七瀬芹奈
電車に乗るとき、昨日のことを思い出して今日はいつもと何か変わるんじゃないかと少しドキドキしていたが、特に変わることなく学校へと着いた。
昨日家に帰った後も改めてなんだったのかをベットで転んで考えていたのだが、今の所実害が出ている訳ではない。だからとりあえずは可愛い女の子から告白されたという素敵な思い出ということで僕の中で処理された。
ピーンポーンパーンポーン
自席でそんなことを考えていると校内放送を知らせるチャイムが鳴り響き、ざわざわしていたクラスメートたちも黙ってスピーカーに目を向ける。
朝から校内放送なんて滅多にない。いったい何の放送なのだろうか?連絡事項だったら先生から言えば済むことだろうけど。
「おはようございます。」
女子生徒と思われる可愛らしくも綺麗な声がスピーカーから聞こえてくる。
「アタシの彼氏を探しています。昨日電車に乗って腕時計をつけていた人で、アタシの彼氏と思われる方は昼休み校庭に集合してください。」
校内放送で凄いことを言う子だな。
僕には関係ないが、こんなことを言える度胸、凄い。素直に関心してしまう。
「七瀬芹奈でした。」
せりな?そう言えば昨日の子ってそう呼ばれてたな。
チラッと自分の腕を見る。そこにはいつも着けている好きなアニメキャラのマークが書かれたデザインの腕時計がある。当然昨日も着けていた。
これってもしかして僕のこと・・?
いやいやそんなわけないよね。これはあれだな。テレビでイケメン俳優や可愛い女優が私のタイプはこんな人ですって言ってたのを聞いて、俺じゃんとか思っちゃう感じのやつだ。
まあようするに勘違いってことだよね。
だって電車乗って時計つけてるやつなんてたくさんいるもん。
芹奈の放送を聞いてクラスは放送前よりも更にざわつき出した。
お前時計つけてるのか?とか仕切りに腕を見ては周りに質問している男子がいたので、僕はこっそり時計を外してポケットにしまった。巻き込まれるのはごめんだ。僕は静かに穏やかに過ごしたいんだ。
周りの話を聞いていると、芹奈の特徴がいくつか分かった。
可愛い。
身長が低くて妖精みたいな可愛さ。
芽依と呼ばれる友達と一緒にいる事が多い。
メガネをかけている。
赤いフレームのメガネをかけている。
赤いフレームには小さな羽が描かれている。
ほとんどの特徴が僕の中の彼女と一致する。
もしかして、やっぱり昨日の彼女が七原芹奈なのか?ということは僕がそんな人の彼氏?うそでしょ。
真偽を確かめる事が出来ずに気になって午前中の授業は全然身が入らなかった。
■
昼休み
校庭には50人ぐらい集まっている。もしかして放送した彼女が昨日の芹奈だとしたら、今僕は校庭に行かないと行けないのかもしれない。しかし僕は図書館から校庭を見ている。
いやあんな放送されて僕みたいな陰キャラは行けないでしょ。ってか行きたくないよ。ワンチャン可愛い子と付き合えるとしてもメンタルが持たないよ。ということで本人かは気になるので、ここから校庭を眺める。違う人でありますように。昨日のことは夢でありますように。
しかしそんな願いも虚しく、校庭に現れた二人組みは昨日の二人だった。
芹奈は昨日と同じように可愛い。そしてワクワクしているのか、顔は満面の笑みで楽しそうに50人の集団に歩み寄る。
芹奈と芽依が誰なのか判明した。このタイミングで僕は本来出て行かなければならない。
けど、無理だ。あんな陽キャラの溜まり場にかろうじてイジメられてなさそうな陰キャラの僕が行ったら間違いなくみんなから恨まれるだろう。もし、仮に彼女の事が好きなら覚悟を持って行くべきだろう。しかし、芹奈は可愛い。それは否定しない。けど、好きかと聞かれたら、悩む。嫌いかと言われたら好きと答える。陽キャラの巣に飛び込む程好きかと聞かれたら、答えはNOだ。だってほとんど話したことないもん。知ってるのは突然告白してくる破天荒な子ってことと、校内放送で彼氏探す破天荒な子ってことぐらいだよ。僕とは住む世界が違う。
いろいろと自分に自問自答した結果、僕の答えは見なかったことにするということだった。
あんな可愛い彼女なら50人も居れば誰か好きな人がいるだろう。彼氏が出来るだろう。
だから僕の中で、昨日の事は芹奈ではない可愛い子から告白されたんだとすり替えて、いい思い出としよう。
さて、軽く本見てから教室に戻ろう。
僕は借りる本を見繕い始めた。本は結構好きなので、気がつけば選ぶのに時間がかかっていたようで、昼休みもあと10分ぐらいになっていた。無意識に恋愛小説を選んでいた自分に少し恥ずかしさはあったが、時間もないので、慌てて借りた。教室へと戻る途中、廊下で泣いている男子がチラホラといた。なんか嫌な事があったんだな。
教室に戻ると、クラスメートも二人程泣いていて周りの人に慰められている。朝みんなの腕時計を見ていた彼も泣いている。
聞こえてくる声によるとどうやら芹奈が原因らしい。
ってことは彼らはフラレたんだろう。
僕はそんな彼らをあざ笑ったりはしない。むしろあんな所に飛び込めた彼らは尊敬に値する。安らかに眠れ。僕は心のなかで合掌し、一礼する。
彼らに芹奈の探している人物は僕でしたなんて知ったらどんな顔をするろうか。
考えただけでもゾッする。良いことが思い付かない。考えるのは止めとこう。
彼らの涙やモヤモヤとした僕の心とは裏腹に外は澄んだ青空が広がり、気持ち良いほどに太陽が大地を照らし、光は乱反射して美しく見える。
後に今日のことは七原芹奈の乱として、朝の校内放送は気をつけろと下の代まで伝説となったとかならなかったとか。