女神のようだ。


「アキト、ホノカさん好きだったんだ」

「秘密だぞ」

「スパイ殿、了解であります」

「スパイってなんだ、適当なツッコミしてからに」


 僕はホノカさんが好きだ。

 そして、好きなら告白したい。

 告白するには恋文を書く必要がある。

 恋文は素敵な文章、素敵な文字で書かれているべきだ!


「書かれているべきだ!」

「暑苦しいねえ」

「また口に出してたか……」

「出てたねえ。でも、チャットでよくない? ぱぱっと告白すればいいじゃん」

「断固断る! それでは誠意が伝わらない!」

「むかしかたぎぃー」

「告白だぞ……失敗したらチャンスは残ってないんだ、全身全霊をかけて万全を期す事の何が悪い!」

「語るねぇ、そんで私に字を教えてほしいってわけ?」

「そうなるな」

「えらそーに……」

「おねがいします」

「うむ、よかろ」


 ミスズに頭を下げたその日から、僕は必死に字の勉強を始めた。

 ミスズの指導は感覚にもとづくものが多く言語化が大変だったが、1ヶ月経つ頃には僕の字は抜群にきれいになっていった。


 いつもの放課後、1ヶ月の成果を教室でミスズと確かめていた。


「これが僕の字……!」

「小学生低学年ならそこそこ上手いって感じだねぇ」

「上手いだって……!」

「都合のいいところだけ切り取るねぇ」


 小学生だっていい。

 だって、1ヶ月前は蛇の死体、暗号文だったんだ。

 それが今は読める……読めるぞ!


「肝心の内容は考えてあるの?」

「もちろん。幾多の恋愛漫画と小説を読んで好みの表現を組み合わせた……最高の恋文がな」

「パッチワーク恋文……誠意とは」


 なんとでも言うがいい。

 誠意とは努力のこと、想い人のためにかけた時間のことだ。


「……で、ホノカさんに告白するの?」

「実はもう約束を取り付けている」

「はや! 書いてから約束しろよ……」

「善は急げ、誰かが先に告白しているかもしれないからな」

「1ヶ月経ちましたけど……」

「ええいうるさいな、とはいえ……」


 ミスズのやつは文句も言わずに1ヶ月も付き合ってくれた。

 お礼のひとつも言うべきだろう。


「サンキューな」

「ん。別にお礼はいらんよ。私も楽しかったし」

「楽しかったのか?」

「教えがいはあったねぇ。暗号を解読している気分?」

「そりゃ楽しそうだ」


 ミスズはアハハと笑った後、教室を出ていった。


「ミスズ……?」


 僕は見てしまった。

 立ち上がる寸前、ミスズの目に涙が浮かんでいたことを。




 結論から言って、ホノカさんに告白した僕は玉砕した。

 ホノカさんは既に同学年の男子と付き合っていたのだ。

 悲しみに暮れる僕に、ホノカさんが「素敵な手紙をありがとう」と言ってくれたのが唯一の救いだ。

 さすが女神。フォローも女神。




 振られた日の放課後、僕はミスズと近所のラーメン屋でやけ食いしていた。

 急な誘いにも関わらず、ミスズは何も言わずに付き合ってくれた。

 

「今日は半チャーハンだけでなく、チャーシュー丼もつけてやる……!」

「食べざかりだねぇ」

「やけ食いだよ」

「私もチャーシュー丼食べようかな」

「太るぞ」

「気にしないもーん……すみませーん!」


 ミスズが店員にチャーシュー丼を頼む。

 さらに餃子も。

 育ち盛りかよ。


 餃子が来ると、ミスズは「おすそわけでーす」といって小皿に3つ餃子を入れてくれた。


「どーぞ」

「くう、にんにくが目に染みるぜ」

「鼻じゃないんかい」


 普段よりも多めにラー油を入れて、あつあつの餃子をほおばる。

 熱い……だが今の僕にはこの熱さが丁度いいのだ!


「暑いねえ」

「口に出てた?」

「出てたねえ、餃子の皮が口から」

「気をつけます」


 ひとしきり食事を進めたあと、ミスズに告白の結果を伝えた。

 やけ食いの様子から察していたのだろう。

 ミスズは静かに「そっか」と言い、物憂げな表情で空になったラーメン皿を眺めていた。


「どうしたんだよ、らしくないじゃんか」

「いや、アキトが振られたって聞いてさ……」

「振られたね、完膚なきまでに」

「実は私ね……」


 そして、ミスズが僕の顔をじっとみる。

 今までに見たことのない、憂いを含んだ表情。

 これがミスズ……?

 僕は戸惑いのあまり、口をもごもごとさせて何も言えなくなっていた。


 ま、まさかミスズのやつ……僕のことを!?


「実は私……ホノカに彼氏がいるって知ってたんだよねえ」

「……は?」

「ていうか、わりと有名だけど」

「……いつから?」

「アキトが字の練習を始めた頃には知ってたねぇ」

「そ、それなのに教えてくれなかったのか!」


 僕が血相を変えて詰め寄ると、ミスズは「ごめーん」と笑った。


「でも、さ。アキトは告白したかったんでしょ? 誠意のある恋文で」

「……そ、そうだな」

「それは達成したわけじゃん」

「……うん」

「後悔してる? 告白したことも、時間をかけて練習したことも」


 後悔?

 しているわけがない。

 振られたのは残念だけど、努力したのはこっちの勝手。

 完成した恋文は自分にとって最高の作品だったんだから。


「アキトにはやりたいことがあったんでしょ? 私はそれを応援したかったんだ」

「失敗すると分かっていてもか?」

「もしかしたらホノカさんの気持ちが変わるかもしんないじゃん」

「ありえないけどな」


 言ってから、無言で残ったラーメンのつゆを飲み干す。

 すっかり冷めていたけど、うまかった。




 オゴるよ、と言ってもミスズは断った。

 今度ケーキでも買ってよ、と言われたので「いいよ」と約束した。

 「ホールでね」と言われたのでちょっぴり約束したことを後悔した。


「ありがとな」


 ミスズの家まで送ったあと、去り際にお礼を言う。

 ミスズはニカっと笑った後、少しだけ考える素振りをして、


「ね」

「……ん?」

「字の練習……やめる?」


 字の練習か。

 小学生並みになった僕の字。

 ホノカさんに振られた今、これ以上続ける理由はあるだろうか。


 じっとミスズの顔を見る。

 緊張したような、寂しそうな顔がそこにあった。


「続けるよ」


 考えるよりも先に、そう口に出ていた。


「そっか……じゃあ、教えてあげよう」

「お願いします」


 ミスズにいつもの笑顔が戻る。

 それを見て僕も安心する。

 やっぱりミスズはこうでないと。

 ……あれ?


「じゃ、また学校でね」


 ミスズが家に入っていく。

 残された僕は自分の心に生まれた感情の正体がつかめないまま帰路につく。


「字……うまくなりたいなあ」


 そうしたら、ミスズはきっと喜んでくれるだろう。

 それは僕にとって素敵で、嬉しいことだった。

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